婚約破棄くらってトンビを養成している彼女。

崑崙八仙 禰々

★胸キュンしたならご一報を★

「おまえを、買います。混血とはいえ見た目がエルフであるのが丁度いい」


 等と、きたない檻の中に座る薄汚れた俺を睥睨するのは、かがやく月の如き銀の髪のきれいなおんなだった。


 平民では、なかろう。指先まで、きれいだ。

 労働など一切したことないのが明らかな清らかさ。


 勿論、奴隷市場にはまったく似合ってない存在だったし、何かしら買い取るようにも思えない見目だったが、購入の対象がエルフであるのが決め手のようなら、いわゆる〝愛玩従魔じゅうま〟あたりにでもするのだろう。


 よくある、遊び。

 高貴な貴族が無力な生命をやりたい放題するのは。


 嫌悪感は、ある。胸糞だと、思う。


 だが、もう、歯向かう気力などないほど諦念しきっているので、おのれが買い取られるのをただただ傍観していた。

 人生まるごとどうなってもどうでもいいのだから。


 俺は、ただ、買われた。檻を、出された。


 おんなは、何も、語らない。裏路地を、進む。そうして、ひたすらしたがう俺を連行した先にいたのは――鞍のある、ドラゴン。


「騎竜……」

「ご安心を。彼は、かしこい。空の旅は、安全です」


 これにはバカみたいにぽかんとしてしまったため、気付いたときには貴族の子女と二ケツをしていた。


 俺が後ろ。

 前に座るおんなは警戒しているふうでもなかった。ので、しばらく手の置きどころにまじめに当惑していた……鞍の端を、掴む。


 ともかく、変な感じ。なぜ、そう、無防備だ? 


 おんながあるじの〝従魔契約〟しているとはいえ、薄汚れたおとこと密接するのはイヤではないのか? 怖く、ないのか? それとも、人族だと見做してないから用心など必要ないのか……。


 二ケツを厭わないワケなどさっぱりわからないが、そういう彼女の胸中もやっぱりどうでもいいので、内心モヤモヤしながらそのまま運ばれた俺だった。


 飛ぶこと、数刻。

 至るのは、居館。別荘だか、なんだか。


「では、まず、湯浴みを。いいです? 全身まるごときちんと手入れをしてくださいませ。手抜きは、ダメです。失格だったらわたしがみずから洗い直しますので。ええ、ここにはそういう方面でのプロなどいませんから……。この、わたしが」


 ギョッと、した。


 なら、いけない。

 おんなに直にからだを洗われるなどそれこそ最悪。そういうプレイであるならどうにか辛抱できるが、たんなるふつうの湯浴みであるなら甘受できない。きちんと、しないと――! 


 湯浴みに、奮戦した。


 ……小一時間、のち。

 からだを隅々まで確認してからおんなのところへ。


「まあ、本当、おきれい。トンビをよそおうにはやっぱりぴったりでしょう!」


 にこっと、笑まれた。

 不意の微笑に見惚れてしまった俺は悪くないはず……。


 いや、待て。

 何だって? 


 トンビだ?




 §




 ――ある、城だった。

 このいま開かれているのは何らかのうたげだった。


 おとこが、叫ぶ。

 しなだれかかった桃髪おんなを腕に抱くおとこが、そういうふたりに困惑しながら相対するおんなに。


「公爵令嬢、○○○○! 厚顔きわまる悪女との婚約などいますぐ破棄する!」


 そうして、桃髪おんなが恐るべき嫌がらせくらっていたこと、それらの犯人とは困惑よそおうおんなであること、及び、真の愛をもらった桃髪おんなとただしい結婚する……とかいう、旨を語る。


 おまけに、いきなり絶望くらったおんなの弁明さえ却下して、ウルウルひとみの桃髪おんなにヨシヨシしだした。

 だが、そのとき――


「――王太子よ、捨てたな?」


 ホールが、ざわつく。

 おとこが、目を剥く。


「おまえは……精霊王か!」


 そこには、男性。

 虹の髪がかがやく麗々しい美丈夫が存在していた。


「いかにも。そうして、史上もっとも清らかなむすめを妻にしにきたもの――。さあ、姫君。こちらへ。君のとうとい愛を蹴飛ばす馬鹿どもなど見捨てて、わたしの幸福な伴侶になるのが最善ではないかな?」


