臆病な調香師は、震える手で物理無双する。~「使えない」と勇者パーティーから追放されたのに、うっかり最強スパイスでドラゴンを挽肉にして、冷血公爵様に溺愛されました~
第4話:拉致? いいえ、これは「保護」です
第4話:拉致? いいえ、これは「保護」です
「い、いやぁぁぁ! た、助けてぇぇぇ!!」
私の悲鳴も虚しく、騎士は私を小脇に抱えると、軽々と立ち上がった。 その足取りは、病み上がりとは思えないほど力強い。
こうして私は、ドラゴンを挽肉にした直後に、謎の黒騎士に拉致されるという、
森の出口には、黒塗りの
「閣下! ご無事で何よりです!」
「あぁ。心配をかけたな」
閣下? この騎士、ただの行き倒れじゃなかったの?
「さあ、乗るんだ」
騎士は私を馬車の中に押し込むと、自分も乗り込み、扉を閉めた。 動き出す馬車。 私はガタガタと震えながら、向かいに座る騎士を見上げた。
「あ、あの……もしかして、私、処刑されるんですか……?」
勝手に怪しい薬を使った罪で、公開処刑。 そんな恐ろしい想像が頭を駆け巡る。
「処刑? なぜ私が、命の恩人を処刑せねばならんのだ」
騎士は兜を脱ぎ、端正な顔立ちを露わにした。 銀色の髪に、氷のように冷たい青い瞳。 その美貌に、私は一瞬見惚れてしまった。
「私はラインハルト。隣国で公爵をしている」
「こ、公爵様……!?」
私は慌てて土下座の姿勢をとろうとしたが、狭い馬車の中では上手くいかず、頭をゴチンとぶつけた。
「ふっ、面白いな君は」
ラインハルト様は小さく笑うと、私の隣に座り直した。 そして――。
「……成分補給だ」
そう呟くと、私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「ひゃうっ!?」
「……ああ、いい香りだ。生きてる心地がする」
彼の吐息が首筋にかかり、背筋がゾクゾクする。 固まって動けない私を他所に、ラインハルト様は何度も深呼吸を繰り返した。
「君の香りは、私の呪いを抑え込んでくれる。……君がいなければ、私はまたあの地獄に戻ってしまうんだ」
その声は切実で、縋るような響きを含んでいた。 私は戸惑いながらも、少しだけ同情してしまった。 あんなに酷い呪いに
「……私で良ければ、お力になります」
「本当か? 嬉しいよ」
ラインハルト様は顔を上げ、私の瞳を覗き込んだ。 その瞳は熱っぽく、私を捕らえて離さない。
「一生、私の傍にいてくれ」
「い、一生……!?」
やっぱり奴隷契約だ! 私は再び恐怖に震え上がった。
◇◆◇
一方その頃、ダンジョンの奥深くでは、勇者パーティが野宿の準備をしていた。
「くそっ、今日は散々だったな」
勇者アレクは焚き火に当たりながら、不機嫌そうに呟いた。 Sランク魔獣に遭遇し、命からがら逃げ出したのだ。 回復アイテムは底をつき、全員が満身創痍だった。
「おい、回復はどうした! まだ傷が痛むんだよ!」
「回復魔法はもうMP切れですわ……ポーションもありません」
僧侶の少女が力なく答える。
「ちっ、使えねぇな」
アレクは舌打ちをして、寝袋に潜り込んだ。 しかし、なかなか寝付けない。
「……痛ぇ……くそ、なんで痛みが引かねぇんだ」
古傷が疼き、神経が休まらない。いつもなら、ティアが焚いてくれる『鎮痛のアロマ』のおかげで、泥のように眠れていたはずだった。
それに、臭い。テントの中には、洗いきれていない魔獣の血と脂の腐敗臭が充満している。
「あいつ……ただの荷物持ちじゃなくて、『空気清浄機』兼『精神安定剤』だったのか……?」
アレクはふと、追放した少女のことを思い出した。 臆病で、いつもオドオドしていたティア。 彼女がいた時は、こんな
「……ま、あんな無能、いなくても同じか」
アレクはそう自分に言い聞かせ、無理やり目を閉じた。 しかし、その夜、彼が安眠することはなかった。
数日後、馬車は公爵領に到着した。 窓の外には、美しい街並みと、小高い丘の上にそびえ立つ巨大な城が見えた。
