第2話:黒衣の戦士たち

 西暦一九一九年。第一次世界大戦が終わった翌年。

 ニュージーランド南島、人里離れたサザンアルプスの山岳地帯。

 深い霧に包まれた谷底に、地図には載っていない「村」があった。

 いや、それは村というにはあまりに無機質で、要塞と呼ぶほうが相応しい。

 昼夜を問わず蒸気を上げる精錬所。トンネルの奥から響く掘削音。

 そこは、九条湊とウィレムが秘密裏に築き上げた、独立国家『蓬莱』の礎(いしずえ)となる秘密基地だった。

「――注目!」

 張り裂けんばかりの大声が、早朝の広場に響き渡る。

 整列しているのは、およそ五百人の男たち。

 その大半が、白人社会からはじき出されたマオリ族の若者だ。さらに、アジア系移民や、日本から流れてきた食い詰め者の浪人たちも混じっている。


 彼らの目は、社会への不満と飢えで濁っていた。昨日までは。

 演台に立ったのは、十九歳になった九条湊だ。

 小奇麗な軍服のようなスーツを纏っているが、その瞳の熱量は十歳の頃から変わっていない。

「今日、お前たちを集めたのは、穴掘りのためじゃない。サトウキビを刈るためでもない」

 湊は一人一人の顔を見渡しながら、静かに語り始めた。

「お前らは今まで、『野蛮人』だの『猿』だのと罵られ、泥水をすすって生きてきたはずだ。俺もそうだ。悔しかったろう。悲しかったろう」

 湊の声が、次第に震え始める。

 演技ではない。前世の記憶と、この世界での被差別体験がフラッシュバックし、感情が高ぶっているのだ。

「俺はな……! お前らのような誇り高い男たちが、理不尽に踏みつけられるのが許せねえんだよ……ッ!」

 演説の途中だというのに、湊の目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 集まった男たちがざわつく。指導者が泣き出したのだ。だが、それは弱さではなく、強烈な「共感」として彼らの胸を打った。

「俺が欲しいのは労働力じゃない! 俺の怒りを共有し、共に戦ってくれる『家族』だ! 俺について来い! 金も、飯も、そして何より……男としての『尊厳』を、俺がお前らに取り戻させてやる!」


 湊は拳を突き上げた。

「これより、貴様らを『黒衣衆(ブラック・ガード)』と命名する! 世界最強の俺の近衛兵だ!」

 ――うおおおおおおおおおおっ!!

 五百人の男たちが、呼応して咆哮した。

 彼らの濁った目に、明確な「光」が宿った瞬間だった。

        ***

 演説の後、基地の奥にある兵器工場にて。

 副官のウィレムが、呆れたようにハンカチを差し出した。

「相変わらず涙腺が緩いな、湊(ミナト)。あれでカリスマ扱いされるんだから、世の中わからないものだ」

「うるせえ。本気で腹が立ったんだから仕方ねえだろ」

 湊は鼻をかみながら、作業台の上に置かれた「鉄の塊」を愛おしそうに撫でた。

 それは、この時代にはまだ存在しないはずの形状をしていた。

「で、例の『ブツ』の仕上がりはどうだ、レツ」

「完璧だ。お前の設計図通り、部品の規格化も済んでいる」

 ウィレムが手に取ったのは、銃身が短く、バナナのような湾曲した弾倉を持つ自動小銃。

 史実では三十年後にソ連が生み出す名銃『AK-47』――をベースに、湊がこの時代の技術レベルに合わせて再設計した『蓬莱一式自動小銃』である。

「この時代のボルトアクションライフルは、一発撃つごとにレバーを引かなきゃならん。だが、コイツは引き金を引くだけで三十発の弾丸をばら撒く。しかも泥に浸かろうが砂にまみれようが作動する」

「ああ。マオリの戦士たちに持たせれば、鬼に金棒だ」

 湊は銃を受け取ると、ガシャン、とチャージングハンドルを引いた。

「それと、接近戦用の武器も忘れるなよ」

「抜かりない。日本から呼び寄せた刀鍛冶に、車の板バネ(スプリング鋼)を鍛えさせて作った『軍刀』を全員に配備する。切れ味よりも、折れず曲がらず、骨ごと叩き斬るための実戦刀だ」

 高火力の自動小銃と、頑丈な日本刀。

 そして、防弾効果を持たせるために特殊加工した漆黒のトレンチコート。

 それが『黒衣衆』の標準装備だった。

「それから、戦術教練の方だが……」

 ウィレムが眼鏡を光らせる。


「マオリ伝統の『ハカ』と、お前が教えた日本の『示現流(じげんりゅう)』の突撃。これを組み合わせた訓練を行っている。ハッキリ言って、凶悪すぎるぞ」

「いいんだよ。これから相手にするのは、大英帝国の正規軍だ。恐怖で縮み上がらせて、戦意をへし折るくらいで丁度いい」

 湊はニヤリと笑った。その顔にもはや涙はない。あるのは、冷徹な戦略家の表情だ。

「資金はあるか?」

「ああ。お前が『ペニシリン』とかいう青カビの薬の特許をアメリカ企業に売りつけたおかげで、金庫がパンクしそうだ」

「よし。……時は来たな」

 湊は窓の外、霧の晴れ間から見えるウェリントンの街を見下ろした。

「一九二五年。あと六年かけて牙を研ぐ。その時が来たら、イギリスの総督府に俺たちの旗を立ててやる」

「ああ、忙しくなりそうだ」

 ウィレムが肩をすくめる。

 しかし、その表情は楽しげだった。

 泥だらけだった二人の少年は今、世界を変えるための「力」を手に入れた。

 南の島の地下深くで、革命のマグマは静かに、しかし確実に沸騰しつつあった。

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