美少女戦士になりたかった、ぼくは博士になってコミケで狩りをすることにした♡
早食い デトックス
美少女戦士になりたかった僕は、博士になってコミケで狩りをする♡古賀コン10
五歳の僕は、おやつのプッチンプリンを片手に、ピカピカ光る銀色のスプーンを握りしめていた。その冷たい感触が幼い指先に心地よかった。
「脳みそって美味しいのかな?」
それは単純な好奇心から生まれた疑問だった。リビングのVHSビデオデッキが『羊たちの沈黙』を映し出していた。画面には白衣の男が人間の頭蓋を開き、灰色の脳を取り出す場面が映っていた。
「カオル!こんなの見ちゃだめ!」
母親の金切り声が耳を刺した。テレビの電源がブツンと切られ、部屋が暗くなる。でも、ハンニバル博士の満足げな微笑みは、僕の頭の裏に焼き付いたまま消えなかった。
「ごめんね。素直じゃなくて夢の中なら言える♩」
次の日の朝、僕はテレビの前で美少女戦士のアニメを見ていた。主人公が持つピンク色のステッキには、キラキラの銀色の三日月型の飾りがついていた。持ち手は長方形に長くて、中央がきゅっとくびれていた。
「思考回路はショート寸前。今すぐ会いたいのぉ♩」
アニメの主題歌に合わせて、僕は両手を広げて回った。何度も何度も。目が回るほど。
★
小学6年生の夏休み。僕は母親とスーパーの玩具売り場にいた。二つのお団子に白いセーラー服のような襟の半袖シャツを着た僕は、美少女戦士コーナーの前で立ち止まった。
「お母さん、このステッキかって!」
「カオル、男の子でしょ?これは女の子が買うものよ」
母は溜息をついた。僕が髪を伸ばすことを嫌がっていた。
「隣のハルちゃんだって、ステッキを持ったら美少女戦士になれた。男の僕にもできそうなんだもん」
最近ジェンダーレスを売りにするモデル事務所から声がかかっていた。中性的な見た目がお金になることを、母は理解し始めていた。僕の機嫌を損ねると、子供用の水着の撮影モデルフィーが入ってこなくなる。
「買ってあげたら、仕事中は静かにしてるのよ」
「やったぁ♡」
両手をあげて喜ぶ僕の背後から、のっそりと小山のような男が現れた。祖父だ。
「カオル、月が欲しいなら、じいちゃんがもっと大きい月を渡してやる」
「本当?どこにあるの?」
男の子にしては小柄で華奢な僕が見上げる大柄な祖父は、東京の精肉店に狩猟した獣を卸す猟師だった。祖父の手は厚くて、いつも生肉の匂いがした。
「山にあるぞ」
ニィと厚い唇を釣り上げる祖父は、羊たちの沈黙のハンニバル・レクター博士そっくりだった。祖父の目には、僕にだけ見せる特別な何があった。
「夏は熊の繁殖期だ」
閉山した夏の山道。私有地の山を祖父が乗り越え、僕も続いた。
「カオル。教えた通りにやってごらん」
黒くて長くて大きい猟銃が、祖父の手から僕の手に渡された。大人の男でさえ持つのが難しいはずの重さなのに、僕の手の中では不思議と軽く感じた。
「さぁ、熊が出てきたぞ。あれを打つんだ」
「うん、おじいちゃん。僕ならできる」
祖父に背中から支えられて、肩に猟銃を構える。スコープを覗き込むと、世界が丸く区切られて見えた。その円の中心に、ツキノワグマが見えた。照準を絞って片目を閉じると、僕の下半身がジンっと熱くなった。
「これで僕も美少女戦士になれるね♡」
ドキドキと跳ねる心臓は、ツキノワグマの半月方の柄を見てさらに早鐘を打った。
「狩りをすることは僕にもできる」
やった♡やった♡やった♡
銀色のスプーンじゃなくても、銀色の月がついたステッキじゃなくても、僕の小さな体でも猟銃を持って狩りができる。興奮した僕の横で祖父がささやいた。
「打て!!」
ぱぁぁぁあああん!!
