VR上でお砂糖を作るたった一つの簡単な方法は、ミニスカサンタが知っている。

あおいみらい

第1話 ポピ横のサンタクロース

 週末の夜になると、ポピー横丁に野生のサンタクロースが現れるらしい。


 ツイッターでは、そんな噂が流れていた。

 季節はまだ10月、ハロウィンも終わっていないのにクリスマスとは、随分準備の早いサンタクロースだ。


 ただのデマかもしれないが、本当にサンタがいるのだとしたら、是非ともお会いして直接クリスマスプレゼントをお願いしたいものだ。


 四度目の正直、今年こそは大学生らしい甘いクリスマスを過ごしたい。

 そんなふうに思うのは、純然たる男子大学生として何もおかしくはないだろ?


 まあ、本当にその気があるのならぶいちゃなんてやめて、街にでも繰り出した方がずっといいのだろうけど。


*****


 ――ポピー横丁、通称ポピ横。

 ここVRChat内に存在するワールドの一つだ。

 大都会からは少し外れた、下町の飲み屋街をイメージしてくれればいいと思う。


 VRChatっていうのは、メタバースのプラットフォームの一つで、ゲームやライブ、睡眠や食事……はさすがにできないが、ちょっとエッチなこともできる、二次元と三次元の間みたいな世界だ。

 仮想空間で出会った人達と一緒に遊ぶ。そんな場所だと思ってくれればいいだろうか。

 人々は自分の好きな姿になって、現実を忘れて、現実では出会えない人たちと話す。

 そんな世界が広がっているが、VRChatぶいちゃだ。


 ――ミニスカサンタの話に戻ろう。

 彼女は人気の無い路地裏で、ひっそりとしゃがみ込んでいた。

 通りに出れば一瞬で目を引き付けるだろう紅白の格好も、ここでは虚しくさえ見える。夜の渋谷にもきっとこんな人はいないだろう。

 そんな格好で寒くないのかという気もするが、ここはVR、外の気温は関係ない。

 彼女もきっと実際は、暖房の効いた部屋の中にいるのだ。


 都会の喧騒を背に受けながら進んでいくと、やがてサンタがこちらに気づく。彼女はじっと俺を見て、


「あ、福島の人だ」


 思わぬ第一声だった。

 きっと俺のプロフィールでも覗いていたのだろう。


 ここには、現実と違って言葉を交わさずとも自己紹介ができる仕組みがある。

 コミュニケーションが苦手な俺みたいな人間にはありがたい機能だが、少し恥ずかしい。


「福島のどこらへん? 郡山?」


 サンタは立ち上がってすっと近づいてくる。

 物理的な距離感も、ぽんと出てくる質問も、まるで初対面とは思えない詰め方だ。

 若干呂律が回っていない感じ……酔っぱらっているのか?


「ねぇ、聞いてる?」


「郡山ですよ。あなたも福島県民なんですか?」


「んー、ちがぁう」


 VR上で出会った人が実は近所だった。なんて話も聞くし、もしかしたらと思ったが、違うようだ。

 ならなぜそんなことを聞いてきたのかは謎だが、どうでもいいか。


「ね、キミはこんなところでなにしてたの?」


 彼女は少し大げさに首を傾げながら尋ねてくる。

 噂のミニスカサンタを拝みに来たとは言いにくい。


「凛りん……さんこそ、何をしてたんですか?」


 りんりん――ミニスカサンタの頭上には、そんな名前が表示されていた。

 まるで鈴の音が聞こえそうな名前だ。


「りんでいいよ。その方が呼びやすいでしょ?」


「……はぁ」


「私はね、キミを待っていたんだよ」


「……え?」


 その発言に、思わず胸が跳ね上がる。


「キミみたいな迷える子羊を待ってた。的な」


「的な?」


「んー、わかんない! とにかく、私は知らない誰かと喋りたかっただけ」


 なんだ……? いきなり変なことを言いやがって。

 男なんて簡単な一言ですぐに勘違いしちゃうんだからね! 

