第4話「英雄の祝宴、倫理の崩壊」

王城の食堂で、給仕係の少年トマス・ウィリアムズは勇者たちのテーブルに料理を運んでいた。十五歳の少年は、この仕事に誇りを持っていた。王城で働けることは名誉であり、特に勇者様方にお仕えできるのは光栄なことだと、母から何度も言われていた。


しかし今朝、トマスはその「光栄」に疑問を抱き始めていた。


「これ、また同じメニューじゃん」


ミカが皿を見て、露骨に不満そうな顔をした。


「飽きた」

「申し訳ございません」


料理長のバルトロメオが深々と頭を下げた。


「しかし、これは王国最高の――」

「もっと、こう...ハンバーガーとか欲しいっすね」


ハルが軽い調子で言った。


「あ、でもこっちにハンバーガーないか」

「ハン、バーガー...?」


バルトロメオが首を傾げた。


「肉!もっと肉!」


レンがテーブルを叩いた。「


これだけじゃ足りねえ」


トマスは皿を置きながら、彼らの態度を見ていた。料理長バルトロメオは王国随一の料理人で、王族のために何十年も腕を振るってきた。その料理は芸術と称されるほどだったが、勇者たちはそれを――まるでファストフードでも扱うかのように見ていた。


「すぐに追加の料理を」


バルトロメオが厨房に向かって指示を出そうとしたとき、テーブルの近くにいた貴族が口を挟んだ。


「料理長、勇者様のお好みに合わせよ。王国の威信がかかっておるのだぞ」

「し、しかし――」

「勇者様が不満を抱かれては困る」


別の貴族も言った。


「何でも用意せよ」


バルトロメオは苦渋の表情で頷いた。トマスは、老料理長の肩が僅かに震えているのに気づいた。


その時、王女フィリアが食堂に入ってきた。彼女は勇者たちを見つけると、顔を輝かせて近づいた。「勇者様、おはようございます」


「あ、王女さん。おはようっす」


ハルが軽く手を振った。


「お食事は、お口に合いますか?」


フィリアが心配そうに尋ねた。


「まあまあっすね」


ハルは笑顔で答えた。


「まあまあ...」


フィリアはその言葉を「謙遜」と受け取ったようだ。


「料理長、勇者様のお望みを全て叶えて差し上げて」

「御意」


バルトロメオは深く頭を下げた。


トマスは給仕台に戻りながら、胸の奥に違和感を覚えていた。これは――何かがおかしい。勇者様方は、本当に神の使いなのだろうか?




