冬至夜を越えて
aqri
戦いの日が来た
自分の手や足がまるで凍ってしまったかのように冷たい、を通り越してもはや痛い。はぁーっと息を吹きかけて手を擦ってみるものの、全く暖かくならない。
冬となり、山は見事な殺風景となっている。木はすべての葉を落としてじっと寒さに耐えている。草も全て枯れて、まるで命の気配が感じられない。
寒すぎて鳥も虫も動物の一匹もいない。命の気配がしないのも物悲しいが、何よりも暖かさが恋しい。
「霜柱」
今日はずいぶんと高く生えている。霜柱が大きければ大きいほど寒い気がした。自嘲気味に空を見上げる。冬至の今日は最も日が短い。そして今日を境に明日からどんどん日が長くなっていく。まだ夜明け前だが、夏ならとっくに辺りが明るくなっている頃だ。
「さて、いよいよ今日か。待ちわびた」
一段と身を切る寒さ。眺めの良い場所まで来て山の下を見れば、村からはいくつも煙のようなものが立ち上がっている。それぞれの家が朝餉の支度を始めたのだ。囲炉裏や竈門に火をおこして、食事の支度をしつつもきっと手を温めているに違いない。
「早く……」
今日は特別な日を迎える。まるで刀を首に突きつけられたかのような緊張感が漂う。冬の寒さなど気にならないほどに、全員がピリピリしていた。
「今日、か」
一人で暮らしているのが長いと、独り言が声に出てしまう。返事がくるわけではない、がらんとした家の中。
外に出て山を見上げる。普段入ることが許されていない、とても神聖で最も邪悪な場所。今日は一年ぶりに皆が山に入る日。入らなければいけない日だ。
「俺が殺しに行くから、待ってろ」
憎しみも悲しさも嘆きもない。やらなければいけないからやるだけだ。誰のため、少なくとも村人のためではない。強いて言うなら己のためだ。
吐き出した言葉が、白い息となってあたりに散っていく。冬の日の出はとても遅い。ようやくうっすら明るくなり始めたが、太陽を拝むことなく嶺は家の中に入った。
結界がはられた山。嶺たちはその山の結界を守るためにそこに住んでいる。神聖なもの……ではない。逆だ、邪悪なものを封じている。
いつの頃からか、神なのか化け物なのかわからないものがそこに住みついた。人間を食べ、田畑を荒らし日照りや大洪水を起こして人々を苦しめたと言う。もう百年以上も前の話だと聞いた。
先祖たちは山に封印することに成功した。だが年に一度だけ結界が弱まる日がある。その日は村人全員で戦い、結界からソレを出さないようにする。
「なんで年に一度戦うの?」
幼いころの嶺はそう大人たちに問いかけた。
「冬至の日は夜が長い、陰が強くなる。相手の力が最も強くなる時だ」
その時を狙ってあれは外に脱出しようとする。だから村の者は命がけでそれを阻止しなければいけない。
「よいな。夜中から夜明けまでが死闘となる。鍛錬を怠るでないぞ」
その時はまだ鍛錬も始めておらず、わずか五つだった嶺は何も参加しなかった。ただ家から出るなときつく命令されていたのだ。
山からは様々な音が聞こえた。木の割れるような音や、誰かの叫び声。絶対に逃すなと言う怒号。
もしかしたら自分たちは無事夜明けを迎えられないのではないか。そう思って耳を塞いで震えて過ごした。その翌朝は父が。翌年は母が命を落とした。
そうやって毎年毎年、年に一度。犠牲を出しつつ結界を守り続けている。嶺はまだ幼い、という理由で参加はさせてもらえなかったが十五となった今年。ついに戦いの呼び出しがかかった。十年間ずっと鍛錬を積んできた、この日の為に。
「お前の父も母もアレに殺された。お前は両親の弔いの為にも必ず使命を全うするのだ」
「はい」
女も老人も関係ない。戦えるものは鍛錬を積んで戦い続ける。両親をなくした嶺はずっと一人で生きてきた。その強さは周囲が舌を巻くほどだった。
「良いか、あれは人間に化ける。村人以外のものは必ず殺せ」
おぉ! と全員が雄叫びを上げるとそれぞれが自分の配置へと走る。この山は大きい。まず山の麓に十人、中腹に十人という感じで、下から上に向かって円を描くように人を配置していく。山の頂点にいるソレは下に降りてくるはずなので、上の者が死んだら下にいる者が迎え撃つということだ。
嶺は頂点を任された。頂点はたった一人、嶺が失敗しても下に行くほどどんどん人数が増える。まさに命を捨てた戦いだ。
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