 麗貌の人外はこのいまふられたおんなを口説いた。

 おんなはキュンとしたのか上気しながらうなずく。さっそく連れ立つふたりはホールを退席しだした。

 っと、


「精々、想像しろ。精霊の加護を喪失した王国とはどうなるものかを」


 精霊王が、薄く笑う。

 固まって静観していた者たちがざわめきはじめた。


「うそ……なら、こんなの、いらない……。格ですら、下なんて……」


 つぶやく、桃髪。青ざめた、顔だった。




 §




 ――とか、魔具の水盤に写されたのは謎の色恋シーンだった。


 何だ、これ。何を、見たのだ……? 


 右横、顛末へと満足したみたいに首肯しているおんなが、こちらに目掛けていっそう奇妙な発言をしてくる。


「いまのが、先輩です。エルフのおまえも格好いいトンビになりましょう」


 先輩。

 麗貌きらきらきらめく精霊王が先輩だというのか? 

 いや、


「トンビと、いうのは……?」


「ふられた公爵令嬢ちゃんを連れ去るスパダリです。近年、なぜだか公爵令嬢ちゃんはよくよくふられるので……。わたしは公爵令嬢ちゃんに幸福な人生をあげたい。ので、元婚約者より上位の存在を〝遣わして攫わせる〟。そうして、クズおとことカスおんなにざまぁを体験させます。トンビな精霊王と敵対してしまったバカふたりが、王国からどういう方法でも断罪されたらなおよし」


 おっ、おう……。いきおい、凄い。


 なんだかちょっとガキめかした〝報復〟だったが、窮地の女性を救いたい気持ちは本物だと思われた。

 攫わせて、救う――。とはいえ、


「だが、主人さま。我が身はたんなるまぜものエルフの分際なんだか……?」


 スパダリ、ではない。

 それこそ地位も名声も何ひとつ有さないおとこだ。


「あら? 先輩とて、同じです。もともと、従魔です」


 えっ?


「じゃ、詐欺……!?」


 怒られた。


「いえ、違います! わたしが精霊王の席と冠をちゃんと準備しました! 国も、あります。民だって。……まあ、闇市から仕入れた相応の土地をこつこつ開拓して、民草たる精霊を生み出す領土を創造したわけです。魔力、あるので。そうして、見繕ったおとこを仕上げて戴冠せしめたわけです――仕組みは、以上です」


 びっくり。

 凄腕の才女が史上もっともアホな努力をしている。


 たしかに、精霊王が生誕するには精霊の土地が必要だったが、人間の小娘がわざわざ努力してまで開拓するとは。及び、相応な従魔のおとこをしつけて戴冠せしめるとは。


 人工の魔性を創造した実例ならいろいろあるので、一応、王さまを創るのも完全無理ではなさそうとはいえ。


 傷ついたおんなをそうまで救いたい意志あるのか……。


 但し、俺は困る。

 胸の内を、伝えたい。


「ええっと。さっきの、彼女……何人目に、なるんだ?」

「三人目に、なります。あなたは四人目の彼女ちゃんのトンビになります」


 なるほど、三人の先輩はアホみたいな職務まっとうしたよう。ついでに、先輩ともども愛玩従魔ではなかったのにびっくり。いいのか、悪いのか。

 どうあれ、


「だが、主人さま。俺は……無理だぞ。向かない」


 それしか、返せない……。

 首を、捻られた。


「なぜです? 見た目は先輩たちより精霊王を体現しているのに。尖り耳も、よし。性格などしっかり訓練したならどうにかなります。わたしが、正します」


 怖いこと、言う。

 だが、策謀に首肯できない根拠は性格うんぬんではなく。


「俺は、戦闘用だ。殺すのは、得手でも……愛すのは、不得手だ」


 根本的に、不適合だ。

 見た目がよくても精神の大元がそれではいけない。


「え~、勿体ない! 天辺から爪先までそれこそまさしく完璧ですのに! 言い寄られたならおんなは全員メロメロですのに! あきらめ、早いです!」


 嘆かれた。あきらめ、って……。


 何か悩む、彼女。


「むぅ~~……。だったら……だったら――。――あっ!」


 パチンと。手が、叩かれた。

 嬉しげに、言われる。


「では、レッスン! スパダリ目指してわたしと〝溺愛〟レッスンです!」

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