第5話:黒騎士の独白と甘美な呪縛
(ラインハルト視点)
「……痛い……熱い……」
幼い頃の私は、常にこの言葉を繰り返していた。 五歳の誕生日に、呪詛師によって刻まれた『腐食の呪い』。 それは私の皮膚を、肉を、そして魂を、ゆっくりと腐らせていく悪魔の呪縛だった。
皮膚が焼け
「可哀想に……」 「呪われた子だ……」
周囲の
生きることは、苦痛でしかなかった。 眠ることさえ許されない、終わりのない地獄。 それが、私の世界だった。
あの日も、そうだった。 呪いの進行が急激に進み、私は森の中で意識を失いかけていた。 視界が暗く染まり、焼けるような痛みが全身を駆け巡る。
(ああ……やっと、終わるのか)
死への恐怖よりも、解放される安堵の方が大きかった。 私は静かに目を閉じた。
森の中で、魔獣の咆哮が聞こえた気がした。
ああ、そうだ。熊か何かが私を喰らおうとしていたな。
……鬱陶しい。
私は腕を振り、その羽虫(Sランク魔獣)を弾き飛ばした。
そんな雑魚の脅威など、私の全身を蝕む「腐食の苦痛」に比べれば、蚊に刺されたほどにも感じない。
私の敵は魔獣ではない。己の肉体そのものだ。
その時だった。
ふわりと、甘くスパイシーな香りが漂ってきたのは。
「……え?」
その香りが鼻腔をくすぐった瞬間、奇跡が起きた。 焼けるような痛みが、スッと引いていく。 鼻をつく腐臭が消え、清浄な空気が肺を満たす。
私は目を開けた。 そこにいたのは、怯えた瞳をした少女だった。 泥と
「だ、大丈夫ですか……?」
震える声。 小動物のような仕草。 けれど、彼女から漂う香りは、私の呪いを完全に抑え込んでいた。
(ああ……見つけた)
私の世界に、色が戻った。 地獄を塗り替える、救済の光。 彼女こそが、私の『命』だ。
私は無意識に彼女の手を掴んでいた。 もう二度と、この手を離したくない。 この香りを、この温もりを、失いたくない。
「一生、私の傍にいてくれ」
私の言葉に、彼女は恐怖で顔を引きつらせた。 無理もない。 いきなりこんなことを言われれば、誰だって警戒するだろう。 だが、私は本気だった。 彼女がいなければ、私は生きていけないのだから。
公爵邸に到着した私は、すぐに部下たちを集めた。 騎士団長、メイド長、そして屋敷の全使用人たち。 彼らは私の急な帰還と、連れ帰った少女に驚きを隠せない様子だった。
私は氷のような視線で、彼らに命じた。
「彼女は客ではない。この屋敷の『主』だと思え」
「「「は、はいっ!?」」」
どよめきが走る。 だが、私は構わずに続けた。
「私の命令よりも、彼女の言葉を優先しろ。彼女が望むなら、この屋敷を爆破しても構わん」
「ば、爆破……ですか!?」
騎士団長が目を剥く。 私は真顔で頷いた。
「ああ。彼女の機嫌を損ねるような者がいれば、その者の家系ごと処分する。……分かったな?」
「「「ひぃっ……は、はいっ!!」」」
彼らは戦慄し、床に額を擦り付けた。
無理もない。かつて「スープが温い」という理由だけで料理長を解雇した私だ。彼らにとって、この命令は絶対の死刑宣告に等しい。
その後、私はティアに専用の工房を与えた。 彼女は目を輝かせて道具を触っている。 その横顔を見ているだけで、私の胸は満たされた。
(逃がさない。絶対に)
私は影から彼女を見つめながら、心に誓った。
彼女は「守られている」と思っているかもしれない。
だが違う。
守られているのは、私の方だ。
彼女がいなければ、私はただの「殺戮マシーン」に戻ってしまう。私の理性を繋ぎ止める鎖は、彼女の細い指だけなのだ。 彼女の望みなら、国の一つや二つ、滅ぼしてもいい。
「……君は私の全てだ」
重すぎる執着と愛を胸に、私は静かに微笑んだ。 これが、私の甘美な呪縛の始まりだった。
―――――――――――――――――――― ★★あとがき★★
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回はラインハルト視点でお送りしました。 冷血公爵と呼ばれた彼の過去、そしてティアへの執着の理由が明らかになりました。 「呪いによる地獄」から救い出してくれたティアは、彼にとってまさに「命」そのもの。 その愛が重すぎるのも、無理はないのかもしれません(限度はありますが)。
「ラインハルト様の過去、重いけど尊い!」「ティア愛されてる!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひ画面下の★評価や作品のフォローで応援していただけると嬉しいです。 皆様の応援が、執筆の最大の力になります!
それでは、また次のお話でお会いしましょう。
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