第4話 魔法忍者は忍ばない

「待たれよ、そちらのお宅に何用か」

 高く、腹の据わらない声が闇夜に響いた。

 生活道路から東山雫宅を見つめる男が三人。スーツ姿で、ほのかに酒の臭いを漂わせている。声に気づいた様子で、彼らは一斉に振り返った。

 リンを見ると、中央にいた眼鏡の男が表情を崩した。

「なにかと思えば、はは、どうしたんだいお嬢さん、こんな遅くに」

「質問に答えよ。答えられないようなら、即刻立ち去るがいい」

 眼鏡の左右にいる背の高い男たちが、薄ら笑いを浮かべている。最初は顔を向いていた視線は、胸、腰、足回りへと移っていった。値踏みするような目つき、こちらの能力を測ろうとしているらしい。それでいて殺気は感じない、どこの手のものか、やはりずぶの素人ではないようだ。

 眼鏡が言った。

「そんな格好をして、もしかして僕らを誘ってるのかな? ふふ、付き合ってあげてもいいけど、取り込み中なんだ、後でもいいかな?」

 格好。問いかけに、なんの意図がある。装束から所属を暴こうとしているのだろうか。これは魔力で編んだ法衣、手がかりはないはず。あるいは、軽装であるがゆえに侮っているのか。短い腰巻き、布面積を減らした半袖の上衣――なるほど、貧相に見えるわけか。

 好都合。

「ならん。冥土への旅路か、安寧の帰路か、選んでもらおう」

 眼鏡は溜息を吐いた。

「まったく、勇ましいお嬢さんだ――おい、やれ」

「へい。この女、好きにしていいんすね」

「ああ、ふん縛って車に放り込んどけ。ただし尋問は本命を終わらせてからだ」

 右側の男が「へい」ともう一度返事をして、脇の二人は前に出てきた。指の骨を鳴らして、にやけている。堅牢な骨格、体躯は自分の1.5倍にもなろうか、筋肉量は比較にもならない。

「お前みたいなメスガキをやっちまえるなんて、つくづく面白え仕事だ」

「そんななりでもお姫様の護衛だ、油断はするなよ」

 眼鏡はリンから目を切って、東山家に向き直った。

 左の男は首を回している。右の男は未だにヘラヘラしながら拳を固めている。リンは両手をだらんと垂れ下げて、そんな彼らの様子を見ていた。

「そおら骨折っちまうぞぉ!」

 右の男が飛びかかってきた。リンはその場で垂直に跳んだ。

 暴力的な一撃が空を切る。空中で身を翻したリンは、逆さになり掴んだ男の頭をねじった。「ぎょ」そんな鳴き声を発して、巨体は力を失った。

 顔を青くした左側が、胸元に手を突っ込んだ。鉄の擦れる音、銃器、だが、遅い。ねじった頭を支柱にして、方向転換。足の先を絡めて、拳銃の男の首を引き寄せた。そして、そのまま股の圧力で締め上げる。

「ふぇ」ぬるい息が尻にかかったのが、男の意識が飛んだサインだった。

 ばた、ばた、と続けざまに巨体が倒れ伏した。

「な」

 眼鏡が振り向くと同時に、リンは蹴りを見舞った。顎を砕き、鼻の骨を折る。片足を大きく上げた姿勢で、三人目が倒れる音を聞いた。

「口ほどにもない。大口を叩く前に腕を磨くことだな」

 痙攣する男たちから、返事がやってくることはなかった。代わりに、耳のインカムから春の声が聞こえてきた。

『あぁ、兄姉様が手込めにされるとこちょっと見たかったなあ』

「なにを言っている」

『緊縛プレイとか……あ、まだ二人潜んでるから気をつけてね。たぶんその幸せな人たちは囮だからさ』

「ああ、承知している。確かに、命を奪われなかっただけこやつらは幸せ者かもしれんな」

『へへへ、さすが兄姉様』

 乾いたような笑い声を残して、通信は途切れた。相変わらず、仕事中でも様子のおかしい妹だ。

 気を取り直して、リンは家の二階を見上げた。こちら側、あの窓の向こうが雫の部屋だ。次なる刺客はどこから――「むっ」

 窓に光が瞬いた。空気を切り裂くような音がして、次の瞬間、ガラスが爆ぜた。

 悲鳴のような音を残して、粉々に窓が割れる。狙撃、まさか、ポイントは全て監視してある、だとしたらなぜ、いやそんなことよりも。

「雫殿!」

 リンは二階に向かって、跳んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女はぱんつ丸見えでも気にしない ~某は漢ゆえに~ @hiiro122

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画