最終話 仁義と、紙一重の先


​「オオトモさん、休憩は要らないか?」

 ロドリゴが心配そうに聞いてくる。

「戦いを模してるんだろ? 優しいねぇ、戦闘中に休憩か?」

「フッ、そう言うと思ったよ。アンタならな」

 ロドリゴは苦笑し、表情を引き締める。

​「団長、前へ!」

​ ダミアーノがゆっくりと進み出る。

 片手剣を携えた、オーソドックスな剣士。

 だが――。

​ 対峙した瞬間。

 俺の中の「エンターテインメント」が、音を立てて凍りつき、砕け、霧散した。

​ 血が、心臓が、凍てつく。

 凍てついた血が、全身を駆け巡る。

​(……ヤベェ。本物だ)

(しかも、極上の本物だ)

​ ただ立っているだけで、空間が歪むような圧。

 深海に引きずり込まれるような錯覚。

 ダミアーノに呑み込まれる!

​ パーン!

​ 俺は自分の頬を強く張った。痛みで意識を現実に繋ぎ止める。

​ 俺は中腰になり、右手のひらを上にし、突き出す。

 左手を、曲げた左膝に乗せる。

​ ――仁義を切る。

​「お立会いくだされ。

 まずは御礼、申し上げ奉る。

 名を、オオトモと申します」

​ 朗々とした声が、静まり返った鍛錬場に響く。

 皆が戸惑う中、ダミアーノだけは、微動だにせず俺を見ている。

​「何の因果か迷い迷いて、流れ流れてこの街へと辿り着き候。

 背負うべき“ケジメ”もいつしか失い、気づけばチンケなゴロツキの成れの果て」

​ そして強くダミアーノを見据える。

​「されど、迷子の如きこの身なれど、なお捨てきれぬものが三つある。

 ひとつ、面子。

 ひとつ、看板。

 そしてひとつ、誇り」

​ 俺は一歩、踏み出す。

​「本日、この場に参上仕(つかまつ)ったのも何かの縁。

 かくなる上は、御身の御高名、しかとこの胸に刻みたく……。

 いざ一手、御教示願い奉りまする」

​ 俺の口上が終わると同時に、ダミアーノが剣を構える。

 切っ先が、真っ直ぐに俺の眉間を指す。

​「……見事な覚悟だ。受けよう」

​ 空気が張り詰める。

 ここからは――極道の領域だ。

​「始め!」

​ ダミアーノが左八相に構えを変える。

 圧が違う。まるで重力の中心がそこにあるようだ。

 握る拳に力が入る。

​ シュン!

​ 閃光一閃の袈裟斬り。

 俺は左に飛び退き、転がり起きる。

 視えねぇ。手が動く瞬間に、剣が消える。

​ ゆっくりと左八相に構え直すダミアーノ。

 シュン! シュン! バサッ!

 閃光の袈裟斬りからの、斬り上げ。

 俺は躱したが、服が「斬れた」。

(模造刀で服を斬るかねぇ……)

​ 今度は突きの構えを取る。

 ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!

 神速の突き三連撃。

 大きく飛び退くしか出来ない。

 「力」「速さ」「技術」。全てが格上。極上だ。

​ ……仕掛けるか。

​ 両拳をやや上に構える。

 じわりじわりと摺り足で間合いを狭めていく。

 ダミアーノが突きの構えをとる。

 半歩、間合いに入った!

 突きが来る。

​ 釣れた!

​ 俺はバックステップで下がり、剣を持つ手に手刀を落とす――。

​ スカッ!

​(……読まれていた!)

