三日間の余白

不思議乃九

 やんちゃな黒猫のルナが家を出てから、きっちり三日が過ぎた。


一日目、私はまだ余裕があった。

ルナは“探検家”で、ひょいと冒険に出ては、夕方にお腹を空かせて戻ってくる猫だったからだ。

「また帰ってくるよ」と、そう思い込もうとしていた。


二日目、胸の奥に黒い影が落ちた。

夜中、玄関の前にしゃがみ込み、スマホのライトを闇へ向けて何度も振った。

返事はなかった。

ルナがいない部屋は、空気が半分抜け落ちたみたいだった。


三日目、焦りは静かな諦めへ変わった。

誰かに拾われたか、車に轢かれたか──

思い浮かぶ未来はどれも、口に出したくないものばかりだった。

私はルナの食器を洗った。

それはもう、ただの陶器に戻っていた。


そして、三日目の夜。

午後十時。

玄関の錠が、ごく小さく「カチャ」と鳴った。


私は反射でドアを開けた。


ルナがいた。

泥ひとつ付いていない黒い毛並み。

家を出た日よりも、つやつやしてさえ見えた。


「ルナ…!」


抱きしめると、ルナは低く長く喉を鳴らした。

その甘え声は、いつもの“やんちゃな猫のそれ”ではなかった。


ルナは私の腕からするりと抜けると、

エサには目もくれず、まっすぐリビングの真ん中へ。

背筋を伸ばし、壁の一点を見つめたまま動かない。


その視線は──

三日前までのルナが見ていた世界とは、まるで違っていた。


私はルナの隣に座った。

同じ方向を見たけれど、そこには何もない白い壁しかない。


けれど、ルナだけは知っているようだった。

この家のどこにもない、“別の場所”の続きを。


その瞬間、私は気づいた。


ルナは三日間の冒険で、

**「猫が二度と帰らなくなる理由」**を、

たった一つだけ見つけてしまったのだ。


──それでも、帰ってきてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三日間の余白 不思議乃九 @chill_mana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