第2話 州都エリーセ

 汽車は予定通り、終点のエリーセ中央駅に到着した。

 駅には鉄道会社から通報を受けて至急駆けつけた警察官が大勢いた。本来なら、制圧したテロリストを警察に引き渡すのはジークの役目である。

 しかし、彼はその役目をアルフォンソに押しつけた。


「じゃ、後は頼んだぜ会士様」

「あ、ちょっと君!」


 アルフォンソの制止を聞かず、ジークとチアヤはドアが開いた瞬間、列車から降りて行ってしまった。アルフォンソは慌ててその後を追ってホームに降りたが……その姿はもうどこにも見当たらなかった。




 エリーセ中央駅正面を起点として南北に延びるエリーセ中央駅通りを、ブラウンの革製トランクを持った銀髪の少年と、腰に刀を差した黒髪の少女が南に向かって歩いている。


「お兄様は相変わらず人と接するのが苦手ですねぇ。まあ、お姫様抱っこしていただいて私的には大満足ですけど」

「おい、まるで俺がコミュ障みたいな言い方をするのはやめろ。俺はただ人と話すのがめんどいだけで、決してコミュ障などではない……会士とはちゃんと目見て話したし」


 事件の噂を聞いて大騒ぎしている市民を傍目に、二人は駅からどんどん離れていく。


「ああいう優しい感じの人とは話せるんですよねぇ――それと、凶悪な犯罪者と対峙してる時も!」

「あのな、俺だって仕事の時はちゃんとするよ」

「捕まえた犯罪者の身柄を当局の捜査機関に引き渡すのも、れっきとした仕事なのですが?」

「……今日はやけにつっかかってくんな……」


 ジークが苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべると、チアヤはすぐに反駁する。


「私は妹としてお兄様を心配してるんです! お兄様、本当はとーってもお茶目でキュートな性格をしてらっしゃるのに、このままじゃ世間から変な風に誤解されて爪弾きにされてしまいそうで……」

「俺達、もうとっくに世間から爪弾きにされてるだろ」

「いいえ、まだです。私達が《調停官》である内は、まだ」

「そうかな…………いや……そうだった」


 チアヤの言葉に思うところがあったジークは、途端真面目な顔になって頷く。


「んで、その《調停官》で居続けるために俺達はわざわざ汽車で六時間かけてこの町まで来た」

「その通りです。そして、《調停官》で居続けるため、『赤髪天パ男』もといセシル様が唯一コンタクトを取ってくださった方のお屋敷へたった今、私達は向かっているわけです」


 ジークは左のこめかみに指を当てて記憶を辿る。


「確か、名前は……何だっけ?」

「アミリア大公クラウス・シャスティリアン様です。かつて、ここアミリア州が独立国だった時代国王だった方で、現在皇国に四人いる大公の内の一人です」

「ああ、なんかその……昔学校で習った気がするわ、四人の大公の名前とか」


 尊ぶべき四人の大公の名前は、一人を除いては思い出そうとしても絶対に思い出せない自信があったので、思い出す素振りすらしないジークである。


 チアヤはそんな不甲斐ない兄を横目でじっと見つめる。


「そういえばお兄様、私がこの間貸した『大皇国通史』全然読んでないでしょう?」

「う……だって難しい単語が多くて……それに文字も小さくてそうそう読む気起きないんだもん」

「ダメですよ、お仕えする国の歴史はちゃんと学んでおかないと。任務に支障が出る可能性だってあります」

「確かに人間同士の争いには大抵歴史的背景が絡んでるもんな……こういう仕事に就くんなら国史学の授業ちゃんと聞いとくんだった……」


 人々の間を取り持つこと、名前の通り『調停』するのが《調停官》の建前上の職務である。であるからして、争いの種となることの多い歴史問題は輪郭だけでも把握しておかなければならない……ということは、ジークも重々承知している。

 だが、彼は座学全般、特に文字を読むのが大の苦手だった。対照的に、本の虫であるチアヤは活字中毒と言えるほどである。


 ――その時、二人の横を駅からの辻馬車が駆け抜ける。

 エリーセ宮殿まではエリーセ中央駅から徒歩で一時間はかかるから、本来なら辻馬車に乗って然るべきである。


「そういや馬車に乗るって発想なかったな……荷物持ちながら歩くのもだるいし、ここらで空いてる辻馬車でも拾うか?」

「いいえ。それはやめておいた方が賢明だと思います」

「どうしてだ?」


 ジークが問うと、チアヤは少し声量を落として返す。


「アミリア人の間には伝統的に《魔術師》を目の敵にする風潮があるそうです。特に、国に仕える《国家魔術師》の嫌われようは一入で、石が投げつけられることもあるとか」

「ああ、その話か。よく聞く話だが、まさかそこまで嫌われてるなんてこと……」


 そう言いつつ、ジークは周囲を見回す。すると、ちょうど道を挟んで反対のアパートメントの壁際にたむろしている若い男数人が二人をじっと見ていた。

ジークはすかさず彼らから視線を逸らす。


「なら、尚更馬車を使った方がいいんじゃないか?」

「ええ、ですが、私達を乗せてくれる馭者がいるかどうか。聞いた話だと、この町の辻馬車の多くは《ロッソファミリー》の息がかかってるらしいので」

「そりゃダメだ」


 ジークが即答するのも当然だった。非合法組織として皇国の裏社会で暗躍する《ファミリー》は、そのほとんどが《魔術》及び《魔術師》を嫌い、敵視している。中でもエリーセを根城としている《ロッソファミリー》は、伝統と規模の点において大陸五指に入るいわゆる《五大ファミリー》の一角として有名である。さすがのジークも、それくらいの常識はあった。

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