第8話「夏目の身体、本格的に“おかしくなる”」

朝の登校時。

夏目は階段を“普通に”登っているつもりだった。


だが――


「ちょっ、夏目!? はっや!?」

「すげぇ風起きたんだけど!!?」


後輩たちが階段で吹き飛ばされそうになっていた。

夏目は首を傾げる。


(ん? いつも通りなんだけどな……)


身体能力の上昇を、本人だけが自覚していなかった。


教室に入ると、背後から魂の抜けた声が聞こえた。


「……夏目ぇぇ……」


「また来たのかよ」


「お前……昨日のランニング……裏切り……」


「裏切りじゃねぇよ。ただ走っただけだ」


机にすがる中村の目はうるんでいる。


「夏目……俺はもう限界だ……

お前が誰と放課後を過ごすかで心臓がバクバクする……

これはもう恋だろ?」


「違う」


「違うのか……よかった……」


本当にホッとするな。

だが次の瞬間には拳を握りしめていた。


「でも俺は諦めねぇ!! 今日も同好会の練習に――」


「行かないっての」


「だよなぁぁぁぁぁ!!!!」


地響きを立てて崩れ落ちた。


------------


放課後。

「行くわよ、夏目くん」


今日も伊藤が当然のように現れた。


「……なんでいつもいるんだよ」


「走りたいからよ」


「なんで俺となんだよ」


「あなたが速いから、よ」


夏目は言葉を失う。


(……なんだこいつ)


2人は並んで走る。

前よりも会話のテンポが自然になっていた。


「夏目くんって、疲れにくいタイプよね」


「そうか?」


「走るフォームが整ってるもの。……羨ましいわ」


伊藤の表情が少し緩む。


「あなたと走ると、苦しいけど楽しいのよ。不思議ね」


(……やめろ心臓)


夏目は視線をそらして、速度を少し上げた。


走り終えるとステータス画面が表示される。


――――――

【デイリークエスト達成】

・ランニング

・筋トレ

合計:10pt

――――――


夏目は無言でスタミナにポイントを入れる。


【夏目孝太郎ステータス(抜粋)】

スタミナ:B→A


(……なんか走るの楽になったな)


ウィンドウは音もなく消える。


その頃――校舎裏。


「夏目はな……絶対才能あるんだ……

俺たちはまだ見てないだけで……

あいつは選ばれし存在なんだ……!」


中村が部員たちに語っていた。


部員たちはひそひそ囁く。


「キャプテン……完全に壊れてる……」

「夏目教……?」


中村は涙と鼻水を同時に流しながら天を仰いだ。


「夏目ぇぇぇ……俺は……絶対諦めねぇからなぁぁぁ!!!!」


部員「……恋か?」

中村「違う!!!!」


信者である。

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