午後、城下町の市場は活気に満ちていた。商人マルク・デュボワは、布地を売る店を営んでいた。三十年この商売を続けており、誠実な商いで評判を得ていた。


「いらっしゃいませ」


マルクが客に声をかけようとしたとき、市場がざわめいた。人々が一斉に振り向き、誰かに道を開ける。


勇者たちだった。


護衛の騎士を数名連れて、ハル、ミカ、レンが市場を歩いている。民衆は「勇者様だ!」「勇者様がおいでになった!」と歓声を上げた。


ミカがマルクの店の前で立ち止まった。色鮮やかな布地を手に取り、眺めている。


「これ可愛い。ちょうだい」

「ありがとうございます」


マルクは笑顔で答えた。


「それは上質なシルクで――」

「うん、いいじゃん。これもらう」


ミカは布地を抱えた。


「お代は金貨五十枚になります」


マルクが言った。ミカは動きを止めた。


「え?お金いるの?」

「は、はい...」


マルクは戸惑った。

「勇者なのに?」


ミカが不思議そうに首を傾げた。


護衛の騎士が慌てて前に出た。


「私が支払います」


しかし、周囲の民衆が騒ぎ始めた。


「勇者様からお金を取るなど!」

「神の使いに対して何たる無礼!」

「商人、恥を知れ!」


マルクは困惑した。


「いえ、しかし商売ですので――」

「商人よ」


年配の女性が前に出てきた。


「勇者様に捧げられて光栄と思わぬか?」

「そ、そうですが...」

「ならば、お代など不要だろう」


民衆が口々に言い始めた。マルクは周囲の圧力に耐えきれず、「ど、どうぞ...」と言うしかなかった。


「やった、ありがと」


ミカは軽く手を振って、次の店に向かった。


マルクは呆然と立ち尽くしていた。あの布地は、彼が遠方から仕入れた高級品だった。それを――無償で。いや、無償で「捧げさせられた」のだ。


レンも別の店で同じことをしていた。肉屋から大量の肉を受け取り、パン屋からパンを受け取り――全て、無償で。民衆は「勇者様に捧げられて光栄だ」と喜んでいるが、店主たちの表情は複雑だった。


マルクは店の奥に戻り、帳簿を見た。今日の損失は――大きい。しかし、誰にも文句は言えない。なぜなら、相手は勇者だから。


これは...略奪では? マルクは心の中で呟いたが、その考えを誰にも言えなかった。




夕方、王城の訓練場では騎士エドワード・フィンレイが剣の訓練をしていた。ルーンベル村での惨劇を目撃して以来、エドワードは勇者たちへの信頼を失っていた。しかし、それを口にすることはできない。王国全体が勇者を崇拝している中で、疑念を抱くことは反逆に等しかった。


「おい、お前ら!」


レンの声が訓練場に響いた。彼は訓練場に入ってくると、騎士たちを見回した。


「手合わせしようぜ」


騎士たちは顔を見合わせた。訓練場の長である騎士団長ガルフが前に出た。


「勇者殿、訓練をなさりたいので?」

「いや、お前らがどれくらい強いか試したい」


レンは笑った。


「俺と戦ってみろよ」


ガルフは眉をひそめた。


「しかし、勇者殿の力は既に――」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」


レンは周囲の騎士を指さした。


「そこの若いの、お前やれよ」

指を差されたのは、二十歳ほどの若い騎士だった。彼は戸惑いながらも、断ることができず前に出た。

「し、失礼します」

「本気で来いよ」


レンが拳を構えた。


若い騎士は木剣を握りしめ、構えを取った。しかし、その手は震えている。エドワードには分かる――この騎士は恐れているのだ。


騎士が遠慮がちに木剣を振った。レンはそれを軽く避け、そして――拳を放った。轟音と共に、騎士の体が宙を舞い、訓練場の壁に激突した。鈍い音が響き、騎士は地面に崩れ落ちた。動かない。


「おい!」


エドワードが駆け寄った。騎士は気絶しており、口から血を流していた。


「よっわ」


レンが失望した様子で言った。


「もっと強い奴いないの?」


エドワードは怒りに震えながら立ち上がった。


「貴殿、やりすぎでは――」

「は?」


レンがエドワードを見た。


「手加減したけど?これで怪我するとか弱すぎだろ」

「これが手加減...」


エドワードは拳を握りしめた。


その時、訓練場の入口に貴族たちが集まっているのに気づいた。彼らは見物に来ていたのだ。そして――。


「勇者様の鍛錬だ」


一人が言った。


「騎士が弱いのが悪い」


別の貴族が頷いた。


「勇者様に鍛えていただけるとは、光栄なことだ」


エドワードは、彼らの言葉を信じられない思いで聞いていた。これが――鍛錬? これは暴力だ。一方的な暴力だ。


ガルフ団長がエドワードの肩に手を置いた。「...やめておけ」その声は低く、諦めに満ちていた。


エドワードは何も言えなかった。気絶した騎士を医務室に運びながら、彼の心には深い憤りと――無力感が広がっていた。




夜、王城の大広間では盛大な祝宴が開かれていた。勇者たちの功績――魔物討伐の成功――を称えるための宴だ。豪華なシャンデリアが広間を照らし、長いテーブルには山のような料理が並べられている。楽師たちが優雅な音楽を奏で、貴族たちが着飾って集っていた。


