4-4

「た、ただいま……」


 言うまでもなく自宅の電気が点いている。ヤツがいるはずだ。


 恐る恐る、鍵を開けると靴を発見。そのまま廊下から部屋の扉を開ける。




「おかえり(ニッコリ)」


「ひえ!?」




 扉を開けると、ドアの真ん前に花火が立っていた。不自然な笑顔が怖すぎます。


「あはは……ただいま……」


「遅かったね?」


「ちょ、ちょっとカラオケに?」


「……個室かぁ」


 目にハイライトが入ってない。怖い、怖いです。


 居心地が悪いので、目線をキョロキョロと室内に向け――――




「うわぁぁぁああ!?」




 気付いてしまった。台所に大量のエリンギが切断された状態で積み上がっている。


 どうするんだよ、この量。だいぶ恐怖映像である。だけど、これを普通にやってしまう花火の精神性が一番怖かった。完全にサイコじゃん。


「浮気、嫌いって言ったよね?」


 よく見ると右手に包丁が握られていた。あははー、何を切るつもりなんだろうー? 


 それこそナニってか! はは!! いや、言ってる場合じゃないぞマジで!


「落ち着け! 変なことはしてないから!」


「……問題です。カラオケの個室で男女が二人。何が行われるでしょう?」


「カラオケだと思うぞ!?」


 一部は変なことをする人はいるかもしれないけどね。けど、お店に迷惑がかかる。


 こんなインモラルな俺ですら、その一線を超えたことはない。


「デュエットはしたの?」


「どういう質問だよ、それ……。それくらいはまぁな」


 瑠愛はほぼ洋楽を歌っていたので、高頻度では発生しなかったけどな。


 たまに分かるやつをチョロっと歌うくらいだ。


「許せない。あーしというものがありながら」


「束縛強いな、おい!」


 勝手にスマホのトーク画面とか見るタイプじゃん。


「……冗談よ」


「なら、せめて笑ってくれよ!」


 目に光が宿ってない。そして、包丁を下ろしてほしい。


「何もなかったんだよね……?」


「まぁ、そう言われると色々とあったんだが……待て、そういう意味じゃない!」


 花火が包丁を構えようとしたので必死に弁明する。


 変なことはしてないが、変な展開にはなったことを伝えたかったのだ。


「どういうこと?」


「花火、ヴァンパイアハンターって知ってるか?」




 二人で晩飯を食べながら、事のあらましについて話をした。


 献立はもちろんエリンギのソテー(大量)です。


「なんかすごい状況になってきたわね」


「なぁ? ワンチャン、バトル展開あるぞ」


 吸血鬼VSヴァンパイアハンター。


 熱い展開ではある。自分が当事者でなければの話だけども。


「あーし、バトルとか無理だからね!? 〈魅了〉以外にめぼしい能力ないし、しかも向こうはそれを上書きとか出来ちゃうわけでしょ?」


 そうでなくても、ポンコツ運動音痴の花火が敵うとは思えない。


「だな、戦いは避けないと。向こうはどうも巨大な『組織』らしいから」


「もう訳が分かんない。あーしは後天的に吸血鬼になっただけで、それまではずっと一般人だったからね。英吉と同じで、そんな団体があることすら知らなかったよ」


 花火は吸血鬼であっても吸血鬼サイドの人間ではない。


 せめて事情に詳しい吸血鬼の知り合いでもいればよかったのだが、そういった当てもなさそうである。


「こっちが圧倒的に不利。花火が吸血鬼だとバレたらジ・エンドだな……」


「二人で駆け落ちでもする?」


「なんでちょっと嬉しそうに言うんだよ」


 駆け落ちは嫌々するもんだろ。別に結婚を反対されている訳じゃあるまいし。もっと言えば、そもそも俺と花火は付き合ってないからな(n度目)。


「えーなんか知らない土地で、二人手を取り合って生きて行くとかエモくない?」


 乙女チックでお花畑な花火だった。今はそんなことを言っている場合じゃないだろう。


 ……俺も若干いいなとは思ったけどもさ。


「一旦それは置いといて、花火だけ逃げるってのはありかもしれないぞ?」


「え、嫌だ。遠距離になったら、英吉とか絶対に浮気するし」


「言ってる場合か!」


 てか、花火の中で既に付き合っていることになっているのが一番怖い。


「それに、さ。一人にはしないって、言ってくれたよね……?」


「……そうだな」


 あの日の夜。俺は確かにそう誓った。その言葉に嘘偽りはない。


 花火をもう一人にはしないって。今みたいに不安そうな花火を見たくないんだ。


「だ・か・ら! 愛しの花火ちゃんのために、英吉がなんとかして?」


「なんとかって言われてもなー」


 俺にどうにか出来る問題ではなくなってきてるんだよな。


「ちなみに駆け落ち案もアリだからね!」


「いや、それはいい」


「ひど!?」


 それだと花火の望みを一つ叶えられなくなる。失ってしまった青い春を取り戻す。


 一緒に最高の高校生活を送りたい、そう言っていたじゃないか。


「ま、頑張ってみるかー」


 結局、その結論に落ち着く。やるしかない。複雑な世界設定が話をややこしくしているけど、これが人と人の問題であることに変わりはないからな。


 妥協点や利害の一致を見つけることができれば交渉は可能なはずだ。


「大丈夫だって! 相手は中学生のお子ちゃまなんでしょ?」


