第5話 スリの少年

「みんな、お待たせ!」


 少年が袋小路となっている裏路地に息を切らしながら駆け込むと、奥の壁際に積まれた木材の頂上に座る『お山の大将』が、ドスの効いた声でこう喝破した。


「遅えぞマルコ! どんだけ待たせんだよ、あぁ!?」


 ボスである彼を含め、その裏路地には十人近くの不良少年が屯していた。


「ご、ごめん、中々チョロそうなのが見つからなくてさ……でもほら、ちゃんと財布盗ってきて……あれ?」


 自らが着ている上着のポケットに手を入れたマルコだが、手の感触に違和感を覚える。

 恐る恐る中身を取り出してみると――


「なんだよそれ、時計じゃねえか!」

「ご……ごめんよヘス!」


 『お山の大将』もといヘスに怒鳴られたマルコは、顔を青ざめさせて必死に謝る。


「そ、その……見た感じ子供だったから財布しか持ってないと思ったんだけど……う、ううん、ちゃ、ちゃんと確認するべきだったよね!」


 先日「うぜえ顔してる」という理由で殴られたことを思い出したマルコは、そこで無理矢理笑う。ヘスはそのぎこちない笑顔を少し眺めた後、木材の下に控えている二人の少年に顎の動きだけで指示をやった。


 ヘスの意図を察した二人の少年は、マルコの後ろに回り、それぞれ左右の肩をがっちりホールドする。自分がこれから何をされるか悟ったマルコは抵抗するでもなく、ヘスが立ち上がってゆっくり歩み寄ってくるのをただ眺めた。


 (今日はお腹からかな……)


 マルコはそう判断し、ヘスが目の前まで来た瞬間腹部に思いっ切り力を入れる。


「……ぐっ!」


 予想は的中し、腹部に鈍い痛みが走った。人を殴る時、ヘスという少年は決して何も語らない。その方が、相手がより恐怖することを知っているからだ。


 二発目、続いて三発目も腹を殴られ、そこで祖父の形見のハンチング帽が地面に落ちる。

 その後もヘスは何度も何度も、無言でマルコの腹を殴り続けた。


「――すいませーん」


 場の雰囲気に似つかわしくない呑気な声が聞こえて、ヘスは殴るのを止める。ぐったりしているマルコの少し後ろに、背の低い銀髪の少年が不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「あのぉ、さっきそこで時計落としちゃってぇ、探してるんですけどぉ」


 銀髪の少年――ジークは耳につけた星型のイヤリングを揺らしながら、マルコの足元をうろつく。


「あー、これこれ」


 懐中時計は、マルコの左腕をホールドしている少年の足元に落ちていた。


「こんなとこにあったんだ。いやいや、よかったぁ。これ死んだおっかさんの形見で、すごーく大切な時計なんですよぉ」


 時計を拾い上げたジークは、何度も手で払って砂汚れを落とし、大事そうにポケットにしまう。

 その様子を黙って見ていたヘスだが……やがて右の手の平を上に向けて、自らの斜め前に差し出す。すると、後方の壁に腕を組んで寄りかかっていた背の高い少年が動いた。木材の端に立てかけてある鉄パイプを手にした彼はヘスの傍まで歩み寄り、それを手渡す。


「なあ、お前――こういうので殴られたことあるか?」

「嫌だなぁ、あるわけないじゃん。俺は皇都育ちだからな、君達みたいなガラの悪いのとは同じ空気を吸ったことすらないのだよ」


 ジークがあからさまに挑発すると、


「へえ、じゃあ今日初めて殴られるわけか……よかった、な!」


 ヘスは鉄パイプを両手で握り締め、彼の側頭目がけて思いっ切り振り下ろす。


 その一撃はクリーンヒットしたが、全身に高濃度の魔力――《魔術結界》を纏っている《魔術師》に通常の物理攻撃は一切効かない。

 つまりは鋼鉄の塊を全力で殴ったようなもので、逆に殴った方にダメージがいくのである。


「っ!」


 両腕に衝撃が走ったことに驚いたが、なぜそうなったか、ヘスは理解できない。 

 それもそのはず、ジークの歳でここまでの濃度の魔力を纏える者はそういない。


何が何やらわからないまま、少年は襟元を強く掴まれ――左の頬を起点として体中に衝撃が走った。


 ジークが拳を振り抜き、ヘスの巨体は地面に倒れ沈む。

 彼は一瞬にして意識を失い、白目を剥いたままぴくりとも動かなかった。


「お、おいヘ、ヘス……う……嘘だろ……」


 事態の大きさにワンテンポ遅れて気づいた取り巻きが、俄かに騒ぎ始める。

 ジークはそんな有象無象を、怒りに燃える瞳で睨みつける。


「てめえら、弱えやつ虐めて悦に浸ってるんじゃねえよ――次見かけたら殺すからな」


 ジークが凄んで脅すと、不良少年達は蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。

 

 ヘスに鉄パイプを渡した背の高い少年だけは近くにいた手下を捕まえ、その手下と共に、倒れて気を失っているヘスを左右から抱え上げる。


「くそっ……憶えてろチビ野郎!」


 そんな捨てゼリフを吐きつつ、背の高い少年は敬愛なるボスを引きずりながら逃げた。

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