第二章 雲中の事実

医師であり研究者でもあった篠崎亨が殺された翌日、司法当局によってクラウド記憶が開示された。

クラウド記憶――十年前の科学技術の飛躍により、人間の網膜と鼓膜からの情報を自動的に保存できるようになった。

全国民の記憶を二十四時間分蓄積する仕組みが整い、二年前から本格的に運用が始まっている。

この技術は犯罪捜査で絶大な効果を上げていた。

被害者が最後に見た顔や聞いた声を客観的に確認できるため、これまで証言や推測に頼るしかなかった事件でも、決定的な証拠が得られるようになったのだ。

未解決事件は次々と解決し、冤罪の可能性も大幅に減少したと言われている。

司法当局はこう述べた――

「死者の記憶が、真実を語る」。

クラウド記憶は国民からも強い支持を得ていた。

だが、そこに残されるのは「見たこと」と「聞いたこと」だけ。

感情や思考は含まれない。



篠崎亨の最後の映像記録は全国に報じられ、すぐに犯人の男が捕まった。

男は有名企業の研究員であり、研究不正によって多額の利益を得ていたことが発覚した。

男は何一つ語らなかったため、

篠崎との直接の関係性は不明であった。

しかし、篠崎が共同研究に関わっていたこと、

犯人と顔見知りであったこと、

そして「いよいよか」という言葉と、

ぼやけたスマホ画面――。


スキャンダル好きの世間は、一つの推論に飛びついた。


――篠崎亨こそが、研究不正を行っていた張本人ではないかと。



「帝東医科大学医師、研究不正の共犯か」

「クラウドが映した裏切りの瞬間」


メディアは連日そう報じた。

「いよいよか」——それは巨額の利益をもたらす研究成果発表への暗示だったのではないか。

世間は、そうした憶測を事実であるかのように語り始めた。

ぼやけたスマホ画面にもさまざまな憶測が飛び交い、捏造の証拠が映っていたのではないかと揶揄する者も現れた。


そうした世間の反応を受け、

大学も研究仲間も篠崎亨を見限り、

娘である篠崎瑞樹への視線も冷ややかだった。


篠崎瑞樹――父を尊敬し、その背を追い続けてきた彼女は、昨年ようやく医師として歩き始めたばかりだった。

父と同じ大学病院で、臨床と研究の双方に携わることを夢見て。

プライベートも充実していて、学生時代からの恋人と今年中には結婚式を挙げる予定まで立てていた。


だが、父の死と同時に世界は一変した。

同僚の視線は哀れみと疑念が混じり、

患者や学生の噂話が背中を刺す。

結婚を約束した恋人も、距離を置くようになっていた。

まるで彼女までもが罪に加担したかのように。


周囲からの疑惑に満ちた視線を感じつつも、瑞樹はどうしても納得できなかった。

父は以前から研究不正を強く憎んでいた。

誰よりも誠実に、真実を追い求めていた人だ。


「……あの言葉は、本当に不正を意味していたの?」

瑞樹はクラウド映像を何度も再生しながら、自問し続けた。

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