ケツァルの預言者
水涸 木犀
第1章 やせていく都市
1、双子誕生
この世の人間は、二組の双子の力でつくられた。
「フン・フンアフプ」と「ヴフブ・フンアフプ」の双子は、球戯に興じていたことで
冥界の主たちを打ち破った双子の英雄は、父と叔父を蘇らせた。父フン・フンアフプはトウモロコシの神として、人間をつくる材料を神々にもたらし、また欠かすことのできない食料を人間にもたらす。双子の英雄は空へとのぼり、シュバランケは太陽に、フンアフプは月になった。
フン・フンアフプは一度死んで蘇ることで、人々にトウモロコシをもたらした。ゆえに、神に祈るために生み出された人間も、生きるための糧を得るためには生け贄となる必要がある。神でさえ己の命を捧げて恵みをもたらしたのだ。人間が犠牲になることに、何のためらいがあろうか。
生け贄となる人間は、フン・フンアフプやフンアフプと同様、双子の男であるとよい。なぜなら生き残ったもうひとりは、生活の糧を得るためより一層励むからである。双子の片割れを喪うも、冥界からの脱出と父たちの救出を諦めなかったシュラバンケのように。
・・・
この都市も例に漏れない。近年、王は双子が生まれた場合、三歳になった年にどちらかひとりを神に捧げるように命じた。かつては六歳になった年とされていたが、時期が早まったのだ。双子がいずれも男であれば弟を、男と女ならば男を。女の双子は捧げる必要がない。
そんな王命が出たあとに、男女の双子が生まれた。
双子の母は女ひとりを産み、産婆から「もうひとりいる」と言われたときに恐れおののいた。しかし、生まれつつある命の動きを取りやめることなどできない。かくして、姉と弟の双子がこの世に生を受けた。立ち会った産婆に言われるまでもなく、母はわかっていた。双子の弟を、三年後には王の元へと献上しなければならないことを。
しかし、双子の父が止めに入った。父は言った。
「生け贄になんてさせない。どちらも大事な君の、いや僕たちの子だろう?」
父は産婆に固く口止めをして、母の説得を続ける。母は息子を他の存在――それが神であっても――に差し出す拒否感はあったが、同時に神への畏れもあった。もし、王命に背いて息子を隠し、ばれてしまったら? それでも、父の説得は強く響いた。何より、自分の身体から生まれたばかりの我が子を、わずか三年で手放さなければならないことに耐えられなかった。かくして、双子の姉弟はそれと知られぬよう、ひっそりと育てられる運びとなる。
双子の姉弟の名前はムルク・イツァエ、ムルク・ヤクシンという。父の方針で、隠して育てられるのは姉のムルク・イツァエとなった。むろん生け贄の危険があるのは弟のムルク・ヤクシンのほうだが、男を隠すより女を隠すほうが容易いと父は考えたのだった。実際、荷運びや都市の守護など、男は顔も名前もさらす機会が多い。対して女は、市場でものを売買したり、中には戦士となる者もいるが、ずっと集合住宅の中で商品を作るという生き方も不可能ではない。生きるための選択肢、特に隠れて生きる方法が男よりもずっと多いのだ。
ムルク・ヤクシンはひとり息子として育てられ、都市の守護の仕事に就く青年に成長した。少々気弱ではあるが、肉体は頑健で申し分がない。対して姉のムルク・イツァエは
「ムルク・イツァエはご承知のとおり、双子の姉です。弟のムルク・ヤクシンを守るためには、存在を外に知られるわけにはいきません。時間があるときでかまいません。どうかみなさま、話し相手や遊び相手になってはくれないでしょうか」
同じ日に二人分の子どもの泣き声を聞いていた
住人たちはムルク・イツァエの話し相手をしたり、石の加工方法を教えたり、織物の技を見せたりした。また、彼女の家族も外の様子をこと細かく話して聞かせる。利発なイツァエはそれらをどんどん吸収し、外にこそは出られないが、外のことをよく考える女に育った。幼いころから血のつながらない大人たちと話をしてきたからか、弁が立つ人として
いまやムルク・イツァエとムルク・ヤクシンの双子の姉弟は、
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