風船ピエロと青年と
チェンカ☆1159
風船ピエロと青年と
ある公園に風船を配っているピエロがいました。
ピエロは風船を渡しながら甲高い声で子供達に言います。
「向こうに大きなテントが見えるだろう?今日の夜、お父さんお母さんと一緒にサーカスを見においで」
その姿を遠くでじっと見ている青年がいました。
ピエロはそれに気がつくと、青年に近づいて言いました。
「キミも、サーカスに興味あるかい?」
「あるにはある、けど……」
「けど?」
「オレ、もうそんな年じゃないから」
それを聞いたピエロはにっこり笑って言いました。
「歳なんて気にする必要はないさ。サーカスは誰でも歓迎するよ!」
青年は少し悩んだ末に、ピエロに尋ねました。
「それじゃあ、チケットはいくらですか?」
ピエロは笑顔のまま答えました。
「大人は1200円、子供はその半額だよ」
「ピエロでもそこは現実的なんですね」
「あはは!そりゃあ、ほら、こっちも仕事だから!」
「ずっと演じていて疲れないんですか?」
その瞬間、ピエロはそれまでとは打って変わって低く小さな声で言いました。
「これが、私の選んだ道だから」
「……ねぇ」
「それじゃあまたね!夜テントでボク達は待ってるよ!」
ピエロは青年にそう言うと、子供達がいる方へと戻っていってしまいました。
場に残された青年は深いため息をつきながら、その公園をあとにしました。
その日の夜遅く、職場で一人の女性が帰り支度をしていると、仲間が声をかけてきました。
「ねぇ、アンタ恋人でもできた?」
「えっ?恋人なんていないけど」
「じゃあ不審者かな?なんか外にいたから帰る時気をつけなよ」
「あ、うん、わかった」
女性が身支度を終え外へ出ると、一人の青年が立っていました。彼を見た女性は驚きます。
「あれっ?どうしたのそんなところで」
「どうせなら姉さんと一緒に帰ろうかなって」
青年の正体は女性の弟だったのです。
夜道を二人並んで歩いていると、弟が言いました。
「さっき、サーカスを見たんだ」
「そっか。楽しめた?」
「まぁ、うん」
「はっきりしない返事だなぁ……」
「だって昼間に会った時になんか無理してそうだったしさぁ――」
「昼間?それなんの話?」
姉の放った問いかけに、弟は足をぴたりと止めました。
「とぼけるの?」
「とぼけるって、何を?」
「昼間公園にいただろ?ピエロの格好して」
「ピエロ?なんのことだかさっぱり」
「いいよ、そんなわざとらしい演技しなくて。オレちゃんと声でわかったから」
姉は言葉が見つけられず、黙り込んでしまいました。
「姉さん、サーカスに入団した時言ってたよな?『夢が叶った』って。本当にそうだって言える?」
「……だって本当のことじゃない。サーカスに入るのが私の夢だったんだもの」
「その役職がピエロでも?」
「あのねぇ、ピエロだって大事な存在なの」
「濃い白塗りメイクして、赤い鼻つけて、みんなの笑いものにされて――それが姉さんの願ってた夢かよ」
「それは……違う。でもね」
姉は握った拳を胸の前にあて、宣言しました。
「私は今、サーカスのピエロであることに誇りを持っているの。わざと失敗して、お客さんに笑ってもらう。それが私達が演じるピエロなのよ」
それを聞いた弟は目を見開きました。
「え?失敗ってわざとなの?」
「そうよ?」
「てっきり本当に失敗して、笑われてるのかと思ってた……」
弟の言葉に姉は苦笑します。
「そんなことがあったら大問題じゃないの。サーカスは楽しい夢を見せる場所。お客さんもきちんとわかっているわ」
「そっか……」
「全く、あなたはもう少し物事を知ることが大事ね、テオ」
「うるちぇ」
弟は口を尖らせるも、すぐ笑顔になりました。
「けどそれ聞いて安心した。楽しくないのにやってるとかじゃなくて本当に良かった」
「ええ、だからこれからも応援しててね」
「わかったよ、姉さん」
こうして、ピエロの姉とその弟はこれまで以上に仲良くなりました。
風船ピエロと青年と チェンカ☆1159 @chenka1159
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます