第3話 少年和光

和光が生まれたその夜、

空は雲一つなく澄み渡り、

星々はいつになく強く脈打っていた。


母は感じていた。

まるで宇宙そのものが、

小さな子の誕生を祝福しているかのようだと。


赤子の和光は泣かなかった。


代わりに、

かすかな振動だけを発していた。


ん……ん……


それは泣き声ではなく、

宇宙の根源音の“残響”だった。


幼き日の奇妙な癖


和光が3歳を過ぎた頃。

村の人々は気づき始めた。


「あの子は、聞こえない音を聞いている」


彼は風に向かって話し、

石に語りかけ、

水面の揺らぎに耳を傾けた。


ある日、母がたずねた。


「和光、何を聞いているの?」


和光は迷いなく答えた。


「音の中の音だよ。まだ言葉になっていない音。」


それは——

アンが灯した光の残滓。

インが刻んだ形の記憶。

ウンが巡らせた流れの鼓動。


三柱の神々の“声”だった。


初めて現れた、三つの渦


和光が7歳になったある早朝。

まだ太陽が昇りきらない薄明の時間。


庭の地面がわずかに震えた。

風が止まり、空気が立ちすくむ。


その中心に——

三つの小さな渦が浮かび上がった。


アンの光の渦。

インの形の渦。

ウンの流れの渦。


和光だけに見える“宇宙の窓”。


渦は声を発した。


アン

「和光よ、おまえは光の継ぎ手。」


イン

「世界の輪郭を読み解き、言葉で形にせよ。」


ウン

「意識を流し、争いを鎮める者となるのだ。」


和光はただ、震えながら聞いていた。


神々は最後に、

ひとつの音を三重に響かせた。


「ん」


それは和光の胸の奥に、

星のような熱を灯した。


その瞬間、

和光の視界には世界が違って見えた。


木々の葉は音になり、

川の流れは言葉になり、

人の心の揺れは色になった。


——宇宙の言語を理解する“感覚”が開いたのだ。


和光の最初の奇跡


その年。

村では、小さな争いが起こった。


些細な行き違いから、

大人たちが怒鳴りあい、

空気は重く、閉じていた。


和光はそっと近づき、

ふたつの言葉を置いた。


「ごめん」

「ありがとう」


ただそれだけ。


だが、その声には

「ん」の響きが強く宿っていた。


ごめん

ありがとうん(母音の余韻の中に“ん”の震えが潜む)


その瞬間、

怒りの波が静まり、

空気が柔らかくなった。


大人たちは驚いた。


「どうして、あの子の声はこんなにも落ち着くのだろう」


だが和光自身は知らなかった。

自分の声に、

三柱の神々の響きが宿り始めていることを。

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