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鏡花という生き物を飼っている。種族、人間。性別、雌。外見、普通。髪だけは艶があり、七変化する。性格、時と場合によりけり。だからこそ、人が知らない一面も見抜いている。
「えー楽しくない人生とか死んだも同然だよぉ。楽しくないと思った瞬間、鏡花はビルの上からフライ・ア・ウェイしたくなるよぉ」
鏡花が見知らぬ誰かと話している。俺の知っている顔ではない。女性であるからして、きっと友人の一人であろう。そんな友人は鏡花のその発言を聞いて、ケラケラと笑っている。ただのブラックジョークと見たようだった。
あれは冗談ではない。誠に本心。嘘偽りなく吐き出された言葉である。しかし如何せん表情や声の高さが本気とは思えないもので固められている為、そうは思わせてくれないのだ。
「おい」
俺が話しかけると、華が咲いたような笑顔を浮かべ、その見知らぬ女性に手を振った。どうやらこれで一度サヨナラするらしい。
あどけなく俺の後ろを着いて歩く鏡花は、犬の様に従順に、今だけは無駄吠えもしなかった。
「お前、人生が楽しいと思った事、あるのか?」
振り返ると同時にそう問い掛けると、唖然とした顔がそこにあった。目を見開いて、口を半開きにし、今の答えが信じられないと言った様に愕然としている。それこそ、今の問い掛けが図星だと言うように。
鏡花という生き物は、生存戦略の優位に立つ為に、数多の人格を備えている。気分によって繰り出される人格が激しく変わるのだ。其れは意識が統一された多重人格の様に。
そんなボロボロになってまで、必死に生きている奴の人生は、果たして楽しいのだろうか?
「意地悪だ。君は……」
「俺は何時でも意地が悪い。其れはお前が身をもって知っている事実だろ」
お前を甘やかさず、ほっぽって、時折背中を座布団にし、必死になるお前の姿を楽しむ輩だぞ。しかしそれでも何故か懐いて傍に居たがる。不思議な生き物である。
「君といる時は楽しいよ。……人格変えるの忘れるぐらい」
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