「ここが、私の領地だ」
ラインハルト様は誇らしげに言った。 馬車は城門をくぐり、広大な敷地の中へと入っていく。 手入れの行き届いた庭園、豪華な噴水、そして立ち並ぶ数々の建物。 その規模の大きさに、私はただただ圧倒されるばかりだった。
「さあ、着いたぞ」
馬車が止まり、ラインハルト様が手を差し伸べてくれた。 私は恐る恐るその手を取り、馬車を降りた。
目の前には、白亜の豪邸がそびえ立っていた。 玄関には、数え切れないほどの使用人たちが整列し、私たちを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、閣下!」
「うむ」
ラインハルト様は
「彼女はティア。私の命の恩人であり、今日からこの屋敷の『真の主』となる方だ。……私の命令よりも、彼女の言葉を優先しろ」
「「「は、はいっ!?(あ、あの冷血公爵閣下が、女性を連れ帰るどころか、実権を譲った……!?)」」」
使用人たちが驚愕で目を見開き、戦慄している。
「あるじ……!?」
私は目を丸くした。
主って、どういうこと? まさか、公爵夫人ってこと? いやいや、そんなわけない。 きっと、奴隷のリーダー的な意味に違いない。
「ティア様、ようこそお越しくださいました」
執事らしき老紳士が、恭しく頭を下げた。 他の使用人たちも一斉に頭を下げる。
「ひぃっ! あ、あの、私なんかにそんな……!」
私はパニックになり、後ずさった。 しかし、ラインハルト様は私の肩を抱き寄せ、逃がさないようにした。
「遠慮することはない。君は私の全てを救ってくれたのだから」
そう言って、彼は私を屋敷の中へと案内した。
通されたのは、日当たりの良い広々とした部屋だった。 そこには、見たこともないような高級な家具や調度品が並べられていた。 さらに、隣の部屋には、最新の設備が整った調合室まで用意されていた。
「ここは……?」
「君専用の部屋と工房だ。気に入ってくれたかな?」
「こ、こんな立派な場所、私にはもったいないです!」
「何を言う。君にはこれでも足りないくらいだ」
ラインハルト様は真剣な表情で言った。
「ここでは何をしてもいい。好きなように過ごしてくれ」
「な、何をしても……?」
「ああ。たとえ実験でこの屋敷を爆破しても、私が笑って揉み消す。だから安心してくれ」
「……え?」
失敗を揉み消す? それって、つまり……。
(どんな失敗をしても、許されるってこと……?)
今まで、「失敗したらどうしよう」と常に怯えて生きてきた私にとって、その言葉はあまりにも衝撃的だった。
「ほ、本当に……いいんですか?」
「ああ。君の失敗すらも、私にとっては愛おしいのだから」
ラインハルト様は優しく微笑んだ。 その笑顔に、私は胸がドキリと高鳴った。
(こ、この人……本気だ)
今まで「失敗は許されない」と縮こまっていた世界が、音を立てて崩れ去っていく。
恐怖の対象だった「実験」が、ここでは「愛おしい失敗」として許される。
(……ここは、天国なのかな?)
私は呆然としながら、彼を見つめ返した。 こうして、私の公爵領での生活が始まったのだった。
―――――――――――――――――――― ★★あとがき★★
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
公爵領に到着したティア。
「拉致」かと思いきや、VIP待遇での「保護」でした。
ラインハルトの溺愛っぷりは、留まるところを知りません。
「成分補給」と称してティアの香りを嗅ぐシーン、執着心がダダ漏れですね。
「溺愛早過ぎ!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ画面下の★評価や作品のフォローで応援していただけると嬉しいです。 皆様の応援が、執筆の最大のモチベーションです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます