アキセ〜VR世界で神パフォ連発するアバターの中の人はSNSに潰されたあの天才子役〜
五月雨きょうすけ
第0話 “アキセ”がいた
※この作品はフィクションです。
作中の主義主張が作者の代弁とは限らないということをご承知おきください
「SNSは21世紀のギロチン台である。しかもフランス革命時期のソレよりも後進的なもので、法に基づくことも裁判の判決に因ることもなく、大衆の気分で刃を落とす首を決める。比喩ではなく命が喪われることがあったとしても刃を落とした者やそれを煽った者は罪悪感を覚えることはない。むしろ犠牲者を悼むポーズを取って自身の善性をアピールし悦に浸るところまでが1セットの醜悪な娯楽だ」
高校の授業とは思えない、思想の強すぎる教師の発言に生徒たちはドン引きしていた。
20世紀後半の日本においては思想的に未熟な生徒たちに対して、執拗なまでに思想を植え付けたがる教師がいたものであるが、100年以上経っても同じような光景が繰り広げられている。
「先生。それはあまりに過激すぎる発言と思われます。SNSはコミュニケーションツールとして当時の情報流通に大きく貢献した面もあります。SNSが無ければ現代の文化史は変わっていたと思います」
「私が読んだ資料の中ではSNSによって晴らされた冤罪や明かされた犯罪について書かれていました。ギロチン台とはあくまで一側面を誇張した表現だと思います」
真面目そうな生徒たちが反論をすると、教師は好々爺じみた笑顔を浮かべ拍手を送った。
「実によろしい。感情任せの否定や罵倒ではなく、しっかりと根拠を持って私に反論してきた。あるべきコミュニケーションの形だ。人と人が対面しているからこそできることだがね」
昨今の超高齢者雇用にあやかり、生涯現役を貫く彼は齢七〇をゆうに越えているが、背筋はシャンと伸びていて高校生たちに舐められるような風体ではない。
むしろ彫りの深い顔立ちと洒落たスーツを着こなす自信に満ちた雰囲気から若い頃はさぞかしモテられたことだろうと噂されるほどで、生徒の人気は悪くない。
「世の中の物事を0か100で評価することなどできない。多面的に物事を評価した場合、どちらにもつかないところを揺蕩うものなのだから。だが、不完全で不平等なコミュニケーションの中では曖昧な正解よりも分かりやすい不正解が求められることも多い。しかし、我々は学舎の中にいるのだから曖昧な正解を求めて探究を続けよう」
意見の対立によって高まった緊張が弛緩した生徒の頭脳はストレッチ後の肉体のようなもので勉学に励むための準備が整っていた。
それを見計らっていた教師が手元のタッチパネルを操作すると、黒板が液晶モニターに変わり、スライドが表示される。
「SNS全盛の21世紀半ばの時代を語る上で、避けては通れない発明がある。それは世界初のバーチャルリアリティ世界への全意識の没入体験つまり『ダイブ』を可能としたメタソフトウェア『
スライドには教師が言ったとおり、見るに堪えない罵倒の言葉が並んでいる。
それを目にした生徒の中には涙ぐんだり顔色を変えるものがいた。
(俺の若い頃は誰もがこんな言葉を毎日摂取し続けていたんだがな、現代っ子は繊細だ)
と教師はジェネレーションギャップを噛み締めた。
「だが、ある時期を境にArcadia Shift Engineはゲーム機扱いされなくなる。娯楽の一言で片付けられない社会的な影響力を持ち始めたからだ。そのきっかけとなる出来事をこれから学んで行く上で君たちに覚えておいてほしい名前がある」
黒板を映像モードから板書モードに切り替え、教師は白チョークで力強くその名前を記した。
『アキセ』
この物語は彼の英雄譚であり、青春譚である。
● ○ ● ○
「俺さ、高校の合格祝いってことでようやく『シフター』買ってもらったんだ」
「俺も俺も! 面倒臭いよなあ、購入に保護者の許可がいるところとかさ」
「あんまり水分摂り過ぎんなよ。トイレの度にログアウトされたら冷めるからな」
「トイレ抜けたら百円罰金、漏らしたら一万円ってことで」
「ねえ、掛け声とかする? 『ダイブスタート!』とか」
「ブッ! 恥ずい恥ずい! そういうのは自分の部屋でやってくれ!」
カラオケボックスの一室で学校帰りの男子高校生たちが歌いもせずにワチャワチャと盛り上がっている。
スマートフォンと専用のヘッドフォン型デバイス『シフター』さえあればいつでもどこでもArcadia Shift Engineを使ってVR世界にダイブすることができる。
ただし、現実の肉体は気絶したように無防備な状態になってしまう。
当然、開発者は自宅にて利用することを想定していたが、普及するに連れて家の外で利用したいという声が若者を中心に高まり、カラオケボックスでVRダイブ用に部屋を貸し出すサービスが始まった。
しかも部屋を貸し出すだけでなく、VR世界に作成したサービスを割安で利用できるというオプションも販売することで、カラオケボックスの運営会社は大きく収益を伸ばしていた。
「全員、準備OK? じゃあ行くよ、せーのっ!」
「ダイブスタート!」
「だから家でやれってば————」
ガチャガチャと騒がしかった男子高校生たちがピタリと音を立てなくなり、ソファの上で動かなくなる。
Arcadia Shift Engineによるダイブの仕様ではあるが、個室内で男子高校生が揃って意識を失っている光景は不気味で異様なものである。
余談ではあるが、あるカラオケ店員がその光景を盗撮してSNSにアップし『練炭で集団自殺している高校生たち』と煽ったことで大炎上したことも記憶に新しい。
