初詣に行く土沖のお話。
ブヒ山ブヒ子
【こんなでも、お互い大事に想ってる2人】
年が開け、文久三年となった松の内の朝。
真冬の晴れた日の冷たい風が川面を吹き抜けている。川岸の枯れ草がカサカサと侘びしく鳴っているが、その音も川にかかる橋の上で口論する土方歳三と沖田総司の声にかき消されていた。
「お前〜、何で付いてくるんだよ。一応客だろ、家にいなくていいのかよ⋯」
土方は少し迷惑そうな口調で、目の前の総司を見下ろした。
「そう言う土方さんこそ、家にいて来客対応しないといけないのでは?」
総司は臆することなく口ごたえしてくる。
二人とも正月用の着物の上に防寒用の羽織を着ているので、少々着膨れて見えた。土方は寒いのか更に首巻きまでしている。
「俺はー⋯いいんだよ。客の相手は
問題なくないような気もするが、総司は首をかしげただけで微笑んでいる。
「お前こそ、アゴ(注:近藤勇)ほおっておいていいのかよ。年始の挨拶に来たんだろ?叱られても知らねぇぞ⋯」
土方が言うように、総司は師匠の近藤と共に試衛館の超優良支援者でもある佐藤家に年始回りに来ているところなのだ。
「挨拶はもう終わりました。今は宴会が始まってて、私はお酒の席って苦手なので抜け出して来たんですが、そしたら門から出ていく見覚えのある姿が⋯。初詣に行くのかな〜って思って後を付けてきたんです」
「⋯⋯⋯💢」
悪びれることなくニコニコしている総司に呆れて、土方はため息をついた。初詣に行くつもりなど毛頭ない。総司と同じく寄り合いの席が苦手なだけなのだ。大勢の見たこともない親戚に仕事はどうだの世帯は持ったかだの、あれこれ近況を詮索されるのが苦痛でしょうがない。
「⋯初詣か。まあ暇つぶしにはなるかもな⋯」
「⋯あれ?初詣じゃなかったんですか?」
不思議そうに顔を覗き込んでくる総司の視線から目を反らして、川岸の枯れた葦をぼんやりと眺めた。
*******
まだ正午には早いこともあってか、二人がやってきた高幡不動尊には参拝客はまばらにしかいない。山門をくぐり、堂前にある賽銭箱を見て総司が無邪気に参拝しようと言い出す。
「⋯俺はあんまり神仏に興味ないんだけどな〜」
「いいじゃないですか。せっかく来たんだし!」
気怠そうにボヤく土方の背後に回って、総司はその背中をグイグイ押してくる。仕方なく財布から1文取り出して、二人でお堂の賽銭箱の前に立つ。
(願い事なんてな⋯)
特に何も思い浮かばないままチラと隣の総司を見ると、ブツブツと呟いて真剣な顔で願掛けをしているようだ。
(⋯⋯うーん。「面白いことが起こりますように」⋯ま、こんなもんか)
土方は少し肩をすくめて、賽銭箱の前から立ち去る。
「で、これからどーするんだ?⋯⋯って、あれ?」
後ろにいるはずの総司に話しかけたつもりだったが返事がない。振り返ると、まだ賽銭箱の前に立っている。
「えーと、それから⋯ブツブツ⋯」
「おい、いつまで願掛けしてるんだよ」
戻って細い肩に手をかけると、総司は目を開いて見上げてくる。
「え、だって⋯まだ試衛館のみんなの分が〜」
「たった1文で欲かきすぎだろ。ほら、行くぞ」
土方は渋る様子の総司をお堂の前から引きずって連れ出した。
「あ!おみくじがありますよ!」
お堂から引き剥がした途端に、今度は目ざとく社務所前にある籤を見つけて駆けていった総司の後を仕方なく付いていく。
「土方さんも引きますか?」
籤の入った木筒を手に持って見せるが、土方は首を振った。
「俺は占いとか信じないからな⋯」
「ふーん、じゃあ⋯土方さんは何を信じているんです?」
総司の何気ない問いに言葉が詰まった。邪気のない瞳がまっすぐ見つめてくる。
(俺か⋯。俺が信じているのは⋯)
うまく言えない。
信じてるのは自分だ。
けれども今の自分を信じられるかどうかと聞かれたら⋯⋯。
「うっわぁぁあ〜⋯」
動揺したような総司の声が、深く思考に沈んでいた土方の意識を引き戻した。見ると開いたおみくじを手に眉をひそめている。肩越しに覗き込むと、そこに書いてあったのは【大凶】の文字だ。
「すげぇな⋯。正月でこんな珍しいもの引くとは。運が良いのか悪いのか⋯いや、悪いのか?」
不服そうに唇を噛み締めている顔が可笑しくて、笑いを抑えられない土方をキッと総司は睨んでくる。
「⋯土方さんもおみくじ引いて下さい」
「はぁ!?何でだよ?」
「私だけこんな目に会うなんて納得がいきません」
そう言う総司の顔が、怒りのせいか段々紅くなってきた。
「どういう理屈だよ。⋯しょうがねえなぁ〜」
ため息をついて天を仰ぐと、言われたとおりに社務所へと向かった。木筒の中から籤を引いて番号を伝え、おみくじを貰っている土方を遠目に見ている総司の顔がちょっと怖い。
一呼吸して紙を開いた。
「どうでした?」
戻ってきた土方に、総司はワクワクしながら結果を尋ねると複雑そうな表情でおみくじを手渡してきた。そこには⋯
【大吉】
