第4話# エピローグ 屋上の視線
第3話で社会的地位を揺るがし、ついに「現実的な脅威」である友人・由美が登場しました。
第4話では、編集部アドバイスにあった**「由美による追及」**と、それを阻止しようとする**「七海の暴走(友人への攻撃)」**を描きます。
七海の歪んだ愛が、自分を助けてくれようとしている親友に牙をむく、胸糞悪くも哀しい展開です。
---
# 第4話 友情は邪魔者
「……場所を変えましょう」
雄一郎さんは震える声でそう言い、由美ちゃんをオフィスの外、非常階段の踊り場へと連れ出した。
人目につく場所ではまずいと判断したのだろう。
でも、ここなら誰にも聞かれない。つまり、何を言われるか分からない。
私は二人の後をついていき、雄一郎さんの背中に張り付いたまま聞き耳を立てた。
「単刀直入に聞きます。七海はどこですか?」
由美ちゃんは雄一郎さんを壁際に追い詰め、鋭い視線で射抜いた。
彼女の手には、あのネクタイの箱が握りしめられている。
「し、知らないと言っただろう。週末に別れ話をして、それきりだ」
「嘘ですね」
由美ちゃんは即座に否定した。
「七海からLINEが来てたんです。『今から雄一郎さんとドライブに行く。サプライズがあるかも』って。それ以降、既読がつかない」
「だ、だから、そこで別れたんだ! 彼女は泣いて走り去って……」
「じゃあ、なんでこれがあなたの家のゴミ捨て場にあったんですか?」
由美ちゃんがネクタイの箱を突きつけた。
雄一郎さんの目が泳ぐ。
そうだ。彼は私を殺した後、私が渡したプレゼントを証拠隠滅のために自宅マンションのゴミ捨て場に捨てたのだ。
由美ちゃん、すごい。ゴミまで漁ったの? 私のために?
「興信所を使いました。あなたの自宅も特定済みです」
「なっ……!?」
「警察にも相談に行きます。このネクタイの箱、指紋が残ってるかもしれませんしね。七海のものと、あなたの指紋が」
由美ちゃんの声は怒りに震えていた。
「七海はバカで世間知らずだけど、私の大事な友達なんです。あの子に何かしてたら……絶対に許さない」
その言葉に、胸がズキリと痛んだ。
ありがとう、由美ちゃん。
あなたは本当にいい友達だわ。
私のために怒ってくれて、泣きそうになってくれて。
……でもね。
(ダメだよ、由美ちゃん)
私は雄一郎さんの肩越しに、親友の顔を見つめた。
冷たい感情が、黒い霧のように私の中から湧き上がってくる。
(雄一郎さんをいじめないで。彼は悪くないの。悪いのは、しつこく問い詰めるあなたよ)
雄一郎さんが追い詰められて、可哀想。
汗びっしょりで、顔面蒼白で。
警察なんて呼ばれたら、雄一郎さんが捕まっちゃう。
そしたら、私は誰に取り憑けばいいの?
私の「幸せなお家」がなくなっちゃうじゃない。
「……帰りなさい、由美ちゃん」
私は由美ちゃんの耳元で囁いた。
もちろん、生きた人間には聞こえない。
でも、私の「意思」は物理的な力となって現れ始めていた。
ゴウッ……。
非常階段に、突如として冷たい突風が吹き荒れた。
由美ちゃんの長い髪が逆立ち、スカートがバタバタと音を立てる。
「きゃっ!? なに、急に……」
由美ちゃんが顔を背けた隙に、私は彼女の足元に手を伸ばした。
実体のない私の手が、彼女のヒールを掴む。
(邪魔しないで。二度と来ないで)
グイッ。
「えっ――」
由美ちゃんの身体がバランスを崩した。
踊り場の手すりが低い。
彼女の背中が、宙空へと投げ出されそうになる。
「うわぁっ!?」
「おいっ!?」
雄一郎さんが咄嗟(とっさ)に手を伸ばした。
彼は由美ちゃんを助けようとしたわけじゃない。目の前で転落事故が起きたら、自分が疑われると思っただけだ。
でも、その手は間に合わなかった。
由美ちゃんが階段を転げ落ちていく。
ガガン、ガンッ!