 ダミアーノは突きの軌道を瞬時に変え、内側にずらして手刀を躱した。

 その反動を使い、斬り上げて来るのが解った。

 俺は飛び込み前転のように前に転がり、なんとか死地を脱する。

​ ゆっくりと立ち上がり、身なりを正す。

 小細工は通用しない。打つ手なしか……。

​ スゥー……ハァー……。

​ 俺は大きく深呼吸をする。

 足を前後に開く。

 右拳を上に向け、脇腹に引き絞る。

 左手は広げ、斜め下に突き出す。

​ 目を瞑り、もう一度深呼吸をする。

 雑念を消す。策を捨てる。ただ、一点を穿つイメージだけを残す。

​ 目を開ける。

「待たせたな」

 ダミアーノが上段に構え、ジリジリと間合いを狭める。

​ 上段からの、神速の振り落とし。

​ 俺は左に躱し、正拳を打ち出す。

​ 足の位地、上等。

 身体の捻り、上等。

 全身の筋肉が、ただ一撃の正拳を打ち出す為だけに収縮する。

​ 俺の正拳が放たれるのと、

 ダミアーノが剣を斬り上げるのが、重なる。

​ バジャッ! バギィ!

​ 二つの鈍い音が響き――。

​ 刹那の静寂。

​ そして……トン。

​ ダミアーノの剣の切っ先が、優しく俺の首元に当てられた。

​「勝者、ダミアーノ!」

 ロドリゴの声と共に、歓声が湧く鍛錬場。

​ あと、2センチ。

 あと2センチ違えば、完全に顔面を捉えていた。

​ 俺は両膝から崩れ落ちる。

 ゴトッ。

 懐から、へし折れた木剣が落ちた。斬り上げを受けた衝撃で砕けたのだ。

​「良い覚悟だった」

 見上げると、ダミアーノが左目尻から血を流しながら、手を差し伸べている。

 しばらく見合った後、俺はその手を取り立ち上がる。

​ ロドリゴが駆け寄り、俺の右脇腹を見る。

「これは……骨がいってるかもな。治療室へ早く」

 言われるままに治療室に向かい、座る。

「これを飲め、治療薬だ。完治はしないが治癒を早めてくれる。ほら早く」

「……要らねぇ」

「オオトモ?」

​ 俺は自分の拳を見つめる。

「あと、2センチだった……。紙一重かもしれねぇが、その一重の先が遥か先にあった。……届かない。完敗だ」

「オオトモ……」

「この痛みは、この負けと一緒に身体に覚えさせる。迷子の俺には勿体ない位の、団長の矜持だからな」

​ 俺は椅子から立ち上がる。

「ロドリゴ、帰るわ。悪いが団長に礼を伝えてくれ。『勉強になりました』ってな」

 俺は鍛錬場を後にした。

​      ◆

​ 俺を見送ったロドリゴは、別の治療室に向かう。

「団長、大丈夫ですか?」

 ダミアーノは止血だけを済ませ、目を瞑り座っていた。

「ロドリゴか。オオトモは?」

「はい。完敗だ、勉強になったと言い残し、帰って行きました」

​「完敗、か……」

 「ロドリゴ、先の試合な。『試合』であれば私の勝ちだ。……だがな、『死合い』だったら私の負けだ」

「ですが……誰が見ても、オオトモ自身でさえ負けを認めています」

「木剣や模造刀ではなく、『真剣』だったらどうだ?」

「真剣だったら……!」

​ ロドリゴがハッとする。

「気付いたか。木剣だったから、衝撃に耐えられず折れた。真剣(ドス)だったら折れはしない。

 折れていなければ、奴が踏み込んだ時、半歩……いや数ミリ深く入れただろう。私の剣が届くより、奴の拳の方が早かったさ」

​ ロドリゴは驚愕で声が出ない。

​「百回戦えば、ほぼ百回とも私が勝つ。全てにおいて私の方が上だ。

 だがな、奴は正拳突きひとつに全てを賭けた。真剣勝負でもそうしただろう。その覚悟が、1%に満たない勝ち筋を手繰り寄せたのさ」

​ ダミアーノは目尻の傷に触れる。

「大したヤツだな。紙一重で、負けたよ。この傷は痛みと共に、思い出に残そう。……ヤツは、まだまだ強くなる」

​      ◆

​ 宿屋に戻る帰り道。

 ぐぅ~と腹が鳴る。そういえば、丸二日何も食べてない。

