悪役令嬢は攻略対象の愛から逃れられない

葵川真衣

第1話 赤髪の殺人鬼

 夜会の様子をこっそり覗いていたシャルロットは、赤髪の少年を目にした瞬間、ふいにすべてを思い出してしまった。

 この世界は前世プレイした乙女ゲーで、自分はゲームに登場する悪役令嬢だと。

 

 ショックで、ふらり、と後ずさった。


(数年後、殺されるか、島に収監される──!)


「どうした」


 後ろでシャルロットを支える手があった。

 振り返ると兄のレオンスがいた。


「お兄様……」


 二歳年上の兄を視界に映し、シャルロットの胸は大きく鼓動を打った。


(ゲームのまま、美しい)

 

 悪役令嬢の義兄レオンス・ラヴォワは、攻略対象の一人である。

 肩までのブルーブラックの髪、ヒヤシンス色の瞳、高い鼻梁、甘やかな唇。

 非常に整った目鼻立ちをしている。

 

 記憶を思い出したシャルロットは、イケメンキャラを前にどぎまぎしてしまう。


「シャルロット?」

「……なんでもありませんわ」 

 

 今正常に頭が働く状態ではなかった。

 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したなどと言っても、誰にも信じてもらえない。

 

 よろけるシャルロットの腕をレオンスは掴んだ。


「おまえに夜会はまだ早いよ。好奇心で見ていたんだね」

「はい……」

 

 まだ十三歳で出席できないので、ラヴォワ公爵家で開催される夜会を窓の外からそっと眺めていた。

 

 悪役令嬢を殺した少年の赤い髪を見た瞬間、前世の記憶がフラッシュバックした。

 シャルロットは、かたかたと歯を鳴らす。


「一体どれほど外に出ていた? 震えているよ」


 身体は冷えてはいるが、それによる震えではない。

 絶望的な悪役キャラに転生している恐怖によるものだった。

 いつも居丈高で高慢なシャルロットが言葉を失い、蒼白でいるのに、レオンスは心配に思ったようだ。


「大丈夫?」


 シャルロットはこくりと頷いた。

 倒れそうなほど混乱しているものの、兄に心配をかけるわけにはいかない。


「……わたくしは大丈夫ですわ。お兄様は会場にお戻りくださいませ」

 

 十五歳の兄は大人とみなされ、夜会に出席している。

 兄と同い年の赤髪の攻略対象も出席中だ。

 あまりに容赦なくゲームでシャルロットを殺したことで、あの赤髪少年はプレイヤーから殺人鬼と呼ばれていた。


 とにかく部屋に引き返そう。

 ゲーム内容を整理しなくては。こんなところにいれば殺人鬼と遭遇してしまうではないか。

 焦って踵を返すが、つまずいてこけそうになったシャルロットにレオンスが手を伸ばす。


「おいで」

「お兄様」


 兄は軽々とシャルロットを腕に抱きあげた。シャルロットは戸惑う。


「降ろしてくださいませ」

「部屋に行けばね」


 レオンスは長身で均整のとれた身体つきをしている。

 兄は屋敷内に入り階段をのぼって、二階のシャルロットの部屋に入った。

 室内を横切り、寝台にシャルロットを横たえれば、兄は羽根布団を被せてくれた。


「もう休みなさい。女の子は身体を冷やしてはいけないよ」


 ゲームでは腹黒で魔性的な魅力をもつキャラであったが、なんと良いひとなのだろう。

 シャルロットは感激してしまった。

 彼は悪役令嬢を辟易していたし、何らかの企みがあるのかもしれないが……。

 弱っている今、優しさがじんわりと胸に沁みた。


「ありがとうございます、お兄様。ご迷惑をお掛けしました」


 殺人鬼に遭遇せず部屋に戻ることができ、大変ありがたい。

 心から礼をすると、レオンスはシャルロットを見つめた。

 まじまじと凝視され、シャルロットは首を傾げる。


「どうなさったんです?」

「いや……おまえがオレにお礼を言ったのなんてはじめてだから」


 今までシャルロットは、レオンスを兄とは認めていなかった。

 彼は、本当はラヴォワ公爵家の養子で、父方のいとこにあたる。

 

 レオンスを出産した折、彼の母親が亡くなったため、父が彼を引き取った。

 レオンスの父親は誰かわからない。

 シャルロットは幼少時に、レオンスが実兄ではないことを母から聞かされた。

 それで彼を見下し、シャルロットにとってレオンスは使用人も同然の存在だったのだ。

 

 だが、前世の記憶が蘇った。今までのような態度をとれるわけがない。

 自分は思い上がった非常に傲慢な人間だった。


「今までのわたくしの態度をどうかお許しくださいませ、お兄様」


 シャルロットはレオンスに深々と頭を下げる。

 悪役令嬢の断罪に兄も参加する。自らを省みれば当然のことである。

 部屋まで運んでくれた優しいレオンスとの関係を修復したい。心を改めよう。間に合うのなら兄妹仲良くなりたい。

 

 兄は面食らったようだった。


「シャルロット、熱でもある?」

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