本物の怪物
体力を失いすぎないように気をつけながら山を駆け上がる。父と母が死んで、苦労は多かった。寝ても覚めても鍛錬、修行、体を鍛えた。
(ようやくここまで来た)
必ず使命を果たす。そう村の長や大人たちに約束してきた。駆け上がっていると上のほうがぼんやりと明るく見える。
(山の中に篝火?)
細心の注意を払いながら、それでも足を止めることなく走り続ける。身を隠して様子を探った方が良いのだろうが一気にそのまま飛び出した。
円を描くように配置された篝の中心にいたのは、一人の男だった。嶺と同じくらいの年だろう。着ている物はボロボロで長い髪によって表情は見えない。篝火は青い、普通の炎ではない。
(あれが結界か)
篝火で囲まれた場所は決して大きくはない。道場と同じくらいの広さだろう。戦うには十分だがやるのは試合ではない、殺し合いだ。
相手はわずかに顔をあげるとどこからか巨大な刀を取り出す。とても人間が扱える大きさではない。それを片手で軽々と持ち上げた。大きすぎる刀をまるで小太刀のようにくるくると回して見せる。長い髪の隙間から、鋭い目が見えた。
一瞬静まり、ゆるりと風が吹いてそれがおさまった瞬間。二人は同時に動いた。
相手の一振りで木が二、三本切り飛ばされた。あんな大きなもの相手に鍔迫り合いなどするつもりはない。
相手が人間では無いのなら人間相手の戦い方などやっても無駄だ。その思いから表向きは剣術の師匠の教えを忠実に学んでいたが、自分なりの戦い方も探し続けてきた。それでも想像以上に相手は強い、と言わざるを得ない。こちらの攻撃は全て先読みされているようだ。
それに大きすぎる刀は普通の刀のように扱えないはずだと思っていた。大きすぎて槍を振り回すのと同じように大雑把な動きしかできない。だが常軌を逸した速さだ、切り返しの速度に嶺が押されている状況だった。
(間合いが遠すぎる。懐に入り込まなければ一太刀も入らないが。間合いが詰められん!)
圧倒的に強い。振り回しているだけのように見えて、これは明らかに「剣術」だ。通常ではできるはずもない、巨大な刀でごく普通に剣技を繰り出してくる。受け流す事さえ命取りだ、刀を吹き飛ばされてしまう。だが、どうしても。絶対に成し遂げなければいけないことがある。次の瞬間、嶺は踵を返して明後日の方向へと走り出す。
「!」
ちらりと見えた、篝火に照らされるその顔は確かに驚愕に満ちていた。嶺が逃げ出すのは予想外だったようだ。
ただ闇雲に夜の山を駆けるなど死に急ぐのはわかっている。勢いよく走り、木を蹴って急な方向転換をして。くねくねとあらゆる方向に逃げる。
すると右耳を何かがかすめた。わずかに痛みをともなったそれは、後ろから石を投げられたらしいとわかる。相手も必死なのだ、どんな手を使ってでも嶺を殺そうとしている。
(必死、か。化け物が? 人間を殺すために?)
馬鹿な。口元に小さく笑みを浮かべ、急に立ち止まった。そして相手が攻撃してくる前に問いかける。
「お前は誰だ」
相手はぴたりと動きを止めた。そこは先ほどの篝火の結界の外だ、嶺を追いかけてあっさりと出てきた。結界の外に出たのだ、「彼」は。
「俺は幼いころから山に潜む化け物を殺せと教えられてきたが。村の連中が隠し事をしていることくらい、
利用しようとしている。それは両親が死んだ時、数々の大人たちが仇を取れと。目をギラつかせて高圧的な態度で、化け物を殺せと言う様を見て確信した。嘘だ、と。その時から絶対に聞かなかったことがある。
一体、誰が結界をはっているのか?
「村の子供を強者に育て、年に一度結界が弱まる時総出で化け物と戦う。それらしい理屈だ。何故!」
声を張り上げた。やり場のない怒りが溢れる。誰にも言えなかったもどかしさだ。
「何故倒そうとしない」
何故必死に守るのだ、結界を。不死だ、倒そうとするなと言い張るばかり。それなのに結界の修行は何一つしない、選ばれた者だけが行うと言って。だが、誰が術者なのかは教えてもらえない。おかしいと子供でもわかる。
しかもこの配置で勝てるはずもない。何故少ない人数から始める? 上から下に一直線に化け物が駆け下ったら、最少人数で迎え撃たなければならなくなる。合理的に見えて、もっとも犠牲者を出す戦術だ。
倒して欲しくないのだ、と気づくのは早かった。
「何を隠されているのかは知らん。が、ここに来てだいたい想像がついた。あの炎は確かに結界なのだろう、化け物もいるのだな。ただし」
刀を男に向けた。
「それはお前ではない」
そう。目の前にいるのは人間だ。きっと己と同じ村の出身者。何故なら剣技が師匠と同じだ。男は深いため息をつくと、刀を右肩に担ぐ。
「……しかと見ておけ。これが」
周囲に、何十もの青い炎が出現した。辺りが一気に明るくなる。
「貴様らが化け物と呼んでいる存在だ」
照らされたのは巨大な蛇だった。
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