「腹減った」

 夕食前で食堂は混み出している。俺は適当に賑わう店に入り、オススメを頼んだ。

​ 周囲は呑んでるヤツ、食事を楽しむヤツ、給仕の女にちょっかいをかけ怒られているヤツ……様々だ。

 それをしばらく眺めていると、

「お待ちどう! ウチの看板料理、鹿肉のスープと鹿肉の野菜炒め、それとパンだよ!」

 美味そうな湯気が上がっている。

​「いただきます」

 手を合わせ、食べる。

 肉と野菜炒めを口に入れる。スープを飲む。パンをかじる。

​ こりゃ……不味い。

 ひでぇ不味さだ。

​ 肉は臭いし硬い。スープの肉も同様で、野菜も硬いし、味が薄い。

 ダシも香辛料もなく、塩味だけ。パンも不味いし、硬い。

 呆然と料理を見つめる。

​(……そうか!)

​ 現代の料理は、この時点から何百年という時間を掛け、星の数程の人達によって、品種改良、保存技術の向上、調理器具の改良、調理方法の改善と開拓、調味料の進化とダシ文化の構築がされて行くのだ。

 だったら、この料理は「産まれたて」か。

​ 若返り、背中のアレ(刺青)が消えたことを思い出し、産まれたての料理を見る。

​「なんだよ。この料理は、『俺』か……」

​ 捨て難いな。

 腹の底から笑いが込み上げて来る。我慢できねぇ。

「くっ、ははははッ!」

 声を出して笑う。周囲が驚き、こちらを見る。

 俺は立ち上がり、詫びる。

「すまない! 今日田舎から出てきたばかりで、田舎じゃこんな美味い料理は食べたことなくてな、つい」

​ 給仕を呼び、懐から金貨一枚を渡す。

「これで、出せるだけ酒と料理出してやってくれ。俺からの詫びだ」

 店内が歓声に包まれる。

​ 俺は座り、残りの食事を平らげ、店を出た。

 客や給仕から礼を言われ、ヒラヒラと手を振り返答とした。

 自然と、肩で風を切る。

​ 登ったばかりの月を見る。

 ダミアーノ戦を思い出す。店内のやり取りを思い出す。

 背中のケジメは無くても、心は変わってない事に気がつく。

​「悩む事なんて無かったのか。こちとら異世界二日目の新生児だ、バカヤロウ!」

​ 俺は、拳を月に突きつける。

​「これ(拳)があれば上に行けると信じてた、ガキの頃みてぇに……。

 ステゴロでやってやる、この世界でな!」

      ◆ ◆ ◆


東西、東西(とぉ〜ざい、とぉ〜ざい)!

​読み切り版『ステゴロ最強』の一席(いっせき)、これにて読み終わりと相成りまする。

​さて、異世界に咲き乱れるは、ステゴロという名の徒花(あだばな)。

魔法も剣もへし折って、見せるは男の意地ひとつ。

不味い飯さえ笑い飛ばす、オオトモの生き様……。

​皆様方、お楽しみいただけましたでしょうか。

​もし、この男の暴れっぷり、

「面白かった」「続きが見たい」と、皆様方の御胸(おんむね)に響きましたならば……。

画面の下にございます**「★(星)」という名の「お捻(ひね)り」**を、ポイッと投げてやっておくんなせい。

​それが、何よりの演者(作者)の励み、明日の飯の種となりまする。

​なお、この男が「組」を興(おこ)し、異世界を「シマ」へと変えていく……。

その壮大なる長き旅路は、こちらの**【本編】**にて、たっぷりと語らせていただきます。

​▼本編はこちらから(多少設定が異なります)

https://kakuyomu.jp/works/822139839856294736

​それでは皆様、またの機会に。

隅から隅まで、ずずずいーっと、御(おん)願い申し上げ奉りまする。

​(完)

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『極道転生【短編】 その男、異世界ステゴロ最強No.1』 泳鯉登門 @ragrag

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