宰相ヴァルクは、広間の端に立って全体を見渡していた。レオニス王も上座に座っているが、その表情は硬い。華やかな宴の雰囲気とは裏腹に、ヴァルクは不穏なものを感じていた。


勇者たちは上座の特別な席に座り、次々と貴族たちが挨拶に訪れた。


「勇者様、我が領地に是非お越しください」

「勇者様のお力、まさに神の御業です」


賛辞の言葉が途切れることなく続いた。


ハルは「どうもっす」と軽く手を振り、レンは「うんうん」と適当に頷き、ミカは「ふーん」と興味なさげに答えていた。クロウは一人、ワインを飲みながら何かを呟いている。


ヴァルクは、その光景を冷静に観察していた。勇者たちには、貴族たちへの敬意がない。いや、この国自体への敬意がない。彼らは――ただ、楽しんでいるだけだ。


宴が進み、料理が次々と運ばれてくる。しかし――。




「ねえ、王様」


ミカが突然立ち上がった。広間が一瞬、静まり返る。


レオニスは彼女を見た。


「...何か?」

「お風呂、まだ古臭いんだけど」


ミカはタメ口で言った。


「もっとマシなの作ってよ」


貴族たちがざわめいた。王に対して、そのような口の利き方をするとは――。


しかし、王女フィリアが微笑んで言った。


「勇者様は率直な方なのですね」

「あと、部屋狭い」


ミカは続けた。


「もっと広いとこ欲しい。てか、エアコンとか――」

「検討しよう」


レオニスは疲れた声で言った。王としての威厳を保つため、怒りを押し殺していた。


「マジで?やったー」


ミカは満足そうに笑い、レオニスに背を向けて座った。


ヴァルクは、広間の貴族たちの反応を見た。彼らは二分されていた。一部は「勇者様は率直な方だ」「我らが至らない」と肯定的に受け取り、一部は静かな憤りを顔に浮かべていた。


ヴァルクは後者の人々の顔を記憶した。彼らは――まだ、正気を保っている。




宴が進むにつれ、給仕たちが忙しく料理を運んでいた。その中に、十八歳の少女アンナ・ブラウンがいた。彼女は貧しい家の出身だったが、王城で働けることを誇りに思い、真面目に働いていた。


