ログアウトできない村人Aだったけど、気づいたら世界最強のバグ職でした

@go_to1

第1話 ログインしたら村人Aでした

 視界が、白い靄に包まれていく。


 その瞬間までは、ただの放課後だった。

 コンビニで適当におにぎりを買って、宿題を投げ捨てて、最新VRMMO《アルカディア・オンライン》にログインしただけの、よくある日常。


「よし……今日こそは、ランキング上位に食い込むぞ」


 ヘッドセットをかぶり、リンクベッドに体を沈める。

 人工音声が淡々と告げる。


『ようこそ、《アルカディア・オンライン》へ。フルダイブを開始します』


 カウントダウンとともに、意識がふっと軽くなった。


 三、二、一──


 次の瞬間、俺は草の匂いで目を覚ました。


 鼻をくすぐる青臭さ、頬に触れる土のひんやりした感触。

 視界いっぱいに、広がる青空と白い雲。風が、髪を揺らしていく。


「……え?」


 俺は上半身を起こした。


 そこは、いつもの自室でもログインロビーでもなかった。

 見渡す限りの草原。遠くに小さな村のようなものが見える。古びた木柵と、煙を上げる煙突の群れ。


 グラフィックは、リアルを通り越して“現実”だ。

 指先に意識を集中させれば、草の一本一本のざらつきが分かる。

 風が頬をなでる感触も、心地よすぎるくらいに生々しい。


「……さすがフルダイブ。体感すげえな」


 最初はそう思った。新作VRMMOだ、感覚のリアルさを売りにしていてもおかしくない。

 けれど、すぐにおかしな点に気づく。


「メニューオープン」


 右手を軽く振り上げる。

 システムメニューを呼び出す、標準ジェスチャー。


 ──何も起きない。


「……あれ? メニューオープン」


 もう一度。今度は音声も少し大きめに。

 それでも、視界にはただ揺れる草原があるだけだ。


「……ログアウト」


 念のため、直接コマンドも言ってみる。無反応。


 嫌な汗が、背中をつーっと伝った。


「ちょ、待て。さすがにそれは、ないだろ」


 フルダイブ型VRMMOで、メニューもログアウトも効かない。

 それは、事故であり、炎上案件であり、ニュース沙汰だ。


 ……落ち着け。まずは確認だ。


 俺は自分の頬をつねった。


「……いっっっっっ……!」


 ガチで痛い。

 VR特有の“痛みの抑制”なんて、一切感じない。容赦のない鈍い痛みが脳に直撃した。


「現実レベルで痛いじゃねえか……」


 額から一筋の冷や汗が落ちる。

 もしかしてこれ、本当に異世界転移とか……?


 そんなベタな妄想をしていると、背後から声がした。


「おーい、そこの兄ちゃん!」


 振り向くと、腰の曲がったおじいさんが、木のバケツを担いでこちらに歩いてくる。

 服装はどこか中世風。粗末なシャツにベスト、土で汚れたズボン。RPGでよく見る、村人のテンプレみたいな格好だ。


「こんなところで寝てたら、風邪ひいちまうぞい。具合でも悪いのか?」


「あ、いえ……その、ちょっと転んだだけで」


 思わず、そう答えてしまう。

 言葉は日本語だが、おじいさんが喋るのも俺が喋るのも自然すぎて、違和感がない。


「ならよかったわい。ほれ、立てるか?」


「はい。ありがとうございます」


 おじいさんは俺の腕を掴んで、ぐいっと引き起こしてくれた。

 その手の温かさも、しっかりとした握力も、どう考えてもゲームのNPCの域を超えている。


(……いや、それを言ったら世界全部そうなんだけどさ)


 心の中でツッコみながら、俺は周囲を見渡す。

 さっき見えた村が、少し近くなっている。木柵の向こうには、何人かの人影が忙しそうに行き来しているのが見えた。


「ここは……?」


「おや、記憶でも飛ばしたかい? ここは《リーベル村》じゃ。迷子さんなら、村長さんとこに顔を出してきなさい」


 リーベル村。

 聞き覚えのある名前だ。俺は思わず呟いた。


「……初期スタート地点の村、か?」


「なんじゃ?」


「あ、いえ。なんでもないです」


 《アルカディア・オンライン》の公式サイトで見た、初心者向けエリアの地図。

 そこに載っていた最初の村の名前が、たしか《リーベル村》だった。


(やっぱりここ、アルカディア・オンラインの世界“そのもの”ってことか?)


