Ep.002:棺の少女
走る、とにかく走る。
足を止めたら死ぬ。
どこへ逃げていいかもわからず、ただ自然と足が向く方へと走り続ける。
そんな思いで駆けていると、森の中に石で出来た遺跡のような建物があったから咄嗟にそこへ逃げ込んだ。
何かに導かれる様に入ったそこ。
蔦植物に覆われた外観と風化具合からして相当な年季が入った遺跡だろう。とにかく身を隠す為に奥へと進む。
かなり走ったはずなのに何故か息切れをしていない。
身体が軽い気もする。
それに……
「よい、しょっと」
大きな岩をどかす力だって。
なんだか身体能力が上がっているらしい。
これならあるいはあいつらから逃げ仰る事が出来るかもしれない。
『ん、んぅぅ……』
遺跡の奥から女の子の様な声が聞こえてきた。
まずい。巻き込んでしまう。早く伝えないと。
奥の方へと急ぐ。
すると吹き抜けになった広い空間に出た。
その一番奥には長方形の赤い箱。
それは宝箱というよりは棺桶と呼べる様な大きさと形だ。
しかし先ほどの声の主の姿はどこにもない。
「居たぞ、こっちだ!」
「封印の間だと? また面倒な!」
「手間が省けていい。追い詰めるぞ」
連中の声だ。もうここに来たのか……!
「おい貴様、もう逃げ場はないぞ。大人しく縛につけ」
「どうせ殺すんだろ?」
「その前に情報を吐いてもらわなければならんのでな。安心しろ楽に殺してやる」
何も安心できやしない。
どうにかしてここから逃げださなければ……。
「隊長、あれが例の」
「ああ。命令にあった回収対象の兵器だ」
兵士たちの視線の先、俺のすぐ傍にある赤い棺。
ここに武器があるっていうのか。
だったら俺が——!
ぎぃぃぃぃ……
棺を開けようとした時、それは自分から口を開いた。
兵士たちも状況を飲み込めていないらしく、臨戦態勢で少し退がり様子を窺っている。
そして開かれた棺の中から出て来たのは——
「ん。ふぁぁぁ……っ。よく寝たぁー」
背伸びをする、長い赤い髪を揺らして背伸びをする少女の姿。
「お、おんなのこ?」
“兵器”があると聞いたのに出て来たのは普通の可愛い女の子でした。だなんて飲み込めるか。
兵士のやつらも目を剥いているじゃないか。
少女はひとしきり伸びをした後、目を擦ってパチクリと瞬かせた。そこで直ぐそばに居た俺の目と彼女の黄金の瞳がバチリと合う。
「——ぁ、お兄ちゃんだ」
「は、はい?」
「お兄ちゃん迎えに来てくれたの? うれしー」
そう言って俺の腰に抱き付く赤毛の少女。
おいやめろ、俺は女性の身体に耐性がないんだ。
「どうしますか隊長」
「どうするも命令通りだ。あの女を確保。男もだ」
「「了解」」
やっている間に、剣呑な雰囲気が兵士たちから漂って来た。
「男は死んで構わんが、女は殺すなよ。任務対象だ」
「やばっ、おい! 逃げるぞ!」
「ぇ、きゃっ?!」
少女の手を掴んで立たせて走る。
次の瞬間、先程まで俺たちの居た場所が爆発する。
「なっ?!」
前に出た二人の兵士。
一人の周りにはメラメラと陽炎を作る炎の球が二つういている。あの爆発はもしやあれが着弾したのか。
もう一人の兵士が無造作に剣を振ると、次の一歩を踏み出そうとした地面に斬撃痕が刻まれた。
斬撃を飛ばした——?!
「おい、なんだよその魔法みたいなやつ!」
「ふん、何を白々しい。
俺の言葉に、後ろで控えている隊長と呼ばれた兵士が憮然と答える。未だに俺をスパイと勘違いしているらしい隊長は出入り口の前に立っていて、脱出経路を潰している。
どこか、どこか抜け道はないのか。
探し回りながら、少女の手を引いて兵士たちの魔法——
飛び交う炎球と不可視の斬撃が行手を阻む様に撃ち込まれて来る。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「だから俺は兄じゃねぇって!」
「——戦わないの?」
当然のように少女は言った。
戦わないのかと。逃げてばかりなのかと。
戦えるものなら戦ってるさ。
もしも俺が強くて、武器を持ってるならな!
そう言おうとした時、少女はピタリと足を止めた。
そこへ炎球と斬撃が飛来する。
これは当たるな、そう思った瞬間俺は彼女を庇う様に抱き締めて、迫り来る死に背を向ける。
「……あれ、こない」
「大丈夫だよ。結界張ったから」
ムフーと笑う少女。辺りを見れば俺たちは薄い赤色の皮膜のドームに覆われていた。
「で、戦うんでしょ?」
「でも俺には力も武器もない。どうしろってんだ」
「武器も、力もあるよ。あとはお兄ちゃんの覚悟だけ。ほら私の名前を呼んで。もう、知ってるでしょ?」
名乗られた覚えはない。
しかし頭には一つ、これだと確信の持てる言葉が浮かんでいる。
それを呼べば戦えるというのか。
目の前の少女は満面の笑顔で俺を見上げている。
繋がれた手に込められた力は強く、温かい。
「……だったら、やってやろうじゃんか」
「やった! 久しぶりにお兄ちゃんとの共同作業!」
赤の皮膜、バリアーを砕こうと兵士たちは各々の
いつまでこのバリアーが保つかわからない以上、腹を括ってやるしかない。
「じゃあ、行くぞ——“
「はーい!」
するとバリアーが消えて、少女の身体が光り出してそのカタチを変えていく。
繋いだ右手に光が集束していく。
「やらせん!」
兵士たちの
炎球と斬撃、そして手元の光の爆発で辺りが煙に包まれる。
俺は手にしたそれを二度振ってその靄を切り晴らした。
「そ、それは……」
「女が
少女が光となって新たに形作った武器。
俺の右手には今、白銀の剣が握られていた。
「ええい、構わん! 男を殺せ!」
「「了解!」」
隊長の号令で俺に踊り掛かる二人の兵士。当然
——しかし。
「こんなもんかね——っと」
撃ち出された
そこに恐怖はなく、あるのは高揚感。
人を二人殺したというのに。
『ひゅー! お兄ちゃんやるぅ!』
「なんか知らんけど勝手に身体動くんだけど」
「ぬぅ! 致し方あるまい……」
一人残された隊長の纏う雰囲気が一気に変わった。
そして紡がれるのは真なる
「蜂起せよ我が心象! 世界の秩序はこの手の中に——!
大地へと刻む轍のその先に、己が未来を建てんとすれば
阻むもの全て全てを轢殺する戦車の如く!
隊長の身体に巨岩が纏わり、鎧と成す。
そして巌の身体を丸めたかと思えば急スピードで回転を始めた。
「おい、突っ込んでくるつもりかよ!」
『分かり易い
「でもなんか……」
『負ける気しない、でしょ?』
回転数を高めた巨岩は遂にその暴を解放した。
高速で室内を轍を刻みながら転がり走る。
直接狙ってこないのはおそらく助走。トップスピードに至った瞬間に来るはずだ。
——さぁ、どう倒してやろうか。
俺の頭の中は目の前の“敵”を倒すことで埋め尽くされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます