あの壁の向こうに

望月ひなた @SAL所属

あの壁の向こうに【SAL企画 お題『傘✖️紙飛行機✖️終末世界』】



 その子は、ある日空から丘に降りてきた。

 たんぽぽの綿毛のように。

 ふわふわと、風を受けながら。

 壁の向こうに見える山々が、赤や黄色に染まる季節だった。


「こんにちは!わたしはメアリー!あなたは?」


 その子は、僕を作った人によく似ていた。

 顔がじゃなく、2本の足で歩いたり、器用に動く手を持っていたり、よく動く口で言葉を話したりするところがだ。



「僕は…」


 僕は、名前が思い出せなかった。

 ずーっと前、僕を作った人がくれた名前があった

…そのはずなのに。



 メアリーは、とりあえず『エド』でいいわね、と強引に僕の名前を決めた。


「メアリーは可愛いね。僕はこんなポンコツだから…」

「見た目なんかどうでもいいでしょう!?そんな事より、エドはいつからここにいるの?ずっと一人でいたの?」


 質問攻めにされながら僕は、メアリーが持っていたそれが、気になって仕方がなかった。


 それは、傘というみたい

 僕を作った人が、雨や雪がかからないように歩くための道具として使っていたのを、ちょっと覚えていた。

 だからメアリーの使い方は、ちょっと違っていたわけだ。


 その傘の素材を見て、閃いた。


「ずっと作りたかったものが、これで作れるぞ!」

「何を作りたかったの?」

「飛行機だよ!」



 僕のいるこの丘は、高い壁に囲まれている。

 昔は、朝と夕方に出入り口のゲートが開いたり閉じたりしていたけど、ずっと閉じっぱなしだ。

 僕の手は、何かを掴むのには適してるけど直角の壁は登れない。

 足もキャタピラなので、大したスピードも出ない。


 でも僕は、あの壁を越えたかった。

 壁の向こう側へ、行きたかった。

 だってここは…何もないここは、寂しい。

 それに、メアリーが来たという事は、壁の向こう側にはやっぱり何かあるんだ。


 僕の作戦はこうだ。

 メアリーの傘の柔らかい布を使って、大きな筒状のものを作る。

 ここに残されてた、古いテントと寝袋の布を使って、飛行機の形に作る。

 骨組みには、テントのポールや傘の骨が使える。


 飛行機のお尻に筒状のものをつける。

 その時に、少し回転をつけてジャンプする。

 風を受けて上昇したら、回転の力で速く高くまで行ける。

 壁の高さを越えたところで、筒状のものは切り離す。

 飛行機は軽くなり、風に乗って壁をこえる。


 僕らはさっそく製作に取り掛かった。

 メアリーはとても頭がよく、僕が思い描いた通りのものを作る事ができた。

 僕の手は硬い動きしかできないけど、メアリーのなめらかに動く指先は、まるで別の生き物のようだった。


 僕らは夜通し作業をした。

 時々お喋りもした。


 メアリーも、自分の事はあまり覚えておらず、気づいたら傘でふわふわと漂っていたらしい。


「だからエドに会えた時、すっごい嬉しかった!ほんとだよ?だって、こんなふうに話せるの、いつぶりかなって感じだったんだもの!」

「ガッカリしなかった?会ったのが僕みたいなので…君みたいに、高性能な頭があれば良かったんだけど」

「そーいうとこ、嫌われるよ?あんた友達いなかったでしょ」


 …前言撤回。

 気遣いという高性能な機能は、僕の方についているようだ。


 次の日は、朝から陽が差したり曇ったり、安定しない天気だった。


「…気温が低いわね」

「それにほら、あっちに黒い雲がある…たぶん嵐になるよ」

「雨が降るのは想定していないわ…どうする?やめる?」

「いや。冬が来たらもっと大変になる。今日やろう」

「分かったわ」


 全ては決まった。

 僕らは遠雷を聞きながら、最終チェックを行い、準備を終わらせた。


 あとは風を待つだけ。

 案の定、空は黒い雲に覆われて、冷たい風が丘に吹きつけ始めた。


 飛行機のお尻につけた筒状の布に、風が集まる。

 メアリーが地面を蹴った。


 ふわりと宙に浮いたかと思うと、飛行機は追い風を受けて急上昇した。


 僕らはあっという間に、壁よりも高い位置にいた

 楽しそうにキャーキャー言うメアリーを放っておいて、僕は筒状の布を切り離した。


「完璧だ!これで壁を越えられるぞ!」


 僕は嬉しくて、とうとう叫んでいた。

 両腕を突き上げて、ビクトリーのポーズだ。


 …ビクトリーのポーズ?

 何でそんな言葉知ってるんだろう。


 エド、と後ろに座ったメアリーが話しかけてきた。


「ごめん。私あんたに嘘ついてた。私はあんたを探していたの」


 メアリーの柔らかい手が、僕の視界モニターを覆う。


「ここにいた人間が、あんたの事を覚えていたの」


 ガクン、と僕のCPUに何かが差し込まれる。


「寂しかったね。でも、もう大丈夫だよ。彼のところにお帰り」


 その言葉を、僕が聞く事はなかった。



「だーれだ?」

「メアリー?」

「ブッブー、メアリーって誰だよー」


 視界が開けると、僕はその人に抱き上げられていた。

 木漏れ日が溢れる、春の森。

 腐葉土と雪解け水のにおい。


 僕を作ってくれたひと。


「行くぞエド。今日中に、遊歩道を整備する場所をリストアップしないといけないんだから」


 彼は、公園の警備員だった。

 でも手先が器用で、子供向けの科学雑誌の付録だった僕に、高性能なCPUをつけてくれた。


 『Electric Doll』と胸のプレートに書いていたので、『エド』と名付けてくれた。


 彼との日々が続けば、他に何もいらなかった。

 他に知らなかった。


 でも、何かの病気が流行って、人間達がどんどん減っていって。

 ここは国立自然公園で、元々厳重なゲートがあったから、逃げ込んできた人間も大勢いた。


 でも、病気は壁なんか気にしない。

 最初の死者が出るまで、時間はかからなかった。


 人々は、なぜか彼が病気をここに持ち込んだと思い込んでいた。

 彼は石を投げられ、動物避けに持っていた猟銃を取り上げられた。


 これは現実じゃない。

 僕は、君が棒で打たれたところを見ていた。

 服を脱がされ、刺され、裂かれていくところも。

 君の手足を咥えた人々が、自分の取り分を増やそうと争ったところも。


 でも、もうどうでもいいよね。

 僕は君の手の中。

 温かい日差しの中。


 それ以上に。

 それ以外に。

 優しいものを、僕は知らない。



 飛行機は、骨組みがバラバラになって墜落した。

 だがメアリーは、木に飛び移っていて無事だった。


 墜落現場には、エドが落ちていた。

 その視界モニターは、もう何も映していなかった。


 少し考えて、メアリーはエドを持ったまま走り出した。


 木に飛び移った時に枝が引っかかったのか、服の腕が破れていた。


 『memoriary doll』。

 人工皮膚には、そう刻印されていた。


 これで。全ての人間の記憶が収納できた。

 この後もう少し移動して、安全な場所を見つけたら、そこでコールドスリープに入る。

 そして目覚めを待つ。


 再び、有機質の生き物が出現する、その時まで。


「あ、虹!今日はいいことありそうだね!」


 メアリーは森の中を駆けた。

 生まれたばかりの、風のように。

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