第3章
鋭かった風は、丸みを帯び、桃色の天使たちを連れてくる。
皺一つない制服を纏う、あどけない姿に満たされている廊下を進んでいく。
まだ見慣れない扉をくぐる。
穏やかな音色に運ばれ、一つの綺麗な音色が落とされる。
運ばれてきた方に視線を移す。
望が、こちらにひらひら、と繊細な手を揺らしていた。
ぎこちなく振り返すと、こちらに近づいてくる。
もう、瓶の中は溢れそうになっていた。
暖かな朝陽が、手を伸ばしてくる。
手をつなごうと、自分の手を伸ばした。
ぽとり、と手に当たった何かが、落ちる。
体を起こして、床を見た。
黒い目と、視線が絡み合う。
くまのぬいぐるみが、こちらを向いて、訴えてくる。
かたん。
溢れそうになっていた、瓶が倒され、割れた。
暗い部屋に、うるさいほど、呼吸音が響いていた。
暗い部屋。
今よりも低い目線。
懐かしい景色が、広がった。
足音もなく、大きな人影が映し出される。
頬を、暖かい手で包まれた。
影に光が差す。
そこには、桜のような笑顔を咲かせる、母がいた。
暖かい雫が、肌を滑り落ちる。
「ごめんね」
今よりも、幼い声が響く。
自分だけ、幸せになってごめんなさい。
何も返せなくて、ごめんなさい。
割れた瓶の破片に、亀裂が入る。
言葉が、口から溢れて、止まらない。
このままだと、溺れてしまう。
目を閉じ、遠くなる意識に、体を預けようとした。
そのとき、暖かい手が、口を塞いだ。
淡い意識の中、視線が交わる。
首を横に、柔らかく振っている。
ぽつり。
雫が、落ちていく。
暖かく、安心する光に包まれた。
母の雫が、ふわり、と頬に落ちた。
まぶたを開くと、柔らかな朝陽が、部屋を包んでいた。
頬に、一粒の雫が、滑り落ちる。
くまのぬいぐるみの、透明な目が、ころん、と輝いた。
ありがとう、と、静かな音色が、溶けていった。
廊下へ、優しい風が流れて、満たされる。
望と過ごす時間が、増えていく。
隣に、いつも居てくれる、暖かい存在。
胸には、柔らかいものが、溢れている。
二人の世界には、傷つけるものなんて、何もない。
互いに体を預け合う。
この日々が、ずっと続きますように、と心の中で願った。
桃色の天使が、二人の周りを包むように、舞う。
天使に手を伸ばしても、指の間をすり抜けていく。
捕まえようと、追いかける。
その姿を見ていた望が、同じように手を伸ばした。
ふわり。
望の繊細な手が、天使を招いた。
自分の下ろしていた手を、すくい上げられる。
自分の頼りない手に、天使をそっと降ろされた。
手のひらで、天使が眠りにつく。
そっと、震える手で、包みこんだ。
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