宇宙の守護神の艦

めいきゅー@MK

プロローグ 奇妙な夢

西暦二二二五年一月一七日、未明

カントー星系ヨコスカ星は、まだ深い冬の寒さに覆われていた。

そのヨコスカ星にある地球防衛軍官舎の一室で、寺島心准宙尉は静かに深い眠りの底にいた。奇妙な夢を見ながら。夢の中での彼は、地球本星、極東管区日本――名古屋の実家の居間でテレビを観ていた。画面には、なぜか見覚えがあるようで思い出せない一昔前のドラマの再放送が流れている。画面に映るのは、穏やかな夕暮れの河川敷。小学一年生ぐらいの双子のような小さな男女二人が、寄り添うように歩いていた。彼らの隣には、四十代ぐらいの男性。どこか不器用そうだが、優しさのにじむ笑顔。それはどこか“懐かしい父親像”そのものだった。二人の子どもは、その男性と、楽しそうに話している。


――家族ではないのに、家族のような三人。


そんな“あの頃の空気”を、寺島の胸の奥のどこかが確かに覚えていた。

夕陽に照らされた川風と笑い声が、懐かしい痛みのように心に触れる。


だが――その幸福な光景は、一瞬で断ち切られた。


空から落下してきた惑星破壊弾道ミサイルが、三人のすぐそばに閃光を落とす。

笑顔も河川敷の風も、何もかもが白い光に飲み込まれ、世界は轟音と崩壊だけになった。平和だった場所は、一瞬で死の世界へと変わった。

「守りたいものがあったはずなのに」

そんな声だけが、どこか遠くで響いた気がした。その直後、場面が切り替わる。

光の届かない、静寂の海底。巨大な鋼の亡骸が横たわっていた。

移動会議室とまで揶揄された、ろくに自衛用の武装すら持たない。ヤシマ級総合指揮艦一番艦ヤシマ。なぜ、こんな薄暗い海底の場所に。その艦橋に人影が三つ。

ひとりは、先ほどの男だった。歳を重ね、地球連邦防衛軍の艦長の制帽制服を着ている。その身体は水中の光をかすかに透過させていた。幽霊、と直感した。

他の二人は、あの子供たちが成長した姿だった。純白の士官服を纏い、同じく幻のように佇んでいる。

寺島は息を呑んだ。見間違えるはずがない。彼が実の姉のように慕う芦屋愛菜三等宙尉と、実の兄のように頼る鈴村福三等宙尉。三人の姿は淡く透け、まるで過去の影が寄り添っているようだった。「この先も、多くの仲間が命を懸けて散り……こんな墓場が、星の海に増えていくんだろうな」

艦長の諦念に満ちた声が、夢の中に響く。

「もう、ごめんだ」

鈴村は、絞り出すように言った。

「ううん」芦屋が、凛とした微笑みを浮かべる。「私たちは、その覚悟でここにいる。残される未来のために」

その瞳が、夢を見ている寺島を射抜いた。

──ハッと、意識が浮上し、寺島は夢から弾き出された。枕元のデジタル時計が「西暦二二二五年一月十七日 午前五時四十六分」を告げていた。時計の数字がやけに冷たく胸に刺さる。心臓が嫌な音を立てていた。紺色の連合艦隊の冬制服に袖を通す手が、少し震えているのに気づく。自分にとって芦屋愛菜は、姉のような人だった。どんなときも冷静で、迷えば正しい方向を指し示してくれる。鈴村福は兄のように頼れる存在だった。声をかけられるだけで、不思議と勇気が湧いてくる。二人がそばにいるから、自分もここまでやってこられた――そう言っても過言ではない。だからこそ、夢の中で彼らが幽霊になっていたのが怖かった。尊敬する先輩たちがいなくなる未来を、自分は想像したくない。

「……いや、違う。きっとこれは、覚悟を試されたんだ。」

小さくつぶやいた声は、まだ頼りなかった。廊下に出て、食堂へ向かう。足音がやけに響く。その胸の奥に、不安と共にひとつの決意が芽生えつつあることを、本人はまだ自覚していなかった。この夢が、八月十五日に至るすべての出来事を暗示していることも――。

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