兄を殺した国で、私は嘘をつく

ラベンダー

第一章:偽りの自分

 私は今、兄を殺したであろう男の隣で働いている。

 偽名を使って。

 感情を殺して。


***


「君が新人のレイア君か」


 背後から声がした。

 振り返る。

 黒い瞳。鋭い眼差し。


「私はハル。このラボの責任者だ」


 心臓が止まりそうになった。

 十年前、兄が命を落とした「量子共鳴事故」。

 報告書に記された名前。


 目の前にいるのは——兄を殺した男だ。


「よろしく頼む」


 彼の声は、冷たくも熱くもなかった。

 ただ、何かが揺らめいている。


 爪が手のひらに食い込む。

 憎しみ。

 恐怖。

 そして——好奇心。


「では、実験室を案内しよう」


 私は無言で頷いた。

 感情値測定システムが、私の表情を監視している。


 この国では「感情」は罪だ。

 24%を超えれば、即座に拘束される。

 息を整える。

 脈拍を落ち着かせる。


 ハルの背中を見つめながら、私は心の中で誓う。

 真実を、必ず暴く。

 たとえこの命を賭けても——


***


 研究所の廊下に、兄の肖像はなかった。

 まるで最初から、いなかったかのように。

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