「もーーーーッ!!💢こんなのッ!!絶対ッおかしいッ!!💢」
憤慨した総司が片足でバンバン地面を蹴っているのが可笑しくて吹き出してしまった。
「所詮、占いだろ?そんなに気になるなら交換してやるよ」
「⋯⋯⋯」
目の前に差し出されたおみくじを見て、総司は急に黙る。
紙と土方の顔を交互に見て、何やら考えていたが――
「⋯⋯。いいです。いりませんっ」
ふいっと顔を背けると、背後にある御籤が大量に結ばれている木に向かって歩いて行ってしまった。
「おかしな奴だな⋯」
土方は少し首をかしげて大吉の籤を懐に入れ、その後についていった。
*****
正午を回ると参拝客が増え始め、静かだった境内も相当騒がしくなってきた。一通りのことは済ませたので、ここに居続ける理由も無い。
「そろそろ引き上げるか。まだ宴会の食い物も残ってるだろうし⋯、お前も腹減ってるだろ?⋯⋯って、んん?」
またも背後からの返事がないので土方が振り返ると、人の流れに遮られて総司との距離がだいぶ離れてしまっている。
「ひ、ひじ⋯、ちょっと、待ってくださいっ」
総司が人混みの隙間をぬいつつ、ぴょんぴょん飛び上がってこっちを探しているのが分かる。
「何やってんだ、あいつは⋯」
仕方なく人の波をかき分けて戻って行き、総司の元にたどり着いた。
「人なんか、いつもみたいに素早く避けれるだろ?」
「あのですね⋯避ける場所が無いのに避けるのは不可能なんですっ」
総司は土方の言葉に唇を尖らせてムスっとしている。
「わかった。そういう事にしておくか」
そう言って、腕を引っ張って引き寄せると総司の背後に回って両肩を掴んだ。
「えっ、なななな⋯何?」
急な事に動揺したような総司の声があがる。
「お前が先に行け、俺が後から付いていくから。それならはぐれないだろ?」
「そそそそ、そうですね。それなら大丈夫だと、思いますっ」
少し緊張したような声だが、そのまま前を向いて歩き出した。時々振り返って土方と目が合うと、すぐさま顔を背ける挙動不審さが可笑しい。そのまま二人は境内から出て、そこからは普通に並んで帰路に着くことにした。
*****
「それでは、我々はこれで
翌日、朝の冷たい空気が漂うなか、門前で総司は師匠ともに佐藤家の人々に別れの挨拶をしていた。
「またすぐ寒稽古でお邪魔させていただきますので、その時は宜しく頼みます」
ニコニコと会話をしている近藤のすぐ後ろに総司は控えていた。それとなく周囲を見渡しても、送り出しの人の中に土方の姿は見当たらない。気落ちした思いで小さく溜息をついた。
「はいこれ。道場の方々で召し上がってね」お重一段と思われる包みを総司の目の前に差し出したのは土方の姉だ。非常に雰囲気が似ている。
「あ。ありがとうございます」慌てて頭を下げた。
「ふふふふ、甘い物お好きだとか。きんとんですけど。ふふふふ」
何やら含み笑いが気になるが、じいっとこちらを凝視してくるのに戸惑いながら笑みを返した。
「では、これにて失礼致します。総司、行くぞ」
師匠から声がかかったのに返事を返して、門前の面々に頭を下げた。最後まで土方は現れなかった。
その日の正午をかなり過ぎた頃、二人は牛込市谷にある試衛館に帰ってきた。師匠と別れ、部屋に戻る廊下を歩いていると、後ろから聞き覚えのある声がかかる。振り返ると総司の姉のみつがこちらへ向かってくる。
「え⋯?どうして姉さんがいるんです?」
「勇さんとお前が彦五郎さんのところへ出掛けるって聞いたから、こちらでお手伝いをしてたのよ。年始のご挨拶も兼ねてね。皆さんお元気にしてらした?歳さんとか⋯」
お重の包みを総司から受け取って、みつが尋ねてくる。
「ええ、あの人は無駄に元気でしたよ。あと、お不動さまに初詣に行ったりとか〜」
姉の気にしい癖はいつもの事なので気にならないが、そういえば毎度あの男の事を聞かれるのは何故なのだろう…。
「あ。それ、きんとんです。大先生にお渡してからだけど、皆で食べましょうよ〜」
「はいはい。食べる前に一張羅を着替えなさい。その辺に脱ぎ散らかすんじゃないわよ」
食い意地のはった総司の言葉を聞いて、みつが釘を刺してくる。
「⋯はーい」仕方なく部屋に入って羽織を脱ぐ。
「あらっ?何か落ちたわよ」
「え?」
姉の言うとおり足元を見ると、折りたたまれた何処かで見たような紙が落ちている。総司よりも素早く、みつはそれを拾い上げて開いた。
「まあ、おみくじね。しかも大吉じゃないの! 良かったわねぇ〜」
「⋯⋯」
笑顔で ” 今年は良い事ありそうね ” とか ” 縁起がいいわね〜 ” などと呑気に言う姉に手渡された大吉のおみくじを、総司は微笑んでちょっと握りしめた。
「⋯はい !」
《終》
初詣に行く土沖のお話。 ブヒ山ブヒ子 @buhiyamabuhiko
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