 気をつけてほしいものです。


「で? キミの番だよ? キミは何をしていたの?」


 今度は首を逆側に傾けて、サンタの帽子が揺れる。


「俺は……」


 あなたに会いに来たんですよ。

 そう言えたら笑いの一つでも取れたのだろうが、俺にそんな恥ずかしいことを言う度胸はなかった。


 時間稼ぎに目を逸らすと、ビルとビルのすき間から暗い夜空が見えて、頭が少しすっきりする。


 俺がここにいる理由、サンタに会いに来た理由は、あまりにも単純だった。


「クリスマスプレゼントのお願いをしに」


 そう答えると、りんは「おぉ」と目を丸くして、


「ずいぶん気が早いんだね」


「あなたに言われたくはないですよ」


 サンタクロースのコスプレをしていいのは、せいぜいクリスマスの3日前くらいからのものだろう。


「大丈夫。私は年中サンタをやっているから」


「正気ですか……?」


「まあ……バーチャルだからね」


 彼女は呟くようにそう言って、少し遠くの方を見た。

 暗くて狭い空を、見つめていたのかもしれない。


「で? キミの願いはなんなの?」


「言ったら叶えてくれるんですか?」


「それはサンタだからね。まあ内容によるけど……エッチなのはだめ」


 エッチ……ではないよな? 最終的にはそういうことにはなるかもしれないけど、最初は純粋な気持ちなわけだから。


お砂糖こいびとが欲しいです。クリスマスまでに」


 意を決してそう答えると、りんは目をぱあっと光らせて、ニヤニヤする。


「へぇー、いいじゃんお砂糖。簡単にできるよ」


 簡単にできないからこんなお願いをしてるんだが。


「いたことあるんですか?」


「うん……サンタだからね」


 色っぽくわけのわからないこというサンタ。

 サンタ関係ないだろ。


「サンタってお砂糖いるんだ……」


「…………」


「大学を卒業する前に、社会人になる前に……」


 社会の歯車になってしまう前に、甘い経験をしてみたい。

 そう言おうと思ったがやめた。

 そんなこと、初対面の人の前で言うことじゃない。


「ん?」


「なんでもないです。それで、どうすればお砂糖ができるんですか?」


 俺が大事な質問を投げかけると、サンタは「そっか」とうなずいて、唇を人差し指で押さえ、ずいっと顔を近づける。


「そんなの簡単だよ? 人に優しくすればいいの」


 優しい人が好き。という話はよく聞くが、本当にそれだけで恋人になりたいと思うのだろうか。


 俺は一歩下がりながら質問を返す。


「優しくってどんな?」


「それは自分で考えなきゃ」


「えー……あと近いですさっきから」


 VRとはいえ、こんなに近くに女性の顔があるのは落ち着かない。


「うぶなんだね」


「童貞なだけですよ」


「あ! エッチなのはだめって言ったのに!」


「えぇ……」


 りんは器用に表情を変えて、むすっと頬を膨らませてみせる。

なるほど、これはお砂糖がいてもおかしくはないな。


 しばらくすると、りんはまた表情を変えて話し出す。


「あ、私はだめだよ? 今は募集してないから」


「聞いてませんよ」


「こう見えて私もサンタだからさ、そういうところは厳しいんだよね。ごめんね? 力になれなくて」


「だから聞いてませんよ手を合わせて謝らないでください」


 飲み屋街の裏路地で、ミニスカサンタに頭を下げさせている男。はたから見たらどう思われるのだろうか?

ヤバいやつに違いない。


「しょうがないなぁ。そこまで言うなら、お姉さんが君と気が合いそうな人を探してあげるよ」


 この人はきっと俺のことをちょうどいいおもちゃか何かだと思っているんだろうな。


「どこで?」


「そこで」


 りんは俺がやってきた方向、ネオンの光が輝く方を差す。


マジですか? という顔で彼女を見ると、


「だってここはポピー横丁だよ? みんな出会いを探してるんだし」


「いや、それは……」


 出会いといっても種類ってものがある。一期一会と言えば聞こえはいいが、ワンナイトと言えば下品になる。

 そしてあの喧騒の中で起きているのは、どちらかと言うと後者だ。深夜のポピ横ほど品のないワールドはない。


「あ、りんりんじゃん」


 俺が渋っていると、通りの方から男性の声がする。

 見ると、立っていたのは高身長のイケメンアバターだった。


「あー! 久しぶりー!」


 りんも相手に合わせたようなテンションで返す。

 さっきまでのダウナーな雰囲気はどこかに飛んでいったようだ。


 男はずんずんとこちらに近づいてきて、りんも応じるように歩いていく。

 元々フレンドだったのだろう。二人は自然に会話をして、自然な笑顔で笑い合う。

 まるで、俺のことなんか見えていないかのように。


 撤退するか……。

 決して陽キャについていけないからとかそういうことではないが、明日もバイトがあることだし、そろそろ寝ないといけないからね!

 挨拶は……なんか邪魔するのも悪いしいいか。すっと消えよう。


 ――と、思っていたのだが。


「私たち移動するけど、キミも一緒に行く?」


 サンタはいつの間に目の前にいた。


「いやいいです。そろそろ落ちるので」


「そっか。残念だなぁ、せっかく出会えたのに」


 社交辞令がうまい人だと思った。

 俺みたいなのは早くいなくなった方がいいだろうに。


「じゃあ」


「うん。またね」


 もう会うことはないんだろうな。

 そう思いながら、メニューを開く。

 電源のアイコンを探し、ゲームを終了しようとしていると、少し遠くから彼女の声が聞こえてくる。


「そういえば、大学はどこなの?」


 なんでそんなことをと思ったが、別に俺の情報がバレたところで何も起きまい。

むしろそれで出会いに繋がるのなら、ラッキーというものだ。


「郡山大学です」


「そっか。じゃあ今度いい人紹介してあげるね」


 どういう意味なんだ? 変に期待させられるのが一番困るんだが……。

 まあ、あまり酔っ払いの言うことは信用しないようにしよう。

 そう思いながら電源を切った。


******


 後日、ぶいちゃを開くと、一件の通知が来ていた。

 それは、凛りんからのフレンド申請だった。

 そしてこんなメッセージが付いていた、


『キミ好みの可愛い女の子を紹介するから、今日の夜会いにきてね。サンタより』


 ――こうして、灰色のぶいちゃ人生に、淡い桃色が色づき始めた。


 なぜ俺の好みを知っているんだあの人は……。

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VR上でお砂糖を作るたった一つの簡単な方法は、ミニスカサンタが知っている。 あおいみらい @rural-novelist

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