アンナが勇者たちのテーブルに料理を運んだとき、レンが彼女に気づいた。


「おー、姉ちゃん可愛いじゃん」


アンナは戸惑いながらも、丁寧に礼をした。


「ありがとうございます」


レンがアンナの腕を掴んだ。


「ちょっと座れよ」

「あ、あの、お仕事が...」


アンナは困惑した。


「いいじゃん、勇者様の頼みだぜ?」


レンは笑っている。しかし、その手はアンナの腕を強く握っていた。


近くにいた騎士が前に出た。


「勇者殿、彼女は仕事中です」

「あん?」


レンが騎士を睨んだ。


「何?お前、俺に指図すんの?」


騎士は怯んだ。レンの目には、明確な敵意があった。


その時、王女フィリアの声が響いた。


「勇者様、どうぞお楽しみください」


彼女は騎士に向かって言った。


「邪魔をしないで」


騎士は、何も言えなくなった。王女の命令だ。そして――勇者の意志だ。


アンナは震えながらその場に立ち尽くしていた。レンは満足そうに彼女の腕を離し、「まあ、いいや。めんどくさくなった」と言って手を振った。


アンナは急いでその場を離れた。厨房に戻ると、彼女は壁に寄りかかって深く息を吐いた。体が震えている。


先輩の給仕が心配そうに声をかけた。


「大丈夫?」

「...はい」


アンナは答えたが、その声は震えていた。




宴も終盤に差し掛かった頃、レオニス王がハルにスピーチを求めた。


「勇者殿、一言お願いしたい」


ハルは立ち上がり、広間を見回した。貴族たち、騎士たち、給仕たち――全員が彼を見つめている。


「えー、なんか色々ありがとうございます」


ハルは軽い調子で言った。


「この国の人たち、マジ優しいんで、助かってます」


貴族たちは「勇者様の謙虚さ!」と感嘆の声を上げた。


「魔王?まあ、適当に倒しますわ」


ハルは笑顔で続けた。


「てか、魔王ってどこにいんの?早く倒して帰りたいし」

「頼もしい!」

「さすが勇者様!」


貴族たちは称賛した。


しかし、レオニスとヴァルクは顔を見合わせた。「適当に」「帰りたい」――ハルの言葉の中に、この国への愛着など微塵もなかった。


ヴァルクは、その瞬間、確信した。この者たちは――救世主などではない。彼らは、ただこの世界を――遊び場としか見ていない。


宴は続いた。しかし、ヴァルクの心には、深い憤りと決意が芽生えていた。




宴の後、深夜の城下町を勇者たちが歩いていた。酒に酔ったレンが大声で笑い、ミカが「うるさい」と文句を言い、ハルが「まあまあ」となだめている。クロウは「夜の闇が我を...」と詩を呟いていた。


