第2話 🐍蛇生は前途多難?

 「う、ん……?」


 光から再構築されたリュウイチはゆっくり瞳を開く。

 だが様子がおかしい、瞼がない。

 瞳は透明な鱗ブリルによって保護されており、光を感じるとなんだか眩しかった。

 手足を動かそうとすると、奇妙な反応がある。

 手足が……無い。


 「え? これってまさか……?」


 ちょうど、彼の目の前には泉があり、その身を水面に写す。

 そこにあったのは幼い白蛇の姿であった。


 「なんじゃこりゃー!?!?!?」


 今度こそ出た、心からの絶叫。

 リュウイチは白蛇に強制転生させられてしまった!


 「ま、まさか眷属化って……人間ですらないのか……それならまだネコの方が――」


 しかし、そこで不意にあのふざけた猫神が思い浮かぶと、脳内に待ったがかかる。

 しばし黙考した後、彼の結論は。


 「いや蛇の方がマシか、猫神アレの眷属とかないわー」


 一先ず嘆いても仕方がない。

 人間松葉龍一は不意の事故で死んだのだ。

 神界では暮らせないらしいが、ここは第二の人生ならぬ蛇生へびせいを過ごすべきだろう。

 となると、まずは行動だ。

 ここがどこか把握しないと。


 「見たことない植物だなー、ここ日本じゃないのか?」


 鬱蒼と茂る森は、視界も悪く、植物は見慣れない。

 リュウイチは器用に身体を動かしながら、周囲を探索した。

 だが不意に前方からなにかが動いているのを彼は、不思議な感覚で掴んだ。

 【熱源探知サーモスキャン】、蛇神の加護によって強力なピット器官を有したことで、彼は脳内に詳細な周囲の状況が映っていた。


 「うげ、二足歩行で歩くカエル? なんだアイツ……!」


 突然カエルがこちらを振り向く。

 やばい、瞬時にそう思うとリュウイチはその場から逃げだす。

 カエルは二足歩行でドタドタと追いかけてきた。

 蛇なのにカエルから逃げるとはこれいかにだが、相手は推定120センチと、こちらの倍の大きさだ。

 二倍も違えば立場は逆転する、ましてカエルは自分より小さな物はなんでも食うという。


 リュウイチはがむしゃらに逃げる中、目の前に大きな木が道を阻んだ。

 リュウイチは木登りが苦手であった、だが逡巡している暇はない。

 迷わず幹に身体を這わせると、リュウイチは木をするする登っていく。


 「うおおおお! 蛇ってすげー!」


 軽く感動してしまう。

 蛇の身体だとスイスイ簡単に木登り出来るのだ。

 昔木の上から降りられない仔猫を助けられず悔しい思いをしたリュウイチには、感涙ものであった。

 十メートルほど木を登り、根本を覗くと、カエルはずっとリュウイチを見つめていた。


 「ううう、くそう……ていうかあの二足歩行のカエルなんなんだ? ここもしかして地球じゃない?」


 それは俗に言う異世界転生というものだろう。

 あの二柱、急いでいたとはいえ大した説明もなくこの世界に送りやがった。

 今頃、総務とやらに出頭している頃だろうか、同情する余地はあまり無さそうだ。


 「異世界ってんなら、なんか魔法みたいな力ないのか?」


 彼は漫画やアニメはあまり見ないタイプであった。

 正確には残業続きでロクに見る暇がないが正解だったが、今どきの異世界とは、イマイチご存知ではない。

 一昔前に流行ったのは、チートスキルを与えて、後はご自由にってタイプだったか。


 「カエルー、お名前なーに?」

 「ゲコ?」


 当然カエルが喋るなんて気の利いたことはなかった。

 ていうか、今も虎視眈々とリュウイチを捕食しようと待ち構えるカエルが喋っても、ロクなことは言わないだろう。

 カエルはピョンピョンと飛び跳ねるが、リュウイチのいる高さには半分も届かない。

 やーいやーい、悔しかったたらここまで跳ねてみろー、なんて煽る勇気はなかった。


 「どうする、このままじゃ降りられないぞ、うーん、カエルを撃退するにはどうすれば?」


 待っていても状況は悪くなるばかり。

 そう痛感したのは、じっくりと思案していた時だ。

 不意に風切り音がリュウイチの耳をつんざく。

 すぐに周囲を【熱源探知】すると、空から巨鳥が飛翔してくる。

 狙いは――カエルであった。

 オオワシのように巨大な鳥は、カエルを頭上から強襲すると、鷲掴みし持ち上げる。


 「わーお」


 驚くのも束の間、巨鳥はリュウイチの高さまで飛翔すると、カエルを枝にグサリと突き刺した。

 うわ、百舌鳥モズの早贄かよと、感嘆するが……目の前に巨鳥が枝に足を下ろした。


 「ピュイー」

 「ゲ、ゲコッ……」


 巨鳥が甲高い鳴き声を上げると、バサバサと羽ばたき音が周囲に木霊した。

 するとあっという間にカエルというごちそうの前に三羽の巨鳥が降り立つ。

 あわれ、カエルは巨鳥たちに啄まれてしまう。


 「あ、アハハー、それじゃ俺はこの辺でー」


 カエルよりももっとヤバい生き物(?)を前にして、リュウイチはそそくさ木を降りようとする。

 しかしその背後、カエルには目もくれず、一匹の巨鳥が白蛇をロックオンしていた。

 彼はフクロウが蛇を襲うのを知っていた。

 つまり蛇は……!


 「ピョエー!」

 「ああああああもう! またかよぉおおおおおお!」


 リュウイチは迷わず木から飛び降りた。

 巨鳥は怪鳥音を鳴らせ、襲いかかってくる。

 急いで茂みに隠れないと危ないとあせってしまう、とにかく急げと願うが巨鳥が素早い。


 「ヤメローヤメロー!」


 リュウイチは落下中に必死に藻掻く、その時、口の中のきばからある液体が分泌されて、宙を舞った。

 巨鳥は顔面にその液体を浴びると、突然顔色を変えて暴れ狂う。

 バサリ、茂みに着地するとその後ろに巨鳥も仰向けで墜落した。


 「ハァ、ハァ、こ、これってもしかして毒?」


 蛇は毒を持つ種類がいる。

 【蛇神の加護】を持つリュウイチならば、当然毒を操ることが出来る。

 だが、リュウイチが見たのは、硫酸でも浴びたように溶ける巨鳥の無残な成れの果てであった。


 「うぷっ、この毒強力すぎる」


 蛇神の眷属というだけあって、白蛇の基本能力プリセットでさえ、毒耐性が無いのであれ、どんな者さえも即死(治療不可能)させる《蛇神の毒》は極めて強力であった。

 思わず吐きそう……まだ人間の感覚が抜けないリュウイチは、それをとは思えそうになかった。


 「ハァ……早速、この蛇生生活、前途多難じゃねぇーか」


 彼はこの第二の人生もとい蛇生も中々ハードモードじゃないかと嘆くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る