第3話 「図書室の静寂と、気づかれた小さな変化」

HRが終わり俺は翔真と他愛ない話に花を咲かせていた。


「そろそろ帰りますかーー。怜央も帰るっしょ?」


「ちょっと図書室よってから帰るから先帰っててくれ」



玲央が図書室へ入ると、

一番奥の窓際の席で絢がヘッドホンを外すところだった。


黒いウルフカットが揺れ、表情はいつも通りの無機質。

ただ、すこしだけ耳が赤い。


「神宮寺、ここ使っていいか?」


「……好きにすれば」


(え、来た!? なんでこっち!? なんで真正面!?

 誰かこの席予約してたとかじゃないの!?)


玲央は絢の向かいに座り、参考書を開く。

その動きに合わせて、絢の目線がほんのわずか揺れた。


「今日の授業でここんとこ難しくなかったか?」


「……まあ。普通」


(普通って言ったけど全然普通じゃない! あそこ超難しい!

 なんで強がったの私!?)


玲央は笑うでもなく、茶化すでもなく、そのページを自然に見せてくる。


「俺もここ、微妙に怪しいんだよな。見比べてもいい?」


「…………いいよ」


絢は平静を装うが、

玲央の顔が近くなるたび、心拍だけはバグっていた。


(近い近い近い近い!!

 いや、これは勉強だから。落ち着け私。普通の距離……普通……)


玲央は絢のまとめノートを見て、素直に感心する。


「うまく整理してるな、神宮寺。こうやってまとめるの得意だろ」


「……別に」


(や、やめて……褒めるな……! 心拍が死ぬ……!)


絢はほんの一瞬だけ視線をそらした。

その微細な動きに玲央が気づく。


――あれ? 今の反応、なんか。


ふと胸の奥がざわつく。


「神宮寺ってさ、俺と話す時、なんかよく目そらすよな」


「……そんなこと、ない」


即答した。

だが耳が赤い。


(うわぁぁ何言ってんの玲央!? そういうの自覚させんな!!)


絢は表情こそ崩さないが、膝の上の手が少しぎゅっと握られていた。


玲央はその様子を“緊張してる”と受け取り、

気づかれないよう優しい声を出す。


「無理して話さなくてもいいけど……嫌じゃないなら、もっと話せると嬉しいな」


その言葉に、絢の肩がわずかに震えた。


(嫌じゃないどころじゃないんだけど!?

 むしろ好き寄りなんだけど!?

 いや言わないけど!?)


彼女は息を整え、いつものクールな声を出す。


「……嫌じゃない」


その“ほんの一言”だけで、

玲央の胸の奥がふっと熱くなる。

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