 ゲームなのか、異世界なのか。

 そこはまだ判断できない。ただ一つだけ確かなのは──


「……俺のステータス、どうなってるんだ?」


 VRMMOだろうが異世界だろうが、まずは自分のスペック確認が基本だ。

 おじいさんに軽く礼を言って別れ、俺は人気の少ない道端に移動する。


 深呼吸を一つ。


「ステータス、オープン」


 ──カシャン。


 耳に、金属音のような効果音が響いた。

 同時に、視界の右上に半透明のウィンドウがひらりと現れる。


 俺は、そこに表示された文字列に目を通し──固まった。


 **********


【プレイヤー名】 ユウト

【種族】 人間

【レベル】 1

【職業】 村人A(運営非公開/バグ職)

【HP】 10/10

【MP】  5/ 5

【STR】 3

【VIT】 3

【AGI】 3

【INT】 3

【LUK】 3


【スキル】

 ???(ロック中)

 ???(ロック中)


**********


「…………は?」


 村人A。

 それだけでもだいぶショックなのに、その隣に書かれた謎の注釈が、さらに追い打ちをかけてくる。


 ──運営非公開/バグ職。


「ちょっと待て。俺、そんなレア職選んだ覚え、一ミリもないぞ」


 そもそも職業選択画面なんて見てない。

 ログインしたらいきなり草原で寝てて、気づいたらおじいさんに起こされていたのだ。


(バグ職ってなんだよ……名前からして不具合の塊じゃねえか)


 冗談だと思いたいが、ステータス画面はやけに真面目にそれを告げている。

 ステータス値は、見事なまでに平均的。低くも高くもない、モブ中のモブといった感じだ。


「スキルも全部ロックって……これ、ゲームとして成立してるのか?」


 思わずぼやきながら、ふと地面に目をやる。

 足元には、小さな緑色の葉っぱ──いかにも初心者が採取しそうな《薬草》が生えていた。


「とりあえず、何かやってみるか」


 俺はしゃがみ込み、その薬草を一本、根元から丁寧に摘み取る。


「アイテムゲット、と」


 いつものゲーム感覚でつぶやいた瞬間、俺の手の中の薬草が淡く光った。


「えっ──」


 次の瞬間、しなびた草は別物に変わっていた。

 色はより鮮やかに、葉は肉厚に。そこからふわりと、ほのかな甘い香りが漂う。


「……なにこれ」


 慌ててインベントリを確認すると、新しく追加されたアイテム名が目に飛び込んできた。


 **********


【アイテム】 進化薬草(★1)

【効果】 使用者のHPを小回復する。通常の薬草より品質が高い。


 ※通常ドロップでは入手できません。


 **********


「進化、薬草……?」


 ただ摘んだだけの雑草が、レアっぽいアイテムに変化した。

 しかも注意書きに、さりげなく恐ろしいことが書いてある。


(通常ドロップでは入手できません、って……運営さん、これ絶対想定してないだろ)


 背筋にぞくりと、奇妙な感覚が走る。


 そのタイミングで、ステータスウィンドウの一部がチカチカと点滅した。


 **********


【職業:村人A(運営非公開/バグ職)】

 ▶ 詳細が更新されました。


 【職業特性】

 ・採取したアイテムは、一定確率で「進化」する

 ・詳細不明の隠し効果が存在します


 **********


「……いやいやいやいや」


 思わず、頭を抱えた。


 ログアウトできない。

 謎の“村人A”で、ステは平凡。

 だけど採取しただけでアイテムが勝手に進化する、バグ職じみた能力。


 これは本当にゲームなのか、それとも世界そのものが“仕様”なのか。


「……とりあえず、一つだけ分かったことがある」


 俺は、進化薬草を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。


「俺、どう見ても“ただのモブ”じゃ終わらなさそうだ」


 そう呟いたとき、村の方角から、鐘の音が鳴り響いた。


 始まりの合図のように。


 ログアウトできない村人Aは、こうして世界最強のバグ職としての一歩目を踏み出すことになった──などという自覚は、もちろんこの時点では一ミリもなかったのだけれど。

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