乙女エモーショナル

しゃけごぜん

乙女エモーショナル

 毎朝起きるとこんな事を考える。

【私はあなたが好き】

 この言葉を言うだけで始まるはずなのに

 その言葉はいつも喉に突っかかる。

 私ってこんな甲斐性のない子だったかしら?

 やーね、学生の本分は勉強だというのに、

 毎朝こんな事を考えちゃうなんて、なんだか卑しい気がする。

 でも仕方ないよね、可愛い女の子だもの

 恋する乙女は止められないでしょう?

 こんなことを毎日考えて、朝のお支度を無理にでも楽しく済ますの。

 でも、時間が迫ってくると段々と嫌になってくる

 また私は言えないのかしら…とか、背筋がぴんと伸びたお姉様たちに注意されないかしらとか。

 そんな事を考えちゃう。これが良くない。

 どんどん気分が落ち込んで

 起きたての気分に逆戻り…

 もう一回寝ちゃいたいくらい。一度そうしたら

 大遅刻して怒られちゃった。

 世間様からすれば私はお嬢様らしい。

 私はお嬢様なんかじゃないのに。

 夢見がちな普通の女の子、みんな口を揃えて

 私に、ごきげんようなんて挨拶をする。

 私はその挨拶が嫌いだ、縛り付けられてるみたいで。

 ノブレス・オブリージュ?

 そんなもの知らないわ。

 私は私のまま自由に生きるの!


 …………。

 そんなこと思っても行動できないのが私。

 やっぱり根性なしかも…

 結局朝からたくさん考えて、寮を出る時間

 今日も朝からいいとこなし。

 いつも通り、落胆はしない

 寮から出れば少し気分は上がる

 だってあの子に会えるかもしれないから。



 だめだったみたい、今日は散々な日だわ……。

 いつもの時間、いつもの道のはずなのに会えなかった

 あの子お休みなのかしら?

 違うわ、そんなはずはないから

 今日はたまたまいつもの道を通らなかっただけだわ。

 そう思ったら、少しだけ希望が持てる。

 そうなると、今日の道はとてもつまらない。

 誰とも話せず、目新しいものもない、いつもの光景…。おかしくなっちゃう。

 こんな気分になっちゃうなら、お仮病でも使って休んでいればよかった。

 でも、そんなことをする勇気はないの。

 だからいつまでたっても言えないのよ。

 私の甲斐性なし!!


 寮からでて、10分くらい、一番私が嫌いな時間が来る

 学校の門の前、たくさん嫌いな言葉を聞くことになる場所。

 色んなところから「ごきげんよう」が聞こえる

 本当にうんざりする、できることなら無視して

 さっさと教室に入りたいところだけど。

 それもできないのが私。

 消え入りそうな声で「ごきげんよう…」なんて言いながら早足に下駄箱まで行くの

 ここまで来れれば一旦は安心。


 ほっとした途端、ため息が出ちゃった

 ため息なんてするもんじゃないのに。逃げちゃうでしょ?幸せ。

 私の少ない幸せは逃さないようにしないと。

 今日こそあの子に言うの!

【あなたが好きです】って。

 だから、弱虫な自分を奮い立たせて教室まで移動する

 いつも通りとはいかないけれど、そこに私の悩みのタネが座っているはず。

 心の中で練習するの

「ごきげんよう」そして笑顔。

 さぁ…今日こそ話しかけるところから…できるといいな

 今日の気分はそこで決まる。

 教室に入る。


 いない…いない、どこにもいない。

 あんなに準備したのに、今日は肩透かし

 本当だったら、暴れ回りたい。

 朝の悩みはなんだったの!とか私の覚悟はどこにぶつければいいの!とか

 でも、そんな事も出来ずにおとなしく席に着く。

 そこからの私はもう…抜け殻みたいで

 夏の終わりのセミさんみたいな、ジワジワ弱っていく

 あとは熱いときの氷菓みたいな…

 そんな感じ。

 周りから少し心配されて、恥ずかしくなっちゃった

 みんなに私は恋煩いでこんなことになってるなんて知られたら……。

 今日の授業はやっぱり一切頭に入ってこない

 ずーっとずーっと、左から右、右から左

 あの子のことだけしか考えられないの。

 教えてもらった知識もどんどん頭からスルッと抜け落ちていくのね……ZZZ




 いけない…寝ちゃってたみたい。

 またお姉様達に怒られちゃう。

 時間はもうお家に帰る時間。

 お家と言っても寮なんだけれど…

 お家と言ったら休まる場所のはずなのだけれど

 今のお家はいるだけでも疲れちゃう。

 包み込んでくれるお母様もいないし、とっても優しいお父様もいない、いるのは、軍人さんみたいなお姉様方。

 なにかやられたわけじゃないけどやっぱり苦手。


 下校中にもあの子姿を探すの。

 たまたま休んだだけなのだから、お買い物とかしてらっしゃるかもしれないわ。

 帰り道は少し気楽だから朝よりポジティブ。

 だから朝と同じ道なのに発見があるの。

 昨日まで咲いてなかったお花が咲いていたり

 ネコちゃんがねてるところが見れたり。

 気分で見えるものって随分変わるのね?

 だったら朝の気分をもう少し上げれたら、たくさんあの子に会えるかも。

 朝じゃなくて、毎日がいいけれど、それは望みすぎかしら?



 歩き慣れた道をゆったりぼけっとして歩く

 だーれもいないから、少し気が抜けてた

「九条さん!」

 後ろから、私の大好きな声が。

 あの子の声。私の名前を呼ぶあの子の声。

 そんなことされたら冷静でいられないわ。

 やめて!もっと好きになっちゃうから!


「ごめんなさいね、今日休んでしまって。」


「私なんか気にしなくていいのに…気にさせていたらごめんなさい。」


 ほらこんなこと言っちゃって、もっと喋りたいのに

 口から出るのはそんな弱気な言葉。


「今日は、お母様から言われて少しお見合いというものに言ってたのだわ。」


「お見合い…いい殿方でいらっしゃいましたか?」


 お見合い!!!そんなもの行かなくても私がいるのに!


「私には殿方の良さはまだ分からないのよ。ちょっとお母様も急ぎすぎよね」


 気まずそうに笑っている。

 そんな顔も美しいし可愛い。

 良かった、お見合いなんか要らないわね。

 私がいるのだから。とか思うけれど、口には出せない。

 だから当たり障りのない言葉で返す。


「明日はいらっしゃるのですか?」


「そのつもりです、私を待ってくれているあなたがいるようですしね」




 その言葉を言われてからのことが全く思い出せない。

 気付いたら寮のベットだったわ。

 なにかとんでもないことを言われたような気がしているけど……一つわかるのはまた言えなかったということね。

 だから練習しなきゃ。また会った時のために。

 朝昼晩。いつ会ってもいいように。

 同じ寮にいないのがさみしいわ。

 私もあの子みたいに実家通いにしたかった

 そしたら、あの子とたくさん遊ぶの

 夜まで遊んで……一緒に寝てくれないかしら。

 そしたら朝までぐっすり、のはず。


「あなたが好き!!!」そう言える日までおやすみなさい。私の心はどこに行くんでしょう?

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乙女エモーショナル しゃけごぜん @syake_1128

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