鈍い音がコンクリートの壁に反響する。
「あぐっ……!」
数段下で止まった由美ちゃんは、足首を押さえてうずくまった。
額から血が流れている。
幸い、命に別状はなさそうだが、簡単には立ち上がれないだろう。
「……な、なんなのよ……誰かに、押されたような……」
由美ちゃんは恐怖に引きつった顔で、誰もいない私の方を見上げた。
雄一郎さんもまた、信じられないものを見る目で空間を凝視している。
「な、七海……なのか?」
雄一郎さんが震える声で呟いた。
彼は気づいたのだ。
私を殺した自分が助けようとして、私が守るべき親友を攻撃したという、歪な構図に。
(そうだよ、雄一郎さん)
私は雄一郎さんの頬にキスをした。
(私が守ってあげたの。これで警察には行けないでしょ?)
「ひぃぃぃ……ッ!!」
雄一郎さんは腰を抜かし、階段を這うようにして逃げ出した。
オフィスに戻ることもできず、非常口から外へと走り去っていく。
「待ちなさいよ! 永井!!」
由美ちゃんの叫び声が遠ざかっていく。
私は倒れている親友を見下ろし、小さく手を振った。
ごめんね、由美ちゃん。痛かった?
でも、私たちの愛を邪魔する人は、誰であろうと許さないから。
私はふわりと宙に浮き、逃げ惑う愛しい人の背中を追いかけた。
***
その日の夕方。
精神的に限界を迎えた雄一郎さんは、早退して自宅へと戻っていた。
会社での奇行、由美ちゃんの襲来、そして「見えない力」による攻撃。
彼の理性はすでに崩壊寸前だった。
「ただいま……」
蚊の鳴くような声で帰宅する。
リビングのソファには、妻の佐和子さんが座って紅茶を飲んでいた。
彼女はボロボロになって帰ってきた夫を見ても、眉一つ動かさなかった。
「おかえりなさい。……早かったわね」
「あ、ああ……ちょっと体調が悪くて」
雄一郎さんはよろめきながらソファに倒れ込んだ。
その時、佐和子さんがカップを置き、静かに口を開いた。
「ねえ、あなた。お客様がいらしてるわよ」
「……え?」
雄一郎さんが顔を上げる。
ダイニングテーブルの席に、**見知らぬ人物**が座っていた。
いや、見知らぬ人物ではない。
それは、デパートの制服を着たマネキンだった。
カツラを被り、首にはあの「私がプレゼントしたネクタイ」が巻かれている。
そして、その顔にはマジックで私の顔写真そっくりな笑顔が描かれていた。
「な……なん……だ、あれは……」
雄一郎さんの喉がヒューヒューと鳴る。
佐和子さんは優雅に微笑み、そのマネキンの肩に手を置いた。
「紹介するわ。**新しい家政婦のナナミさん**よ。今日から住み込みで働いてもらうことにしたの」
佐和子さんの瞳が、妖しく光った。
彼女の視線はマネキンではなく、雄一郎さんの背後――私の方を真っ直ぐに見据えていた。
「ねえ、本物の七海さん。この『依り代(よりしろ)』、気に入ってくださるかしら?」
私はマネキンを見つめた。
悪趣味。不気味。
でも……なんだか、すごくしっくりくる。
あそこに入れば、雄一郎さんともっと触れ合えるかもしれない。
(うん、気に入ったわ。お姉様)
私は雄一郎さんの背中から離れ、ゆっくりとマネキンへと近づいていった。
「やめろ……やめてくれぇぇぇ!!」
雄一郎さんの絶叫が、夕暮れのリビングに虚しく響き渡った。
(第4話 完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます