警戒の果て、遅れてきた初恋

十九

序章:檻と予防接種

​「プロポーズしたいんだ。」


その言葉は、私の人生が初めて静かに、

しかし確実に動き出した合図だった。


私を一人で育ててくれた母は、いつも言っていた。


「男の人は危ないからね。近づきすぎない方がいいよ」


その言葉はまるで予防接種のように、

幼い私の心に小さな針を何度も刺し続け、

世界に対する警戒だけが育っていった。


私は内気で、周囲の期待にそっと頷くような子どもだった。

幼稚園で大切にしていたぬいぐるみの“ぽんちゃん”を馬鹿にされたあの日──


「そんなの、いつまで持ってんだよ。だっせぇ」


その声は、胸に冷たい風のように吹き抜けた。


“世界は簡単にこちらを傷つけるのだ”と、私はあの瞬間初めて知った。

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