三日間の余白
不思議乃九
*
やんちゃな黒猫のルナが家を出てから、きっちり三日が過ぎた。
一日目、私はまだ余裕があった。
ルナは“探検家”で、ひょいと冒険に出ては、夕方にお腹を空かせて戻ってくる猫だったからだ。
「また帰ってくるよ」と、そう思い込もうとしていた。
二日目、胸の奥に黒い影が落ちた。
夜中、玄関の前にしゃがみ込み、スマホのライトを闇へ向けて何度も振った。
返事はなかった。
ルナがいない部屋は、空気が半分抜け落ちたみたいだった。
三日目、焦りは静かな諦めへ変わった。
誰かに拾われたか、車に轢かれたか──
思い浮かぶ未来はどれも、口に出したくないものばかりだった。
私はルナの食器を洗った。
それはもう、ただの陶器に戻っていた。
そして、三日目の夜。
午後十時。
玄関の錠が、ごく小さく「カチャ」と鳴った。
私は反射でドアを開けた。
ルナがいた。
泥ひとつ付いていない黒い毛並み。
家を出た日よりも、つやつやしてさえ見えた。
「ルナ…!」
抱きしめると、ルナは低く長く喉を鳴らした。
その甘え声は、いつもの“やんちゃな猫のそれ”ではなかった。
ルナは私の腕からするりと抜けると、
エサには目もくれず、まっすぐリビングの真ん中へ。
背筋を伸ばし、壁の一点を見つめたまま動かない。
その視線は──
三日前までのルナが見ていた世界とは、まるで違っていた。
私はルナの隣に座った。
同じ方向を見たけれど、そこには何もない白い壁しかない。
けれど、ルナだけは知っているようだった。
この家のどこにもない、“別の場所”の続きを。
その瞬間、私は気づいた。
ルナは三日間の冒険で、
**「猫が二度と帰らなくなる理由」**を、
たった一つだけ見つけてしまったのだ。
──それでも、帰ってきてくれた。
三日間の余白 不思議乃九 @chill_mana
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