魅煉辰郎 最後の思い出彩ります
フォウ
野々村珠子 15歳
「ですから! お客様のご予算ではこのプランが限界なんです!」
「いやいや、後生ですから。
どうにかなりませんか?
妻との思い出のホテルなんです……」
辰郎は目の前に立つ、ご老人の懇願に首を振る。
「幾らなんでも、必要額の半分で思い出のホテルへ一泊と仰られましても……」
「か弱い老人の最後の頼みじゃぞ?」
確かに、一見か弱い老人のように見えるが、
「あのですね?
こっちはお客様方の詳細情報握ってるんです。
何が、か弱い老人何ですか?
奥さんを亡くしてからは、煽り運転や野良猫への餌付け等々、迷惑行為を繰り返してたじゃないですか?
その辺どうお考えですか?
辰郎のタブレットには、老人の情報が詳細に入っているのだ。
「野良猫の件に至っては、市役所方を箒で叩いて追い払ったこともあるとか。
そんなお客様が、何を言ってるんですか?」
「寂しかったんじゃ。
妻に先立たれ、子供達も寄り付かず……。
迷惑行為を繰り返してた自覚はあるが、そうすれば相手をしてくれる人がいるからで……」
ついには涙を流す相手だが、辰郎は気にしない。
泣き落としは、この男の常習手段だと割れている。
「……とにかく、うちで出来るのはホテルの夕食を再現した食事を出すだけです。
それ以上を望むなら、お引き取りを!」
「ふざけるな!
化けて出てやる!」
明確なラインを示し、それ以上は1歩の譲歩もないと宣言する辰郎。
得意の泣き落としが効かないとわかった呉人は、今度は激昂して大声を上げるが、
「どうぞ!
そうしてくれた方が手っ取り早い!
存分に化けて出てください」
辰郎の心には、欠片程度のさざ波も立たない。
「いや、化けて出るってのは、冗談じゃよ……。
じゃから、もう少しな……」
「はいはい、お客様の退店ですよ!
警備員、お願いします」
にべもない辰郎へあれこれ言い募り、更に交渉を続けようとするが、当の辰郎は警備を呼んで、追い出しに掛かる。
「待って、待ってくれ!
もう他に頼れるところ……」
「次の人!
どうぞ!」
屈強な警備員に連れられていく渡能呉人を、一瞥することもなく、次の客を呼ぶ辰郎。
老人を引き摺る警備員にビビりながらも、やって来たのは白い髪の少女だった。
「え、えーと?
野々村珠子さん、15歳。
依頼は、母親ともう一度だけ話がしたい……」
やって来た少女のプロフィールを見て、頭を抱える辰郎。
こういう困難な依頼が来ると言うことは大抵、
「船案件か。
どうせ、ラスメモだよな?」
目の前の客へ、不快な思いをさせないように、隠語で呟きつつ、プロフィールの隅に捺された判子を見ると、案の定であった。
業界大手のラストメモリア社の社印。
「それでその……。
難しいでしょうか?」
「正直、言って良いでしょうか?
お母さんにもう一度会いたいってことですが、不可能と言わざるをえない。
ここでなら、少しくらいは可能性があると思ったのかもしれませんが、故人へ会わせるのは……」
資料通りなら、彼女の母親は、大分前に輪廻の輪に迎えられているらしいのだ。
今際の際に、先立った親族が迎えに来る話は、良く言う人がいる。
どこぞの宗教の入れ知恵だが、死んだら死んだで、次の役割があるのにそんな暇ないだろうと文句を言いたい辰郎であった。
「やはり、個人へ会うのは難しいですか……。
「そうですね。
彼女は、既に新しい家族と暮らしている可能性が……」
そもそも、目の前の少女の記憶は残っていない。
完全に別人だから、会ったところで珠子さんは分からないだろう。
「新しい家族……。
そんな産まれた時から、ずっと一緒だったのに!」
「いやいや、大分前に死別してますよね?」
彼女の母親は、10年以上も前に旅立っているのだ。
ずっとでは、ないはずだ。
「死別!
いつですか!
あんなに元気だったのに……」
「恭子ちゃん?