鼓膜を破るような破裂音が耳の奥を震わせた。強い衝撃が僕の両手に伝わり、僕の中で何かが破裂した。
「あっ・・・・♡」
僕の長袖のズボンが白く染まった。二次性徴を迎えるにはまだ早い年齢だったが、僕の体は既に目覚めていた。
★
中学、高校と進み、僕の外見は次第に変化していった。髪は肩まで伸び、顔立ちは母譲りの繊細な美しさを帯びていった。内面では、あの日の山での体験が何度も反芻されていた。
大学では生物学を専攻した。「脳みそ」への幼い頃からの興味は、神経科学への情熱へと昇華していった。特に「人間の欲望と脳内物質の関係性」をテーマに研究を進めた。
博士課程に進んだ僕は、研究をさらに深めよとフィールドワークの現場をビックサイトに移した。
「パシャ・パシャ・パシャ」
夏のコミックマーケットの会場は、人の熱気で山頂よりも蒸し暑かった。
「あんな完成度の高い男の娘なんて初めて見た」
高級カメラを持った男たちが、美しく成長した美少女戦士姿の僕を取り囲んでいた。
「でも、気をつけろよ。カオルさんの専属のカメラマンはすぐに行方不明になるって有名だ」
「ガチ恋して、振られただけだろ?」
「いや、マジで消えるんだって。前に専属になった奴、SNSも更新止まったまま半年経つらしい」
囁き声が聞こえてきたが、僕は笑顔を崩さない。精度の高いコスチュームの中は汗ばみ、うっすらと皮膚に張り付いて、ボディラインを殊更強調していた。
「ビジュが原作に近過ぎ」
僕はフォロワー四万人の人気コスプレイヤーだ。大学を去った後、コスプレの才能を活かして活動を始めたのだ。特に美少女戦士のコスプレは、幼い頃からの憧れを形にしたものだった。
「カオルさん目線をこっち!」
夏にもかかわらずチェックのシャツにジーパンのカメラマン達が、思い思いの三脚でぐるりと僕を取り囲む。銀色のカメラレンズが月のようにギラギラ輝いていた。下半身が熱くてしかたかない。
「はぁい♡」
夏のコミックマーケットは、たくさんの月の輪熊の生息地だった。高級カメラの左右から首へとつなぐカメラショルダーが優雅に月の形を描いている。
あっちにも♡こっちにも♡そっちにも♡
「どの熊の脳みそが美味しいかな??」
カメラのシャッター音と一緒にギラギラとレンズが光り、どこからともなく硝煙の匂いが鼻をかすめた。あの日の山での匂いと同じだった。
撮影会の後、僕はブースで自作の同人誌とDVDを頒布するバックミュージックは、もちろん。
〜ごめんね。素直じゃなくて夢の中なら言える♩〜
ファンは僕の美しい外見に惹かれながらも、同時に僕の「博士」としての知識に魅了されていた。僕の同人誌は、神経科学の専門知識と美少女戦士の世界観を融合させた独特のものだった。
「カオル博士の説明、すごく分かりやすいです!」
熱心なファンの言葉に、僕は微笑んだ。
「欲望の形は人それぞれ。でも、それを理解し、道徳を超えることが、本当の意味での『できる』ことなんです」
ファンの熱心な眼差しを受けながら、僕は小さく微笑む。おじいちゃんの猟銃も、母のモデル事務所も、学会の拒絶も、すべてが今の僕を形作った。
銀色の月のステッキは手に入らなかったけれど、僕は自分だけの方法で、憧れの「美少女戦士」になれたのだから。
「ねぇ、プライベートの撮影をするのに山にいかない?」
僕の頭の中では、銀色のスプーンがキラキラと光り、プッチンプリンのような脳みそが待っていた。
美少女戦士になりたかった、ぼくは博士になってコミケで狩りをすることにした♡ 早食い デトックス @hayagui8376
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