通りは静かで、ほとんど人通りがない。夜警が遠くで松明を持って巡回している程度だった。


その時、角から酔っ払いの男が現れ、レンにぶつかった。


「おっと、すまん」


男は謝った。中年の労働者のようだった。


レンは動きを止めた。


「あん?」

「いや、謝って――」


男が言いかけたとき、レンの拳が男の顔面を捉えた。


鈍い音が響き、男は地面に倒れた。口から血が流れ、動かなくなる。


「勇者様を侮辱すんなよ」


レンが吐き捨てるように言った。


周囲にいた町人たちが驚愕して見ていた。ハルが「レン、やりすぎじゃね?」と言ったが、その声には真剣さがなかった。


「は?こいつが悪いだろ。勇者様にぶつかるとか」


レンは肩をすくめた。


「どうでもいいから帰ろうよ」


ミカがあくびをした。


「眠い」


勇者たちは、倒れた男を一瞥もせず去っていった。


町人たちが慌てて男に駆け寄る。


「おい、大丈夫か!」

「誰か医者を!」


夜警が駆けつけたが、勇者たちの後ろ姿を見て――何も言えなかった。相手は勇者だ。神の使いだ。どうすることもできない。


男は重傷だったが、幸い命に別状はなかった。しかし、彼の顔には深い傷が残り、歯も数本折れていた。


町人たちは男を介抱しながら、恐怖を感じていた。勇者が――人を殴った。それも、理由もなく。




翌朝、王城の謁見の間でヴァルクはレオニス王に報告していた。部屋には二人きりだった。


「勇者レン殿が、昨夜、市民を殴打しました」


ヴァルクは静かに言った。レオニスは深く息を吐いた。


「...被害者は?」

「重傷ですが、命に別状はありません。しかし、顔に重い傷を負い、歯も失いました」

「勇者たちは?」

「何も覚えていない、と主張しております」


ヴァルクの声には、怒りが滲んでいた。


レオニスは頭を抱えた。


「これは...どうすれば...」

「陛下」


ヴァルクは一歩前に出た。


「これは見過ごせません。勇者とはいえ、法の下にあるべきです」

「分かっている」


レオニスは苦しそうに言った。


「しかし――」


その時、扉が開き、王女フィリアが入ってきた。


「父上、勇者様が市民を罰したと聞きました」


レオニスとヴァルクは凍りついた。


「罰した...?」


レオニスが繰り返した。


「はい」


フィリアは当然のように答えた。


「不敬を働いた市民を。当然のことです」

「王女殿下」


ヴァルクが慎重に言葉を選んだ。


「しかし、あれは一方的な暴力であり――」

「勇者様の正義です」


フィリアはきっぱりと言った。その目には、一点の曇りもなかった。


レオニスとヴァルクは、言葉を失った。フィリアは続けた。


「勇者様は、神の使い。その行いは全て正しいのです。市民が勇者様にぶつかるなど、あってはならないこと」

「フィリア...」


レオニスが娘の名を呼んだが、それ以上何も言えなかった。


フィリアは満足そうに微笑み、部屋を出て行った。残されたレオニスとヴァルクは、長い沈黙に包まれた。


「陛下...」


ヴァルクが震える声で言った。


「王女殿下まで...」

「止められぬ」


レオニスは玉座に崩れるように座った。


「もはや、誰にも止められぬ」




同日の午後、城下町の酒場では被害者の友人たちが集まっていた。殴られた男――トーマスは、自宅で療養中だった。彼の友人である大工のハンスは、怒りに震えていた。


「勇者が何だ!」


ハンスはテーブルを叩いた。


「人を殴っていい理由にはならない!」


しかし、酒場にいた他の町人たちの反応は冷たかった。


「お前、声が大きいぞ」


一人が警告した。


「そうだ。勇者様を侮辱するつもりか?」

「しかし!」


ハンスは叫んだ。


「トーマスは何もしていない!ただぶつかっただけだ!」

「それが不敬だろう」


年配の男が言った。


「勇者様にぶつかるなど」

「彼が勇者様を怒らせたのが悪い」


別の町人が頷いた。


「むしろ、勇者様に許していただけて幸運だ」


ハンスは信じられない思いで周囲を見回した。


「お前たち、正気か?友人が殴られたんだぞ!」

「友人?」


誰かが冷たく言った。


「勇者様を侮辱する者の友など、恥だな」


ハンスは、周囲の視線が冷たくなっていくのを感じた。彼は孤立していた。誰も、彼の味方をしない。


「...分かった」


ハンスは立ち上がった。


「もういい」


彼は酒場を出た。外の通りには、相変わらず勇者の像があり、人々が祈りを捧げていた。


ハンスは、その光景を見て――吐き気を覚えた。




夜、ヴァルクは自室で一人、机に向かっていた。蝋燭の灯りが部屋を照らし、羽ペンが羊皮紙の上を走る。


彼の前には、記録が積まれていた。ルーンベル村の破壊。市場での略奪同然の行為。訓練場での暴行。そして、市民への殴打事件。


ヴァルクは羽ペンを置き、書かれた文章を読み返した。


「勇者たちは、災厄である」

「このままでは、王国は内部から崩壊する」

「止めねばならない」


しかし、どうやって? ヴァルクは深く考え込んだ。民衆は勇者を崇拝している。王女も、貴族の多くも、彼らの側だ。法も秩序も、もはや機能していない。


だが――。


ヴァルクは立ち上がり、窓の外を見た。城下では、勇者の像が月光に照らされている。


「国が壊れる前に、止めねば」ヴァルクは呟いた。その声には、強い決意が込められていた。


彼にはまだ、具体的な計画はなかった。しかし、一つだけ確かなことがあった。


このままでは、アルディス王国は滅ぶ。


そして、それを防ぐためには――勇者を、止めなければならない。


どんな手段を使ってでも。




深夜、レオニス王は執務室で一人、窓の外を見ていた。城下の勇者の像が、松明に照らされて光っている。人々は今も、その前で祈りを捧げていた。


しかし、その光景は――もはや希望には見えなかった。


レオニスの心には、深い孤独があった。


「私は王として、民を守らねばならない」


彼は呟いた。


「しかし、民は勇者を崇拝している」


彼の手が、窓ガラスに触れた。


「勇者から民を守れば、民は私を恨む」

「民の意志に従えば、国は崩壊する」

「ならば――私は何をすればいいのだ」


答えは、なかった。


レオニスは、自分が完全に孤立していることを理解していた。娘は勇者の信奉者となり、民衆は狂信に陥り、貴族たちも大半が勇者を支持している。


味方は――ヴァルクと、わずかな騎士や貴族だけだ。


「この国は...」


レオニスは窓に手を当て、静かに呟いた。


「どこへ向かっているのだ」


月が、冷たく輝いていた。


城下では、人々が勇者の名を唱え続けている。


そして――その声は、レオニスには――。


悲鳴のように聞こえた。

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