いえ、あなたの母親は、ミイさんと……。
……ミイ?」
知らない名前が出てきたので、母親の名前を確認した辰郎。
そして、明らかに人名っぽくない名前に、首をかしげた。
「それは誰ですか?
私が言ってるのは、野々村恭子ちゃんですよ!」
「お客様、しばらくおまちくださいね?」
必死に資料を漁るが、目の前の野々村珠子の血縁に、恭子と言う名はなかった。
「いや、これ、ひょっとして……。
少しお訊きしたいのですが、珠子さんは人間ですか?」
「いえ、違いますよ?
珠子は猫です」
ガツンッ!!
最悪の回答に、頭を机に打ち付ける辰郎。
ラスメモ社へ、後で絶対クレーム入れてやると心に誓う。
「非常に言いにくいことなんで……。
いや、直接は会えないんですけど、夢で少し会うくらいなら何とか出来ます」
「それで! それで良いのでお願いします!」
うちは人間相手の仕事なので、猫は対象外ですとは、言えなかった。
ラスメモ社からのたらい回しを精査せずに、押し付けた受注係に、始末書を書かせれば良いかと思い直す。
「じゃあ、契約成立と言うことで、こちらに拇印お願いします。
……はい、結構です」
それじゃあ行きますかと、背広片手に立ち上がる辰郎。
物心付いた頃から、一緒にいた愛猫。
姉妹同然の珠子が、先日亡くなった。
老衰だった。
享年15歳、人で言えば70後半の大往生と言っても言いかもしれない。
「けど悲しいよ」
亡くなった日は、何も手に付かず、知らない間に終わっていた。
今日になって、空腹に気付いて……。
多分、母親が用意したと思われるおにぎりを食べて……。
やっと涙が出てきた。
泣いて泣いて泣いた。
多分、その声を聞いて、心配してくれたのだろうと思う。
久し振りに、珠子と遊ぶ夢を見た。
夢に出てきた珠子は、元気だった頃のように、恭子の顔に頬擦り。
甘えたいだけ甘えた後、あっさりと去っていった。
「ねえ、恭子ちゃん。
珠子は幸せだったよ?
だから、今度は恭子ちゃんが幸せになってよ?」
と、不思議な声音で優しい言葉だけを残して……。
「ありがとうございました!
これで心残りがなくなりました」
「それは良かった。
それじゃあ、行きましょうか?
……生命樹まで見送りしますよ」
真っ赤に目を腫らしながら、目深々と頭を下げる珠子へ、笑顔で応える辰郎。
下手に社内に残っていると、課長のカミナリが落ちるだろうから、とはおくびにも出さない。
「……珠子さん。
知ってます?」
「……」
元気のなくなった珠子。
もうすぐ、この人格も記憶もなくなるのだ。
恭子への想いも……。
意気消沈は当然か、と辰郎は返事も聞かずに話し出す。
「生き物はね?
死んだら、殆どのモノは地上に残してくる。
最後に残った未練も私達が回収する。
次の人生に重荷を背負わせる事がないようにね?
だけど、1つだけ。
どうしても持ち越すモノがあるんです。
縁ってヤツです。
お互いを思う気持ちが、生命樹の花を咲かせ、花に誘われて何処かで重なるんです」
死神である自分達にとっては、不本意な話ではあるのだが、彼女達にとっては救いだろう。
「そんなにお互いを思い合ってるんですから、多分あなた達は遠い何処かできっと巡り合うことになるでしょう」
「……ありがとうございます」
泣き笑いを浮かべる珠子。
その珠子の姿は、先ほど現世で見た恭子にそっくりなのだ。
彼女にとって、自分の姿は、恭子と同じと言うことだろう。
多分、いつかどこかでまた会うよ。
「……ありがとう」
言葉にしない辰郎へ、もう一度お礼を言う珠子。
「お礼を言われることじゃありませんよ。
仕事ですからね。
私が言う言葉は1つだけです。
いってらっしゃい、良き生を」
生命樹の表側、多くの死者達が穏やかな顔で、ウロへと歩いていく。
「……いってきます」
笑顔で手を振り、列の最後尾へ歩いていく珠子。
彼女の姿が見えなくなるまで、辰郎は見守り続ける。
他の死神達と一緒に……。
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