第4話 んの巻物の発見

和光が10歳になった夏。

村は長い干ばつに苦しんでいた。


井戸は枯れ、

田はひび割れ、

風でさえ乾いていた。


村人たちは和光を信じていたが、

彼自身はまだ、自分の力の意味を知らなかった。


そんなある日。

和光は夢を見た。


暗い洞窟。

奥に揺れる三つの光。

そして声が響く。


「和光よ。

 “ん”の源を見つけよ。」


声の主は、アン・イン・ウンの三柱。

だが今回は、決して姿を見せなかった。


和光はただ、胸の奥が

急に熱を帯びていくのを感じた。


洞窟への導き


翌朝。

不思議なことが起こった。


村の近くの山へ続く道が、

まるで和光を招くように

かすかな光を帯びていた。


和光はその光を追った。


光は揺れながら、

ひとつの岩場へと誘導していく。


岩の隙間に、

黒い口を開けている洞窟があった。


まさに、夢で見た場所。


和光は息を飲んだ。


「ここに……“ん”の源があるのか。」


勇気をふりしぼり、洞窟の中に入った。


三渦の封印と古代の器


洞窟の奥へ進むと、

空気は徐々に湿り、涼しくなっていった。


やがて——

彼の前に現れたのは、

夢で見た三つの渦だった。


アンの光の渦。

インの形の渦。

ウンの流れの渦。


だが、今回は微かに揺れているだけ。


まるで封印されているかのように。


その中央に置かれていたのは、

古びた石の筒だった。


和光が近づくと、

筒の表面に刻まれた文字が淡く光った。


「ンノマキモノ」


それは、

古代に三柱の神々が残した

言葉の神器。


宇宙の音の起源を記した、

唯一の巻物。


巻物の開封


和光がそっと手を触れると、

石の筒は自然に開き、

中から古い巻物が姿をあらわした。


巻物の紙は光を帯び、

まるで“息をしている”ように見えた。


和光は震える手で巻物を広げた。


そこには、たった一文字だけが

大きく記されていた。


「ん」


その瞬間——

洞窟全体が激しく震えた。


「ん」という文字が光を放ち、

渦たちは勢いを取り戻す。


アンの渦はまばゆい光を放ち、

インの渦は空間に幾何学を描き、

ウンの渦は風を巻き起こした。


三柱の神々の声が響く。


「よくぞ見つけた、和光。」


「んの巻物」は和光の手の中で温かく脈打った。


んの巻物の力 ― 世界に響く音


巻物から光が溢れ、

和光の胸へ流れ込む。


その瞬間、

彼は気づいた。


「“ん”は、

 すべての音の終わりであり、

 すべての音の始まりでもある。」


巻物は、こう告げていた。


“んは、宇宙の心臓の鼓動である”


和光の視界に、

宇宙が広がった。


星々は「ん」のリズムで鼓動し、

銀河は「ん」の波で渦を巻き、

命は「ん」の響きに導かれて流れていた。


和光は涙を流した。


その涙が地面に落ちた瞬間、

乾ききった洞窟の土から

一滴の水が湧き出た。


宇宙の音が、

 現実世界を変えたのだ。


村に奇跡が戻る


帰った和光は、

村の枯れた井戸の前に立った。


胸にそっと手を当て、

巻物で得た音を

静かに発した。


「——ん」


井戸の底から、

音が反響し、

振動し、

やがて水音となった。


澄んだ水が、

こんこんと溢れ始めた。


村人の誰もが言葉を失った。


だが和光は微笑んだ。


「宇宙の音は、みんなのためにあるんだ。」

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