愛は不器用に胸を叩く~きみのとなり。スピンオフ~

🐉東雲 晴加🏔️

愛は不器用に胸を叩く







 クリスマスは『苦しみます』……なんて。

 飲食業を営む者にしてみれば年末のイベントはあまり楽しいものではないけれど、店内に流れるBGMがクリスマスアレンジのものに変わったら、なんとなくワクワクするのは何故だろう?


「よし」


 開店前に入り口の前を掃除して、くるりとプレートをOpenの向きに変え、扉にかかる赤と緑のリースを見てマスターのオミは満足気に頷いた。




「オミさんはクリスマスどうするんッスか?」

「え?」


 カウンターに座る客のアラタにハイボールを出しながら、問われた質問に首を傾げる。


「……アラタくん、ここ何処か知ってる?」

「ライブハウスバーっすね」

「だよね。クリスマスは仕事です」


 今はもう十二月、店内は所々クリスマス仕様になっているが、飲食店なのだから勿論クリスマスは毎年仕事だ。


「えー、でも。イブはこの店、定休日じゃないっすか。イブくらい完全に店閉めて、どっか行ったりとか……」

「表向きは定休日だけどねぇ……水曜日はキミ達みたいな芸能関係者用に開けてるからね」


 ここ、『RedMoon』は平日はバー、休日はライブハウスとして、元ギタリストのオミこと龍臣たつおみ藤哉とうやが営業しているライブハウスバーだ。

 定休日は月・水の2日だが、水曜日は仲の良い芸能関係者専用にひっそりと店を開けている。


 今こうやって龍臣と話しをしているアラタだって、若手内では期待の俳優なのだ。


「まあ、クリスマスは芸能関係者の皆さんは忙しいだろうしね、そんなに人も来ないかなとは思うけど……。飲食業としては、クリスマスに何にもしないわけにもいかないからねぇ」


 あ、クリスマス当日に俺の知り合いとここでちょっとしたミニライブやるからね。


 よかったらどうぞ、と龍臣はアラタにチラシを渡した。


「え。オミさんも演者でやるんですか? ……は!? ゲストkoo……Daiって……作詞家のkooと、ベーシストのDaiですか!?」

「そ。二人とも、学生時代に俺達とバンド組んでたのよ」


 そう言って裏で料理の仕込みをしている相方の藤哉の方を指差す。


「これ、ヴォーカルはkooさんがやるんですか……kooさんって歌えるんですね!」

「元はkooが俺らのヴォーカルだったからね」

「へ、へ〜。なんつー、錚々たる面子のバンドなんですか」


 アラタが驚くのも仕方がない。チラシに書かれていたメンバーは、現在の邦楽界の第一線で活躍する面子だったのだから。


「本当はリョウも来られたらよかったんだけど……さすがにアイツはコンサートツアー中でね」


 挙句に、今一番売れているイケメンヴォーカリストの名前を出されて、アラタは目を剥いた。ここが、芸能人が密かに集まる店なのは知っていたが、そんな豪華なメンバーが集まる事など、大金を払ってもなかなかないだろう。


「イブの日はリハーサルも兼ねてここで練習してるから、アラタくんもよかったら聴きにおいでよ」

「イ、イブは仕事っすよおおお〜〜!」


 目の前に持ち帰り自由と書かれたお宝が置かれているのに、横目に見ながら帰らねばならぬ己の職業に、アラタはむせび泣いた。





 イブの夜は案の定、芸能関係者は皆忙しく、店に集まったのは明日のステージ参加者のみとなったが、普段は忙しくなかなか会えない面子に、店はひととき同窓会の様になる。


 こうなったら店の仕事もそこそこに、タバコの煙を燻らせながら軽くドラムを鳴らす藤哉をバックに会話にも花が咲いた。


「kooはイブもクリスマスも家を空けて大丈夫だったの?」


 奥さん元気? と龍臣が尋ねると、kooはキーボードの音を調整しながら笑った。


「大丈夫です。なんなら俺が久しぶりに歌うの、楽しみにしてるって喜んでましたよ」


 明日も聴きに来るって言ってましたと微笑む彼は、後輩ながら今では彼の方が著名な作詞家先生だ。世間的にはオミよりも格が上だろうに、学生時代の関係のまま敬語を使う彼に龍臣は口元を緩ませた。


「Daiは?」

「オレ? オレはカウントダウンコンサートが今年最後の仕事だから。オミさんこそ、クリスマスにこんなヤローの顔ばっかり見て嫌になりません? 髪は女みたいに長くても、藤哉は可愛げのかの字もねえしなあ」


 オミさん、よくこのゴリラと未だに付き合ってんね? と、昔のままのノリで笑うDaiに、ドラムの藤哉はタバコをふかしながら「お前のベース、ドラム代わりにボコしてやろうか」と低く呟いた。Daiはさっと己のベースを守りながら、「ジョーダンじゃん、ジョーダン!」と藤哉からちょっと距離をとる。……この男はいざとなったら本気でやるのだ。



