後編 雲の中の雷光

「よし、次はアレに乗ってもらうぞ」

 部長が言った。


「乗れるの?」


「俺たちの能力と身体は、ヒトリボッチに介入することが可能だ。だから、自分自身を武器にして戦え」


「私の力が通じなかったら?」


「それでも倒すしかない。心配すんな、俺たちは一人ぼっちでは戦わない」

 言うと、部長は30センチほどの小刀を渡してくる。


 さやから抜くと、全長の半分ほどが紅い刀身だった。血液を鉄に変える能力者がいるらしく、その仲間の血から作られたナイフらしい。

 通常の物質が効かないのは解るが、これでどうしろと……?


「行くぞ! ──天手力男命アマノタヂカラヲノミコト御力おちからの前に、しずまれよ!」


 部長が手を広げると同時に、私の体の各所に不可視の力が加わり、全身を宙に持ち上げた。

 何もないはずの空間にエネルギーを発生させているのなら、これは一般的に念動力とか呼ばれている力なのだろう。


 驚愕している内に、私と部長は空を泳ぐマンタ(大きさは鯨以上だが)の上に到着した。


「ひぃいいいッッ!!!」

 恐怖のあまり、マンタの背に小刀を突き立ててそれにしがみ付くのがやっとだった。


「──これからどうすんの!?」


「とにかくダメージを与えろ! こいつに乗っていれば能力も本格的に発現するはずだ!!」

 そう指示すると、部長はマンタの周囲を飛び回りながら攻撃を始めた。

 しかし、彼の攻撃は巨体に小さな傷を穿うがつだけで、致命的な損傷を与えるきざしが見えない。それどころか、攻撃を加えられるほどマンタはもがくように体を揺らした。


 このままでは攻撃どころか、振り落とされないようにん張ることも難しい。

「落ちるって!! 誰か助けてぇぇ!」


 そう叫んだ時、脳裏に妹の顔が浮かんだ。

 情けないなぁ。まだ幼い妹を助けるために、私は危険を承知でここまで来たっていうのに。


 ──お姉ちゃんが泣き言を言っている場合じゃない!

 飛び立つ前に人事係が説明してくれた話によると、東京都の各所には「巨人の足跡」と呼ばれる、ヒトリボッチが好んで通過または集合する場所がいくつかあるらしい。他の仲間たちはそれら迎撃げいげき地点で待機しているため、今ここにいる戦力は私たちだけ。

 助けてくれる「誰か」などいないのだ。


 何とか目を開くと、視界が灰色だった。マンタが上昇して雲の中に入ったようだ。地上が見えなくなった分、わずかに恐怖がやわらぐ。


「わッ!」

 突然、マンタと私の身体の間に大きな静電気が一瞬、走った。


「帯電してる……? そうかっ!」

 先ほどからマンタを苦しめていたのは、部長の物理攻撃だけではない。

 私の出す電気が能力によるものなら、それは彼の能力同様、ヒトリボッチに対して有効なのだ。


【──有坂、聞こえるか!?】

 そんな時、頭の中にヒトリボッチのものとは違う「声」が響いた。部長の名を呼んでいるので、これは別の能力で届けられた仲間の声なのだろう。


【高等部の校舎付近に着いたぞ! どこにいる!?】


 なるほど、部の仲間が急遽応援に駆けつけてくれたようだが、雲の中を移動する私たちを見つけられないのだ。

 部長も、私を残してヒトリボッチから離れられないだろう。


 ──ならば、他の手段で見つけさせるまでだ!


「出ろ、出ろっ! 出ろぉぉお!!」

 マンタの背に差し込んだ小刀を握りしめ、意識の全てを集中させて叫んだ。


「こんのおおオオオオオオオオッ!!!!」


 瞬間、火薬が弾けるような音と共に閃光が発生。

 周囲の空間が放電によってきらめいた。


 すると三秒後、透明な巨体の腹へ下方から幾本もの紅い槍が打ち込まれた。マンタが失速し、声を上げながら徐々に高度が落ちていく。


「ようやく見つけたぜ! よくやった新入り!」


 雲から出ると、周囲には二十人ほどの人間が浮遊していた。新しい私の仲間たちだった。

 一人が祈るように言う。


あらぶるかみよ。この地にしずまり、ながく国に加護かごあたたまえ」


 それからの十五分間で、巨人の肉片は撃墜され、武蔵野の大地へとかえっていった。


 これから長く続く、私の戦いの始まりだった。







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ヒトリボッチの歌─首都防衛 裏公務記録─ 清水 涙 @rui-shimizu

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