カーテン

深山

第1話 恋する人

 昨晩はカーテンを閉め忘れてしまい、雪が朝の陽ざしを反射する眩しさで目を覚ました。暖房も入れ忘れてしまっていたようで、起こした体が芯から冷えているようだ。タイマーで自動的にオンになったテレビから、今朝の天気が聞こえてくる。どうやら昨日に続き、今日も一日雪が降るらしい。

 新しい年を迎えてから数週間が経った。お祝いの雰囲気も徐々に薄れ、寒々しい日が続いている。特に寒く感じているのは季節のせいだけではなく、同居している彼が出張で不在だからかもしれないと思い至る。いつもなら2つ並んでいるはずのマグカップが1つしかないテーブルを見て、より寂しさを募らせる。

 朝食や身支度を簡単に済ませ、出勤前の憂鬱さを感じながらコートを着込む。マフラーをしっかり巻きつけ、手袋を着ける。本当に今日は寒い。生きものがいないような冷たい部屋に、いってきますと声をかけて自宅を後にした。

 今日は厄日だろうか、というほどに仕事が進まなかった。今朝、彼に会えなかったのが響いているのかもしれない、とお花畑のようなことを考えてしまうくらいには何もできなかった日だと感じた。

 私の主な業務は、高齢者の生活についての相談対応がメインであるが、まず基本的な情報を管理するパソコンが不具合で開かなかった。情報システム課に問い合わせようとしたものの、ずっと通話中でつながらない。仕方なく、状況を報告しておこうと、あまり好きではない上司に相談したところで無視をされ、いや、正確には電話対応が入ってしまったので後回しにされてしまった、が正しいのかもしれないが、結局のところ私のパソコンは一日使えなかったのである。言い訳がましくなるが、パソコンが開かなかったとはいえ、同じシステムを使っているため、同僚や後輩のパソコンを必要時に借りることでどうにかやり過ごすことは可能だった。仕方なく、あまり得意ではない電話対応や窓口対応を、積極的に行うようにした。何もしないというのは、私の気持ちとして穏やかではないのだ。しかし、そういう日に限って、いたずら電話が多く、今日もほとんどが無言電話で私の苛立ちを募らせた。

 そんなこんなで疲れ果てた状態で今日の勤務を終えた私は、とぼとぼと彼のいない部屋に帰るのである。思い返してみれば、職場の暖房も十分に入っていなかったのではないかと思う。こんな寒い日に凍えながら仕事をしていては、余計に疲れてしまうに決まっている。

 気持ちに比例するように足が重い。気圧うんぬんで体調を崩したことはないが、今日は肩の上に誰かが乗っているような重さを感じている。普段なら仕事でも高齢者についての問題をバシバシと解決し、自分の仕事に自信を持ったまま帰路についているのだが、今日のような日は初めてだと、降り続ける雪さえ憎らしく思えてくる。夕食をどうしようかと悩んでいるうちに、そういえば彼の部屋のベランダにまとめたままの粗大ごみがあったことを思い出した。彼が出張から帰ってくる前に片づけなければならない。

 寒々しい自宅に到着し、コートやマフラーを外す。テレビを消し忘れたようで、真っ暗な部屋にニュース番組が流れ、テーブルに置かれた今朝のマグカップを照らしていた。今日は本当にダメな日だったな。彼に会いたい気持ちを抑えきれず、リビングから続く誰もいないはずの彼の部屋をちらと見る。

 瞬間、心臓が飛び跳ねた。ここに居ないはずの彼のベッドの上に、誰かが居るのだ。横になっているようで、微動だにしない。私が帰宅したことにも気が付いていないのかもしれない。

 警察を呼ぶのが先か、様子を伺うのが先かと一瞬考えたが、誰が彼の部屋にいるのかを確かめない訳にはいかず、飛び出しそうな心臓を押さえつけて、ゆっくりと彼の部屋に入る。

 横たわる人物の顔を見たとき、今日の重苦しさの原因が分かったような気がした。彼のベッドに横たわっていたのは、私自身の死体だったのだ。ちょうど心臓の位置、自宅で使っていた包丁が深々と刺さっている。肋骨を避けるように横向きに刺さっているのがなんとも殺意を感じさせる。

 気が付けば、私の胸にも包丁が刺さっており、冷たい血液が胸からあふれ出していた。眠りにつくように意識が飛んでいく中、相変わらずの寒さを感じていた。


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