やなりの歌
ねすと
第1話 足跡?
月曜日。
その単語を聞いて憂鬱にならない方法があれば教えてくれないだろうか。
学生時代のときからそうだったのだが、社会人になってもそれは変わらず、むしろ歳を重ねていくほどに酷くなっていくように思える。
特に今日。すなわち月曜日。
憂鬱具合は半端なかった。
本当なら適当な理由をつけて休みたかったのだが、残念ながら俺の有給は余っていない。ついこの前、全部使い切ってしまったからだ。
あの二日酔いめ。あれがなければ今日は休めたはずなのに。
通勤途中なのにも関わらずついつい舌打ちを重ねてしまう俺。しかし、会社の打刻機に社員証をかざすときには、自然とそれも止まっていた。社会人も10年を超えると、そのあたりの術は身につくらしい。
舌打ちと違ってまだ表に出続けていた不機嫌な顔を最低限隠したあと。
「おはよう」
と、隣の後輩に挨拶をする。
「あ、先輩。おはようござい……あれ? それ」
「訊くな」
さっき来たのか、朝の支度をしていた後輩の目が丸くなる。「はあ」と言いつつ口を閉じだ彼だが、器用にも俺を見つつカバンから水筒やら手帳やらを取り出している。そんな状態では、こちらも気になって仕方がない。ため息一つ、彼に向き合った。
「大丈夫だよ、別に気にすんなって」
「そんなガーゼ付けといてよく言えますね」
俺のおでこには今、大きなガーゼが一つついている。熱冷ましシートと同等か少し小さいくらいの物なので、否が応でも人目を引いてしまうのだ。
……だから休みたかったのに。
「ったく、ここに来るときもそうだったが、やっぱ目立ってしょうがないな。……ここに『見ないでください』ってマジックで書いておくか」
「いっそ『注目』とでも書いたらどうです?」
それで、と彼はパソコンをつけながら言った。「どこかにぶつけでもしたんですか?」
「かもしれん。朝起きたら額に変な跡がついてんだ。目立って仕方ないから、こうやって隠してんだが」
「先輩って奇行を隠すためにさらに奇行を重ねるタイプですよね」
「絆創膏があればよかったんだが、ちょうどいいサイズがなくてなあ。全部隠すとなるとこれぐらい必要だったんだ」
「そんなに目立つんですか?」
訝しむ彼に、俺はガーゼを外し、前髪を上げた。「ああ、なるほど……」と彼の目がまた丸くなる。
「な? 目立つだろ。なんかの虫刺されだと思うんだが、痒みも痛みもないんだよ」
「それを虫刺されだと思うってあたり、ひょっとして脳に何か影響を与える物なんじゃ……」
「何か言ったか?」
「いえ、なにも」彼がにこやかに笑う。「と言うか先輩。それ、どう見ても何かの足跡ですよね?」
「足跡?」
「イエス。二足歩行直立型。右足と左足が一つずつの足跡です」
彼の発言をきいて鼻で笑った。
「おいおい、なにを馬鹿なことを言ってるんだ。ここに足跡を付けようと思ったら、二本足で立つおよそ10㎝程の小さな生き物が寝てる間におでこの上に乗るしかないだろう」
「冷静に混乱してるのか、現実を直視したくないのか判断に迷うなあ」
「人は三つ点が集まると顔と認識すると言うが、足跡についても同じなのかもしれんなあ」
取り外したガーゼを戻す。テープが髪につかないよう気をつける必要があったが、そこは後輩に手伝わせた。奴のために外したのだから、それぐらいはやってもらわないと困る。
「と言うわけで、怪我ではないから心配はいらん」
「いっそ怪我であったほうが良かったと思うほど頭の方が心配ですが……まあ昨日もこんな感じだったから、一応は正常なのかな? バグだらけだけど」
「何か言ったか?」
「いえ、なにも。今日はずっとそれをつけるんですか?」
「赤みが取れたら外すよ。もし痛みとかでてきたら病院にいく。休みは余ってないが、そんなこと言ってられんしな。そんときは早退するから、仕事の方よろしく」
「え? 嫌です」
「嫌とか言うなや」
「僕は先輩で遊ぶために会社にきてるんですよ? なんで仕事しなきゃいけないんですか?」
「ここが会社でお前が会社員だからだよ!」
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