「でも、花火よりは全然手強そうだぞ」


「どういう意味よ、それ!」


 子供っぽい大人の花火。大人っぽい子供の瑠愛。


 二人はやはりどこか似ている。……たぶんそれは俺も一緒で。だから、ちゃんと話をすれば伝わることもあると思うんだ。


 やれるだけのことをやってみたいと思う。






「瑠愛。今日の放課後、ちょっと時間をくれないか?」


 翌日のSHR前。さっそく瑠愛にアタックをかけてみた。


 手をこまねいていても意味がない。ナンパと一緒で数が物を言うと俺は考える。


「その……衛藤さん。昨日の今日で困りますよ。衛藤さんと男女交際はできないってハッキリお断りしたじゃないですか」


「なっ!?」


 昨日とは打って変わって、かまとと・モードの瑠愛だった。百歩譲ってそこはいい。謂われない嫌疑を生み出そうとしていることが問題なのだ。


 まるで、俺が告白してフラれたみたいな言い方をしている。




「えとー、ざまぁー」


「そうよそうよ! 衛藤君は引っ込んでいて!」


「衛藤は調子乗りすぎな!」




 瑠愛の発言を受けてクラスメイト達はヒートアップしていた。


 花火の件、瑠愛の件、周囲からすれば俺がイイ思いをしているようにしか見えない。実際はそんなことないというのに。むしろ俺は被害者だ。


 まずったな、ヘイト管理が出来ていればこんな展開にはならなかったのだが。




「ゴゴゴゴゴゴゴ……」




 そして、誰よりも一番キレているのは花火だった。


 瑠愛の発言を真に受けているらしい。お前にはこいつの本性をちゃんと話しただろ!


 しかも何故か、カバンからエリンギを取り出している。


 いや、そのエリンギはどう使うつもりなんだ。横にいる風香が引いてるぞ。




「ははは、それもそうか。ごめんね」




 ここは一度、撤退する。


 虚偽の事実についても訂正はしない。クラスメイトは瑠愛の本性を知らない。俺が何を言っても信じてもらえないだろう。


 それだったら惨めな姿を晒して、周囲の溜飲を下げた方がいいだろう。


 ただ問題はエリンギ・モンスターをどう落ち着かせるかである。この流れで花火のもとに行くのは悪手でしかないので、トークアプリでメッセージを送っておく。


『(英吉)あれは瑠愛の嘘だ』


『(花火)言い訳は聞きたくない』


 ありゃりゃ、信用貯金はゼロだった。


『(英吉)どうしたら信じてくれる?』


 多少のワガママは受け入れよう。


 瑠愛との交渉前に、内憂外患の状態にはしたくない。


『(花火)今日、英吉の家に泊まりたい』


『(英吉)週末だし、別にいいけど』


 なんだそれくらいなら余裕だ。どんな無理難題が来るのかと覚悟していたが、ウチに


 泊めるのなんて今更どうってことはない。


 拒否したところで自由に出入りできる状況だし。いい加減に鍵を変えようかな。




『(花火)そういうつもりでいくからね?』




 そうは問屋が卸してくれないわけである。


 みなまで言わずとも『そういうつもり』とは、つまり『そういうこと』なんだろう。


 厳密にいえば未成年淫行だ。こっちは一六歳でむこうは二十歳だからな。それに俺のケジメもまだつけられていない。


 今の状態で花火と関係を持つのは、何もかもが中途半端ではある。


 だけど、いつまでもズルズルって訳にもいかないよな。


『(英吉)色々と準備しとけよ。俺もちゃんとするから』


 まずは今後の関係について話をして、あとは成り行きに――と言いたいけど、この感じだと最後までするんだろうな。


 であれば、男女ともにエチケット的な部分で用意が必要だ。


『(花火)!!!!!!!!!』


 大量のびっくりマークが送られてきた。


『(花火)英吉は何色が好き?』


 連続でメッセージが届く。流れ的に下着のことを言ってるんじゃないかなぁ。そりゃ俺にも好みはある。


 だから答えることは容易なのだが……。


『(英吉)楽しみにしておくわ』


 先に聞いてしまったら面白くない。


 こういう時に花火がどんな下着を選ぶのか、それを想像するだけで興奮できる。


 リトル・英吉も元気百倍だ!


『(花火)ここまで言って、やっぱ無しとか嫌だからね?』


『(英吉)大丈夫。俺なりに覚悟を決めたつもりだ』


 生半可な気持ちではないつもりだ。今の俺が異性と関係を持つことには、決して軽くはない意味が込められている。


 それでもこの選択に後悔はない。




「いやっほぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」


「へ?」




 花火が突然、奇声を上げた。教室中が注目している。


 あ、やっぱこいつ頭おかしいわ。


 ごめんなさい、もう一回考え直したいです。こんな◯◯◯◯女と、俺はそういう関係になるわけだろ? すげー嫌なんですけど。


 うん、前言撤回する。めちゃくちゃ後悔してるわ。


 それから花火は鼻歌混じりでずっとご機嫌な様子だったが、対する俺には恐怖とか絶望しかなかった。


 これがマリッジブル―ってやつなのか。いや、結婚はしないけどな?


 ……え、大丈夫だよね? いくらアイツでもそこまで要求はしてこないよね?

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