第2話 マニュアル人間
「あ、おかえりなさい」
床が抜けてしばらく滑り台のようなものを滑ると地下室のような場所にたどり着いた。廊下を抜けて、重い鉄の扉を開く。
そこにいたのは、白髪でカラスの嘴のようなマスクをした女の人と、黒髪の綺麗な男の人だった。
女の人は身長が百五十センチくらいでとても華奢だ。綺麗な三白眼が、切り揃えられた前髪で隠されている。真っ白な髪が特徴的なミステリアスな美人なのに、なぜか黒いカラスの嘴をつけている。
男の人は百七十センチくらいの身長で、痩せ型の人だった。二重で切れ長のつり目に対して、眉は不安げにひそめられている。黒髪でウルフカットのような髪型をした綺麗な顔の人だ。
「紹介するね。こっちのお姉さんがテル、こっちの愛想が悪くて女の子殴ってそうな男がヴィリー」
ヴィリーさんはこちらを疑って警戒するような視線を向けてくる。当たり前だ、仲間が急に記憶喪失になって帰ってきたのだから。
「なんでそんな初めましてみたいな雰囲気出してるのよ」
「記憶喪失になっちゃったんだよ、ねー?」
同意を求められて、慌てて頷く。
「ヴィリーは僕のカレッジ生の時からの友達でめっちゃ頭良くてイケメン。テルはすーぐ嘘つくけど交渉とか上手。二人はカレッジ生の時の顔見知りで僕とも知り合った。色々あって手伝ってもらってる」
「この能無しをそんな褒めてどうすんの、期待されたら困るんだけど。はー、吐きそう吐きそう」
「記憶喪失ってそんな簡単になるものなの?」
ファーガスさんが説明してくれるが、ヴィリーさんもテルさんも聞いちゃいない。テルさんに至ってはベタベタ触りながら質問してくるが、聞かれてもそんなこと分からない。
「あの、私っていつから皆さんとお知り合いなんですか?」
「ついさっき。ファーと出かける前」
ということは、出会ってすぐに事故に遭い、記憶喪失になって帰ってきた変な人じゃないか。ああ、だからファーガスさんも変な顔をして信じてくれないのか。
「とりあえずここに座りなよ」
見かねたファーガスさんがテーブルから資料を移動して、椅子を用意してくれたので大人しく座る。
そういえば、こんなにのんびりしている場合ではない。一刻も早く帰らないと、帰らなくても、いっか。
「どうかした?」
私の考えを見透かしたかのように、不思議そうな顔をしてこちらを覗き込む。
「帰りたくないなって」
「さっきからずっとそれ言ってるね。君はこの世界の住人なのに」
確かに、
「……ほんとに他の世界から来た可能性はない? 文献からは見つけられないけど、そういう話って結構あるじゃん。創作系の」
「え!? こっちにもそういうのってあるんですか?」
この世界にスマホはおろか、インターネットすらあるか分からなかった。ヴィリーさんの言い回しから考えるに、似たような概念のものはありそうだ。
「スペシャルボードでも見られるよ」
そう言いながら取り出したのはスマホにそっくりなそれだった。
「スマホじゃん!?」
「……なんて?」
危ない、思いっきり声に出してしまった。形状も機能もスマホそっくりなスペシャルボードとやらをヴィリーさんが見せてくれた。
「君も僕たちと同じやつ持ってるはずだけどね」
そう言われて慌ててポケットを探ると、コツンとぶつかった。これがスペシャルボードか。
「リオナさんが異世界の人だとして、見た目はいつも通り。中身だけ入れ替わったか、元の世界では死んだけど中身だけこっちに来たか」
そうか。もしかしたら中身だけ入れ替わったんじゃないかと思ったが、死んだ可能性だって十分にある。ちょっと嫌だな。
「あの、ファーガスさんに一つだけお願いしてもいいですか?」
「僕が叶えられるものであるなら、どうぞ?」
「私のマニュアルになってください」
テルさんとヴィリーさんは大きく目を見開いた。驚かれることを言った自覚はあるが、仕方ない。私は自分で考えて動けない。
「でた、プロポーズ」
「違います!!」
私は、人からやれと言われたことをマニュアルと呼んで、完璧にこなして生きてきた。自分で考えても無駄だから。
「命令すればいいってこと? それくらいなら全然いいよ。やるやる」
「……命令は、ちょっと違うんです。私は最低限の選択をしたい。従うか従わないか。その余地がある言葉が良い」
自分で支離滅裂なことを言っている自覚はある。でも、妥協はできない。
「じゃあ指令にしよう。王として君に指令を出してあげる」
「ちなみに、お二人は何の毒を持ってるんですか?」
「私は毒魔術師じゃないの。特に問題も抱えてないし、試しにヴィリーに暴言言っても、何も変わらなかったわ。この人はハブがモデル」
問題も抱えていないとはどういう意味だろうか。毒魔術師はなにか特別な事情で毒を使えるようになるということなのか。
「人間が持つ毒は、他人から受けた歪んだ愛が原因でより強くなるんだ。これまで育ってくる中で、辛い思いをした人ほどその毒が強い傾向にあることが分かってる。検査してみる? ヴィリーが作ってくれたデバイスもあるけど」
「……でも、それじゃ私がこれまで歪んだ愛を受けて育ってきたみたい。そんなの、違うはずなのに」
私は大切に育てられた。制限も監視もされたけど、きっと私のためを思ってやってくれたことだ。それに文句なんて言えない。私は幸せ者なのだから。
「リオナ、検査受けて」
「マニュアル、チャァーンス!!!!」
ファーガスさんは優しく微笑みかけてくる。見た目は天使寄りだがやっていることは悪魔より悪魔だ。こんな滑稽なのに。
「じゃあ、受けますねー。はー、最高。異世界転生とか最悪って思ったけど私が最強になれちゃう世界だったりして!?」
「何言ってるか分かんないけど、これ使って。血液検査みたいなものだよ。このデバイスとスぺボを繋げて。デバイスの針に指ぶっさせば測れる!」
渡されたデバイスをじっくり眺める。とてもじゃないが素人が自作したとは思えないレベルだ。
指がデバイスに触れた瞬間、細い針が刺さって指先からピリピリとした衝撃が伝わり全身を駆け巡る。
呼吸が苦しくなってきて、心臓が掴まれるような痛みと目眩に襲われる。
「お゛、お゛え゛っ……」
「リオナ? 聞……るー? この……、副……を疑似体験することで……なデータを……仕組みになって……けど。も……し!」
耳の奥でドクドクと心臓の音が鮮明に聞こえる。その間、ファーガスさんが何か喋っていることは認識出来るが内容までは聞き取れないのが恨めしい。全部聞き漏らしたくないのに。
「これ、怒られる……おえっ」
要らない子になってしまうのだろうか、嫌われてしまうのだろうか。ああ、でも私が死んでいるならもう関係ない話か。
「あー、ダメだよ。無理に立とうとしないの」
自分よりも一回り大きな手が近づいてくる。背中をさすろうとしてくれたのは察することが出来るが、それすらも怖くて払いのけてしまった。
「ご、ごめ、なさっ」
「ううん、僕もごめんね。急に触ろうとして。あ、結果出てるよ」
謝ろうとした私を遮って床に落ちていたスマホを拾い上げている。そこに表示されていたのは、「ワライタケ、星二」という文字と写真だった。
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