隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

@akua034

1年生編:1学期

第1話 入学式

春の朝、淡い日差しが部屋を優しく満たしていた。

桐谷晴はまだ布団の中で半分眠ったまま、天井をぼんやりと見上げていた。春の光は眩しいのに、彼の目はまだ夢の中にあり、意識はふわふわと宙に浮かんでいるかのようだった。今日から始まる高校生活のことを思い出すと、心のどこかで小さな不安も芽生えていた。


「晴ーっ! 起きろーっ!!」


耳元で響く大きな声に、晴は飛び起きた。

布団から飛び出す勢いで寝ぼけた頭がさらにくらくらする。


「うわっ……美羽、なんで朝からそんなに元気なんだよ……」


声の主は幼馴染の水瀬美羽。隣の家に住む彼女は、小学生の頃から晴とずっと一緒だ。桜色のストレートロングヘアが朝の光を受けて艶やかに輝き、緑色の瞳がきらきらと輝いている。


「だって、今日から高校だよ!? 寝坊したら大変でしょ! 晴、ぼーっとしてる場合じゃないよ!」


美羽は両手を腰に当て、ニコニコと笑った。

その笑顔はいつも以上に眩しく、晴の胸をざわつかせる。


晴は布団に体を沈めたまま、うつむきながら小さくため息をつく。


「……分かった、起きる」


重い体を無理やり起こし、鏡の前に立つ。寝癖だらけの髪を手でぐしゃぐしゃと直しながら、晴は鏡越しの自分の顔を見て、少し落ち込む。

寝ぼけ眼でぼんやりとブレザーを着てネクタイを整えるが、どうにもぎこちない。


「……高校生活、ちゃんとやっていけるのかな……」


心の中で小さな不安が芽生える。

制服の着心地や、新しい教室、見知らぬ同級生たち——すべてが未知の世界だ。

幼馴染の美羽がそばにいるといえども、初めての環境に対する緊張は消えない。


「早くしないと遅刻するよ! ほら、靴も履いて!」


美羽の声にハッと我に返り、晴は慌てて靴を履く。玄関の扉を開けると、まだ少しひんやりとした朝の風が頬を撫でる。

しかし、春の花の香りが微かに漂い、心を少しだけ落ち着かせる。


「桜……綺麗だな」


晴は歩きながら、街路樹の桜を見上げる。淡いピンクの花びらが風に揺れ、舞い落ちる。それはまるで、自分たち二人の新しい日々を祝福しているかのようだった。


「今それ言う?」

美羽がくすっと笑い、肩を軽く叩く。晴は思わず赤面し、何も言い返せなかった。


学校に着くと、校門前には多くの新入生が集まっていた。制服姿の生徒たちがひしめき合い、友達同士で笑い合っている。新しい環境に圧倒される晴の隣で、美羽は落ち着いた笑顔を見せる。


「大丈夫だよ、晴。落ち着いて。私がついてるから」


美羽の手が晴の肩にそっと触れる。その温かさに安心感が広がり、少しだけ心が軽くなる。小さな手のぬくもりが、今日の緊張をやわらげてくれるようだった。


体育館に入ると、春の光が差し込み、きらきらとした雰囲気が漂っていた。

入学式が始まり、校長先生が話をしだすと、晴はぼんやりと天井を見上げる。


「……俺、これからこの高校でやっていけるのかな」


隣の美羽は眠そうに校長先生の話を聞いていて、時折、晴の方を向いて笑顔を見せる。小学生の頃から知っている彼女なのに、制服姿の美羽は少し大人っぽく見え、晴の胸は自然と高鳴る。言葉にできない期待と、少しの緊張——それが入り混じる不思議な感覚だった。


入学式が終わると、教室へ移動した。二人は同じクラスで、席も隣同士だ。


「やっぱり隣か……」

「うん、よろしくね!」


美羽の明るい声に、晴は少し照れながらも頷く。

教室に入ると、クラスメイトたちの視線がちらりと二人に向けられる。


「おっ、桐谷くん、幼馴染と同じクラスなんだな」


男子生徒の声に、晴は頬を赤らめ、何も返せなかった。

美羽はにこりと笑い、軽く手を振る。その姿に、晴はさらに照れくさくなる。


休み時間、二人は軽く会話を交わす。


「ねぇねぇ晴、私と同じクラスで嬉しいでしょ?」

「え、あ……別に……」


美羽の口元がわずかにふくれる。

晴は気づかず、少し焦る美羽を横目に、机の上の書類を片付け始める。

授業中も、隣にいる美羽の存在は不思議と安心感を与える。時折彼女がこっそりノートを見せてくれたり、冗談を言ったりする。そのたびに晴の心は少し揺れ動く。


昼休み、教室の窓から見える桜並木が風に揺れる。

陽射しが柔らかく、花びらの影が教室の床にゆらりと映る。


「ねぇ、晴。お弁当、外で食べない?」

「え……外?」

「うん、せっかくの春だし、桜の下で食べたいなって」


二人は校庭へ向かい、満開の桜の下で弁当を広げた。美羽の作ったおにぎりや卵焼きの香りが春の風に混ざって、心地よい。晴は口に運びながらも、舞い落ちる花びらに目を奪われる。


「……やっぱり、春っていいな」

「ふふ、晴がそう言うと思ったよ」


午後のHR(ホームルーム)を終えると、放課後の校門前にはまだ薄い夕陽が差し込み、桜の花びらを赤く染めていた。


「晴、帰り道、一緒に帰ろう」

「うん」


二人は並んで歩く。舞い散る花びらが頬に触れ、春の柔らかな風が吹き抜ける。

話題はくだらないことから、学校生活のこと、将来の夢のことまで、自然と会話が続いた。その何でもないやり取りの一つ一つが、二人の距離を少しずつ縮めていく。


この日、幼馴染との距離感、少しだけ芽生えた恋心、そして未来への期待、

——すべてが混ざり合い、晴の心は確かに変わり始めていた。


桜の花びらが舞う夕暮れ、隣の家の幼馴染と歩く道は、静かで温かく、少しドキドキする気持ちとともに、ゆっくりと高校生活の第一歩を刻んでいく。春の光の中で、二人の新しい日々が、静かに、しかし確かに始まったのだった。

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