◆瀬戸物別れ◆
茶房の幽霊店主
第1話 ◆瀬戸物別れ◆
※(店主と友人の体験談です)
※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)
※※※※※
母親の勧めた相手と結婚した友人のSNSの内容が、
『子供は三人ほしい! 子供のいる生活にあこがれる』
『お姑さんは優しいし、私はラッキーだ!』
から一転、鍵付きになり、
『旦那が○ねばいい。旦那がいなければ自由だ』
『毎日、旦那が○ねばいいと思っている。○ね。○ね』
など、一気に物騒な内容に変わり、
明らかに精神状態が よろしくないと感じてDMから連絡を入れました。毎日SNSに貼りついていたのか、間を開けず返信が来て、
その文面も旦那さんに対しての罵詈雑言で埋め尽くされて いたのですが、日を合わせ、 ファミリーレストランで待ち合わせすることに。
当日、席に座っている友人は暗い表情で、 切羽詰まっている様子でした。
聞けば、あちらのご家族から専業主婦になって欲しいと言われて、希望通り会社を退職したのですが、突然、パートで働くことを強要され、旦那さんは休みの日、自室に引きこもってFPSゲームをしている。
『私、戦争ゲーム嫌いなのよ。人を銃で撃って何が面白いの?』
『仮想世界と区別しているなら、そこは言わなくてもいいのでは』
※※※※※
『それに聞いてよ!最近、帰りが遅いと思ったら、 実家のお義母さんのところに行っているのよ!私には何も言わず!』
『一度、夫婦で話し合う時間を作ったら?』
『………殴られた』
話し合いの途中で、暴力を振るわれたのだと話し始めました。
彼女は普段穏やかで、むしろ優しすぎると感じる性格でしたが、今は別人のように苛立っています。
ですが、頼るべき両親に夫からの仕打ちをなぜか話していませんでした。母親の勧めで一緒になったので、親の顔に泥を塗りたくない、そう思っていたのかもしれません。
『旦那が健康診断にひっかかったから、毎日、生野菜を出してたの。 でも、こんなもの食べられないって。“俺の家ではこんなもの出たことなかった!もっとうまいもの出せよ!” って、メチャクチャ殴ってきた』
彼女の夫である人は、かなり子供っぽい言動をしている。それが気になりましたが……。
≪食べ物の好みが違う≫≪家での食事マナーが違う≫
食事関係の不一致は、 結婚後、うまくやっていけなくなる要因にもなります。
外から見れば、大したことはない。そう思うかもしれません。
ですが、本人たちにとっては毎日が生き地獄、日常生活から不満がたまっていくので、最終的に爆発してしまう。こうなると、互いに歳を重ねて同じ空間でいるのは難しくなります。
浪曲、浪花節ならば、≪結婚はお互い辛抱すること≫の一点張りなのでしょうが、時代は変わっていくものです。
マナーや習慣はお互い暮らす中ですり合わせもできます。しかし、≪好きな食べ物が違う≫のは本当に無理なのだな、と改めて感じました。
※※※※※
『もう、無理。離婚したい』
はっきりと彼女が自分の気持ちを言葉にした時です。厨房からグラスなのか皿なのか、複数割れる音が響きました。
一瞬二人で音の方を見ましたが、すぐ話に戻り、
『何も持たずに家を飛び出すのは無謀すぎるから、 とにかく、まとまったお金を銀行からおろして、 少し離れたビジネスホテルで気持ちを整理したら?たぶん、今の家では心休まることはないと思うし』
『わかった。旦那とは実際に距離を置いて、このまま離婚まで持ち込むことにする』
彼女が席から立ち上がると、 横を通っていた従業員がバランスを崩し、空の食器がフロアに落ちて派手な音を立てて割れました。
接触したわけではありません。
テーブルの真横に来た瞬間、重ねられた食器が雪崩を起こすのをこの目で見ていました。
『申し訳ございません! お怪我はありませんか!?』
『あ、はい。大丈夫です』
数名が速攻で駆けつけ、散らばった破片は回収されました。何か、奇妙な空気が漂っています。
友人は戸惑いながらも席から離れ、住まいを変え、数カ月は生活できる金額をおろしてきたのを聞いて、まだ何も解決してはいないのですが、 少しだけホッとしました。
これで彼女の心を守る準備はできたので。
友人の旦那さんはこの辺りでは有名な家の方。“一緒になってくれたら、一生、生活に不自由はさせません” と、彼女の両親の前で、自身の家がどれだけ裕福かを語ったと聞きました。
ですので、友人がまとまったお金を持って家を出たとしても その点については何も言えないと思います。
※※※※※
落ち着いてきた友人は、険しくしていた表情をようやく和らげ、
『何か、あったかいもの頼もうか!』
メニューを開いて、コーヒーとスパゲティに決めて、店主も張りつめていた空気が溶け、 紅茶とサンドイッチを一緒に注文しました。
『先のことを考える前に、今夜はゆっくりひとりで過ごすといいよ』
『そうだね。別れる決心もついたから』
温かい飲み物が先に運ばれて、 友人の指がコーヒーカップに触れた瞬間、取っ手の部分が吹っ飛び、 窓ガラスにぶつかって転がりました。
『ちょっと!大丈夫? 手は?』
『……ああ、うん、なんともない』
コーヒーを被ってしまう最悪の事態は回避できたようです。
『交換してもらおう』
すぐに呼び鈴のボタンを押し、従業員に説明して 新しいコーヒーを持ってきてもらいました。
スマホで、今夜、彼女が泊まるビジネスホテルの検索をしていたのですが、 誕生日を祝っていたテーブルの後片付けで、出動していたワゴンから 食器が次々と滑り落ち、とんでもない大音量が鼓膜を貫きます。
そして、不意に聞いた話を思い出しました。
陶磁器などが割れるのは、転換期。ひとつのご縁が終わり、新しい道が開ける前触れである。
この夫婦は、本当にお別れするしかないのだな。でも、それは何も悪いことだけではないはず。
『派手なお知らせだね』
呟いた彼女は、察したように微笑みました。
数カ月揉めながらも、夫婦はわずか二年の結婚生活に幕を下ろしました。
※※※※※※
※(ここからは【瀬戸物わかれ】の追記です)
とにかく友人と話している間、ひっきりなしに食器やカップが壊れていくので、正直『真剣に話しているに』と思っていました。
ただ、コーヒーカップの取っ手までが吹っ飛んでいったので、これにはさすがに面食いましたが。
瀬戸物、陶磁器などが壊れるのは、不吉というよりは、勉強の期間が終わり、新しい幕開けの合図だそうです。
実際、離婚後の彼女は会社で業績を上げ、今は中心的な存在となっています。
≪食事に関する不一致≫を話す友人に、食事に寄り添う命を持っていないはずの食器が幕引きを告げる。
不思議なこともあったものだ。そんな体験談でした。
☆蛇足ですが、
家で死者が出た際、その人が使っていたお茶碗やお皿をすべて割ってしまうという地域もあります。
これは死者が家に執着して留まらず、成仏させるためだそうです。
しかし、もし、自分が死んでしまったとき、使っていた食器を近しい人に割られてしまうのは……辛い気も致します。
死んでしまってるからわからない?
さて、それは生者の想像に過ぎません。だって、それは死んだ者にしかわからないことではないでしょうか?
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