ラスト・ダンス-わしジジイ、少女になって真の実力を開花させる-

東山ルイ

001 講義の裏側で

「本日は、ルキウス・メビウス上級大将が我が校に特別教授しに来てくださいました」


 1番広い講義用の部屋には、すでに整理券を手にした生徒たちが座ってルキウスが出てくるのを待っている。この日のためだけに現れたOBもいるほどだ。


(人殺しの話を聞きたいなど……、どうも最近の子たちは戦争を美化しているようだ)


 さりとて、ルキウスはあまり気乗りしていなかった。確かにルキウスは上級大将という地位にいて、第三次世界大戦での英雄のひとりだ。ワルシャワ条約機構、そしてソ連との戦争で大活躍を示した。しかし、裏を返せばルキウスはたくさんのヒトを殺してきた、ともいえる。


 講談会なんてガラではないから断り続けてきたが、最近どうにも戦争を美化する子どもが多いというので、少し警告を込めて講義するつもりだ。


 ルキウスが壇上に姿を現した途端、万雷の拍手が起こる。ルキウスはしばし黙り、その拍手が消えるのを待つ。


 音がまばらになってきた頃、ルキウスは聴取者に向けて、台本のひとつも持たずに語り始める。


「君たちは、なぜ平和から逃れようとするのだ?」


 明瞭でハキハキした言い草だった。

 ざわざわ、と講義室が不穏な雰囲気に包まれる。


「平和を保つ方法はただひとつ、戦争を起こさないことじゃ。しかし、どうも君たちはわしを英雄視しているし、あまつさえ戦場は自分たちがより強くなれるためのピクニックだと勘違いしておる。寝言を抜かすな。これだけの知恵が、これだけの叡智があるのに、君たちには直接関係ない利益のために死ぬなど、わしには到底理解できぬ」


 静まり返る講義室。てっきり勇ましいことを言うと思い込んでいた生徒たちは、そのルキウスの態度に怪訝そうな面持ちになる。


「とはいえ、戦争を決して起こさないなど不可能じゃ。そこに愚かな人間がいる以上、それは致し方ない。だからこそ、せめて君たちだけでも考えてほしい。平和の重たさ、そして戦争の軽さを」


 *


 1時間水も飲まずに講義したルキウスは、ところどころで泣いている生徒を見かけ、もう時間だと締めの言葉を言った。


「あの忌々しい戦争から45年。当時30歳の少佐だったわしも、今や75歳のジジイじゃ。もうあと何年生きられるかも分からん。だが、これだけは覚えておいてくれ。過去を忘れた者は、必ず同じ過ちを繰り返す。それは君たちの人生においても、役に立つことであるはずだ」


 老将軍は手を後ろに組んだまま、壇上から去っていった。まばらな拍手が響く中、


「ねー、メビウス上級大将ってアリスのおじいちゃんなんでしょ?」

「うん。そうだけど」

「めちゃ渋いイケオジだね」

「……おじいちゃんの話聴いてた? 感想がおかしくない?」

「もしあんなイケオジが美少女になったら、どんな反応するんだろうね」

 アリスの顔が引きつる。「あ、アンタ、どこであたしの実験を」

「放課後実験室で謎のくすり制作していることくらい、私にはお見通しだよ」アリスの親友アニムス・ステファーニアは嫌味な笑みを浮かべる。「そしてカマもかけた。アリスにとっての唯一の肉親、ルキウス・メビウスさんを若返らせる研究をしていそうだとは思ってたけど……、まさか副作用がTSとはね」

「いや、バフも与えられる」

「どういう意味?」

 瓶底メガネで金髪もじゃもじゃヘアのアリスは言う。「おじいちゃん、あぁ見えても少しボケ始めてる。こういう場だと堂々としているんだけど、家でテレビ見てるときとかはホントにボーッとしてる。おじいちゃんの大嫌いな、戦争を賛美するような番組にも反応を示さないし」

「ふーん。で、それとTSがどうつながるのさ」

「75歳の老人男性が、15歳くらいの少女になったら認知症がなくなるかもしれない。はたまた、細胞の寿命ですぐ老化しちゃうかもだけど」


 孫娘が奇妙な計画を立てているのを、ルキウスは知らない。

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