痴漢くん、詩を書いて。

七瀬 錨

―街路樹は全て見ていたのかもしれないね―

 街路樹の色づいた葉が落ちる中、踏切の前で肩を落とす少女。

 通学時間は過ぎているのに、見覚えのある紺のブレザーがやけに気になった。


 電車の音が近くなる──。


 そのとき、蝶が花に飛んでいくように、彼女は線路に飛び込もうとした。


 俺は頭が真っ白になり、気がつくと彼女を抱き寄せていた。


「何で止めるの!」


 彼女の叫ぶ声。


「止めたのは俺の責任だから……」


 そう言いながら、俺は無意識に彼女を抱きしめていた。


 小さくなっていく電車と、その音──。


「いつまで抱きついてるのよ!」


 彼女の言葉に俺はハッとした。


「あっ……」


「痴漢です! この人、痴漢です!」


 幸い、通行人はいない。


「何が、俺の責任だから……よ! 気持ち悪いわね」


 俺は少したじろぎながら言った。


「げ、元気そうで良かった」


 ──そんなことより、彼女は見覚えのある顔だった。


 先週、うちのクラスに転校してきた葉月葵。

 馬鹿みたいにタイプの子だ。


 俺も、何でこんな時間に学校にいないかって?


 この街の治安を守るカウボーイだから……いや、ただのサボりだ。


 ──彼女は少し俺を睨みながら言った。


「俺の責任って言ったわよね?」


「え? あ、うん……」


「じゃあ、ちょっと付き合って」


 そう言うと、彼女は空を見上げた。


「痴漢くん、あんた詩とか読む?」


「ち、痴漢くんだけはやめろ! 詩は国語の授業くらい……」


 スッ。


 彼女は右手の人差し指を立て、俺の口元まで持ってきて話を止めた。


「じゃあ、今日帰ったら私のことを詩にして書いてきて」


「え、書いたことないのに?」


「私はそういう人の詩が読みたいの。いいでしょ」


 そう言うと、少し早歩きで学校の方へ歩いていった。


 俺はというと、カウボーイなので学校には行かず家に戻り、とりあえず我武者羅に詩を書いてみた。

 詩と言えるか分からないけれど──。



「コピーアンドペースト愛してる、なんて言わない。言えないよ、蝶のような君。僕の瞳の籠から離さない。だから行かないで君よ。陽炎みたいに笑うから僕のコアが熱くなる。僕の心を止まり木にすればいい。だから行かないで君よ」


 ──そうだ。これは、後の妻に宛てて書いた初めてのラブレターだ。


 彼女はかなり詩が好きな文学少女だったわけだ。


 そして「責任を取る」とは咄嗟に出た言葉だが、まぁ結果的には責任を取った形になったのかな。

 

 俺の方が猛アプローチをしたのだが……。


 彼女は、どうやら転校して来た日に俺の顔を覚えていて、翌日、学校に行くと俺を待っていた。

 そして放課後、俺が書いた詩を読むと涙ぐみながら、自分が両親から虐待にあっていて、将来に悲観して電車に飛び込もうとしたことを話してくれた。


 あれから彼女は担任に同席してもらい、児童相談所に行き、保護をしてもらう手続きをした。

 そして彼女は親戚の家に身を寄せることになった。


 その後、彼女と結婚した俺はというと、筆という剣で彼女を守る勇者をやっている。

 カウボーイは、諦めてね。

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