アンデット毒魔術師!~転生したら究極のマニュアル人間でも役に立てるのか!?~

藤生 音桜(フジュウ ネオ)

秘密結社、メンバー

第1話 異世界の毒魔術師

 あ、死んだ。


 何度か見たことのある光景だが、まさか自分が大学の帰り道に轢かれるなんて思わなかった。


 段々とトラックが近づいて来る。手元を見ていた運転手も私に気が付いたらしく目が合った。しかし時すでに遅し。ここから避けるなんて人並みの運動神経じゃ無理だ。


「やばい……!!」


 でも、別に死んでも大して後悔ないかも。


 何もない自分の人生、周りに言われた通りに行動してそれなりの結果を残す日々。


 あ、いらないな。


 諦めてそっと目を閉じた。


 閉じた。が、秒待っても痛みを感じない。もしかして痛みもなく死んだのだろうか。


「危ないね。そろそろ目開けても大丈夫だよ?」


 横から聞こえた声に驚いて顔を向けると、そこにはフードを深く被ってマントに身を包んだ青年が立っていた。


「大丈夫? 怪我はない?」


 手を差し出して引き上げてくれる。嬉しいが、目の前に広がった光景があまりにも現実と乖離かいりしすぎていてそれどころではない。レンガ造りの建物と明らかに日本ではない服装。


 やばい、これ絶対に転生した。


 青年は車から私を庇うようにして立ちながら、運転手からの叱責を受けて謝ってくれている。しかし落ち着きがなく、話を簡単に切り上げると私の手を取って走り出した。


「危なかったねー」


 裏路地に入ってフードを取る。一部だけ陽の光に当たった栗色の癖のある髪の毛が輝いている。一重で丸い垂れ目が優しそうな人だ。


「かっこいい……じゃなくて、私この世界の住人じゃなくて!」


 忘れてた、このままだと門限に間に合わなくなってしまう。どうにかして家に帰らないといけない。


「何言ってるの、リオナ。君は僕の仲間になるんでしょ? 休憩したら早く行くよ?」


 もう一度深くフードを被って歩き出そうとするその手を掴んだ。


「いや、私はその、車に轢かれそうになって!!」


「……もしかして君、さっきので記憶喪失になったとか?」


 そういうことにしておいた方が良さそうだ。この世界についてと現状について教えてもらっておいた方が良いに決まっている。


「そう、そう! そうなんですよー」


「じゃあまずは一番大事なところから。僕らは簡単に言えば勇者の敵である魔王みたいなもの。王宮の敵である僕ら秘密結社。要は正義の敵です!」


「はぁ!?」


 もしかして殺される可能性があるってこと? それならまだ、勇者側の方が良かった。死ぬならカッコよく死にたい。


「そしてここは人間も毒を持つ世界、ポイゾナ・ファンタジールド」


「人間も毒を? どうやって?」


「無意識に言葉によって人を傷つける毒を持ってる。でも僕たちは他の毒を持つ生物のモデルを取り入れることで自由に魔術として操れるんだ。だから、変革者として追われてる」


 周りと違うことは認められない。それはどこの世界でも同じなのだろうか。少しだけ胸が苦しくなった。


「それにね、僕のモデルはキングコブラなんだ。バレたらまずいでしょ……って言っても分からないか。名前はファーガス。よろしくね」


 この人が持っている毒がキングコブラであることと追われていることに何か関係があるのだろうか。私の疑問に気が付いたのか、ファーガスさんは笑った。


「この奇妙な現象が始まったのは、たった一人の変革者からだった。それからどんどん伝染するかのようにみんなが毒を持ち始めた」


「もしかして、その最初の変革者がキングコブラの毒魔術師だったってこと?」


「そう。莫大な力を保持してこの世界のキングになった。そして彼以来、キングコブラの毒魔術師は現れなかったんだ」


 ファーガスさんは自身の拳を固く握りしめて見つめている。


「この現象を止めるにはキングコブラの毒魔術師が生贄にならないといけないらしい。まだ王宮からバレてないけど、一年後には自首しに行こうと思ってるんだ。でも、その前に自分でどうにかしたい」


「どうして、自分から行くんですか? 寿命まで待てば——」


 私の声を遮って、ファーガスさんは口元に人差し指を押し付けた。そして視線で大通りを見ろと促してくる。


 さっきは轢かれそうになったことで頭がいっぱいだったが、今見ると全然違う光景だ。街の人たちが互いに怒鳴り合い、武器を持っている。


「僕が生きているせいでこうなっているんだ。生きたいなんて言えないでしょ」


 この人は、今世界中の人の敵であり、魔王だ。


「僕と一緒に、毒魔術師に関する情報を集めるのを手伝ってくれない?」


 真っ直ぐにな瞳に撃ち抜かれる。私を必要としてくれている。この人は、私に上手く指令を出してくれる。使ってくれる。褒めてくれる。


 それなら、私は――。


「マニュアルチャーンス!!!!」


 私は究極のマニュアル人間だから。決まったことしか出来ないし、人からの指令は断らずに完璧にやり遂げる自信がある。


「え!?」


 私の勢いにファーガスさんがたじろぐ。ああ、自分はまたやってしまった。


「ごめんなさい、何でもないで――」


 恐る恐る顔色を窺うと、ファーガスさんは楽しそうに笑っていた。

 

「マニュアルがあれば動けるんだ? 充分じゃん」


 そう言って、優しく頭を撫でてくれた。


「え。好きぃ。一生ついて行くので一生私のマニュアルでいてください」


「新手のプロポーズ? ここで話すのも危ないし、基地行こうよ。今の時間なら二人もいるんじゃないかな」


 そう言いながらファーガスさんは壁のレンガの数を数え始める。


「あの、何して——」


「8、9、10……これだ!」


 そして一つのレンガを力を込めて押すと床が落とし穴のように開いて……。


「うわぁぁぁぁ」


 落ちた。

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