 RedMoonのマスター、龍臣と藤哉は仲だ。


 二人が恋人関係になったのは高校時代だから、もうその関係は十年以上になる。バンドのメンバーには周知の事実だから、その事で今更誰も驚きはしないけれど。


 公私ともにパートナーである二人だけれど、誰が見ても愛想の欠片もない藤哉に、Daiは昔から二人の距離感を不思議に思う。


 お互い、もういい大人になったから、人の恋路に口を出すことほど碌なことはないと知っているけれど。龍臣がだからこそ、Dai はたまに言いたくもなるのだ。


「お前さ、いくらもう長い付き合いだからって、なんにも言わねーのはちがうじゃん?」


 あまりに無愛想な藤哉に、珍しくDaiが苦言を呈した。


「……あ?」

「お前が愛想がないのは確かに皆知ってるけどよ。オミさんに、わかってるだろ、なんてセリフは『興味ない』と同じだよ」


 もうちょっと、愛情表現の一つもしたらどうよ。


 Daiの言葉に、藤哉はギロリとDaiを一瞥した。

 けれど、そのまま無言でドラムを軽く叩き続ける。


「……あのなあ……!」


 Daiが呆れた声で続けようとするのを、「まあまあ。俺は気にしてないから」とオミがやんわりと止めた。


 ――刹那。突如、藤哉が激しくドラムを叩き始める。


「おい! 藤哉! 無視すんな――」


 イラッとしたDaiが、いきり立ちそうになったタイミングで、kooが藤哉のドラムが何を訴えているかに気がついた。


 ドラムの音に、kooのキーボードの音が重なる。


「え。なに――」


 激しく叩かれるドラムス。

 しかし、それに重なったkooの音は――


「『恋人たちのクリスマス』!?」


 それは、ありふれたクリスマスの定番曲。


 しかし、今この瞬間流れている音は、到底皆が知っているようなクリスマスソングの音ではなかった。


 叩きつけるような、激しいリズムのマライア・キャリー。

 藤哉の長く揺れる髪が、スティックの動きに合わせて激しく左右に跳ねる。完全にロックになってしまったその曲に、kooが上手くアレンジを重ねて声をのせた。


「……あんのクソ野郎。馬鹿かっけえアレンジかますじゃねえか……!」


 こめかみに青筋を立てる勢いで、Daiのベースもその音に負けじと乗っかった。Daiの低く唸るような音が、藤哉のドラムの音に絡まる。

 龍臣は、「仕方ないなぁ……」と苦笑いしながら、皆と一緒にギターの弦を弾いた。



 胸を叩くようなその音は、藤哉の秘めた鼓動だと、龍臣は知っている。



 ……あとは、まるで喧嘩をしているような音に全員で喰らいついた。






 嵐のようなセッションが終わったあと、ぐったりと肩で息をする。


 Dalが「なんなんだよ、もう!」とぼやいた。……悔しいが、やりきった後の気分は良い。


「めちゃくちゃ楽しかったけどね。……相変わらず、キレッキレだなあ、藤哉」


 息を切らしながらも笑ったkooに、藤哉がふんと鼻を鳴らした。


「Daiの馬鹿が……興味ないなんて言うからだ」

「あぁ?」


 藤哉の独り言のような呟きに、Daiが困惑する。


「I just want you for my own.……俺が龍臣に興味ねえわけないだろう」


 死ね、ボケが。とDaiに吐き捨てて、藤哉は「便所」とスティックを放り投げて部屋を出ていった。


「……」


 沈黙が、残された面子の間を通り過ぎる。


「……なんなん!? アイツ!」


 マジでわかりづれえ! とDaiがボヤく。


「……相変わらずですね、藤哉」


 興味ないように見えて、愛重すぎません? と笑ったkooに、龍臣は申し訳なさそうに頬をかいた。


「藤哉は、音でしか気持ちを語れないからねぇ……」


 そう笑った龍臣は、けれど幸せそうだった。




「『私が欲しいのは貴方だけ』……なんて。オミさん、明日無事です?」


 マライア・キャリーは、こうも語る。『あなたが思ってる以上に求めてるのよ』と。


「えぇ……? 明日本番だし、それは困るなあ……」


 淡白そうに見えて、そのドラムの音の様に、藤哉の夜は情熱的だ。

 イブの夜に、寝られないのは困る。


 けれど、藤哉がサンタのプレゼントよりも欲しいものがあるのなら。


「……まあ、イブだからね」


 そんな夜も、あるんじゃないの、と柔らかく笑う龍臣を見て、kooはこの人も大概愛が重いなあと思った。




❖おしまい❖



2025.12.6 了


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