○ ● ○ ●
意識をVR世界のアバターに移し、男子高校生たちはカラオケ運営会社『サウンドパーク』が運営する架空の惑星に建てられた野外ステージに降り立った。
ロックフェスをイメージして作られたその空間には10万人を超える観客と向かい合うように作られた巨大ステージがあり、彼らの後ろには強面の外国人で編成されたバックバンドが立っていた。
「うおおおおおお! すげえすげえ! えっ、何コレ!? ヤバすぎね!?」
「あはは、初めて来るとそうなるよなあ。カラオケ代金に500円上乗せでこんな遊びできるとかすげえ時代に生まれたよな、俺たち」
「ハイハイ! トップバッターは俺だから! お前ら舞台袖に下がって!」
男子高校生の一人(今は金髪の美少年のアバターを纏う)がスタンドマイクを掴み、曲名を発した。
瞬間、バックバンドは大気を震わせるような爆音で演奏を開始する。
観客も音に乗って身体を上下させ、会場は熱気に満ちた。
「行くぜええええええ!」
金髪の美少年が威勢よくシャウトし、歌が始まった。
『サウンドパーク』の作成した惑星には何万ものライブステージが建てられている。
どのステージにもNPCの観客が満員状態に詰まっており、その総数は地球の人口より多いという噂もある。
バックバンドはカラオケ運営会社が実在のミュージシャン達と契約し、その肖像権や演奏使用料を支払うことでVR世界にそっくりなアバターで出演させている。
それだけではなく、ステージの設計はデザイナーが行い、使用される楽器類もメーカーが提供する実在のもの。
Arcadia Shift Engineの運営会社が厳格に著作権管理をしているおかげで、実在のクリエイターたちはVR世界に新たなビジネスを興し、仕事が奪われるようなことはなく共存していた。
「すっげーな。普通のカラオケレベルなのに観客がバカみたいに盛り上がってるじゃん」
「そこらへんをリアルにされたら素人じゃ楽しめないだろ。ま、カラオケ採点装置のド派手版みたいなもんよ」
「こないだバラード歌ったら前の席の女の子が泣きながら見つめてくれたよ」
「マジで!? じゃ、バラード歌おっと!」
舞台袖の男子高校生達は仲間の歌は聞き流しながら雑談に耽っていた。
カラオケボックスでやられたら冷める行為であるが、10万の大歓声を浴びているステージ上では数人の雑談など毛ほども気にならない。
マイクを持つ彼は全身全霊を叩きつけるように大声で歌い続けた。
「うは〜〜〜、これストレス解消どころじゃねえわ。他の遊びが全部つまんなくなりそう」
「とはいえ、疲れたぁ……ステージ走り回って歌うってアホみたいに体力使うわ。VRだから体は疲れないんだけど」
「俺ら五人でかわりばんこにやってコレだもんな。ミュージシャンってやっぱすげえよ」
「いやほんとにそれな。で、どうするよ。まだ一時間くらい残ってるんだろ」
2時間ほど歌い続けた高校生達は疲労困憊といった様子でステージの裏で休んでいた。
観客のアンコールを求める声が空に響き渡っている。
「なあなあ、ここらで上手い人のステージ観に行かねえ。
現在開催中のステージで評価値が上位10位以内のプレイヤーのステージはあのボックスから観に行けるんだって」
と、一見簡易トイレにしか見えないボックスを指差す。
たしかに扉のところには「1位」から「10位」のプレートがそれぞれ貼られていた。
「いいじゃん、いいじゃん。今後の勉強にもなりそうだし」
「お前、勉強なんて難しい言葉よく知ってたな」
「せっかくだから可愛い女の子だといいなあ」
『歌』は人間にとって原始より共にあった娯楽であり、文化の極みである。
近代になってもその魅力は褪せることなく、機械に歌わせることができるようになっても、AIに生成させることができるようになっても、歌が上手く人を魅了できるパフォーマーは依然カリスマ的な人気を誇り、莫大な富を得ることができる。
それはVRの世界においても変わらない。
彼らは目撃する。
歌による圧倒的な支配力がもたらす光景を。
彼らが「1位」のボックスに入った次の瞬間、ライブステージに程近いアリーナ席に転送された。
そこには彼らと同じ、NPCではないプレイヤーと思われる人間が数百と集まっていた。
「おお、すっげーな。さすが一位……って、あら残念、男か」
ステージ上に立っていたのは小柄でピンク色の髪をした少年だった。
原色で揃えられた派手な服装と大きなブーツを履いたその姿はレトロなサイバーパンクのコミックから飛び出してきたような風貌で流行ではないアバターだった。
「こういうのって一位には美少女が来るもんじゃないの?」
「別の部屋行かね?」
などと、彼らが大声で雑談してると、
「うるせえ! 喋んなクソが!」
「MCも含めてのライブだろうが!」
「ぶっ殺されたいの!?」
と周囲から総スカンをくらった。
すると、ピンク色の髪の少年が彼らを見て笑った。
マイクを通して彼の声が響く。
『どうやらリアルの観客も増えてきたみたいだね。でもケンカはしないでよ。次が最後の曲なんだからさ』
その言葉にNPCの観客が嘆く声を上げた。
続いてプレイヤーの観客も阿鼻叫喚の様相を見せた。
「い、いったい何なの? 何が行われているのココ?」
「…………このステージってさ、採点が滅茶苦茶厳しくって普通にカラオケしてたらNPCからブーイングされてゴミ投げ込まれたりするし、バックバンドがギターで殴りかかってきたりするんだよ」
「その鬼畜仕様この手のゲームに必要か!?」
高校生たちが固唾を飲んで見守っていると、ステージ上の少年が突然、バックバンドの演奏もなしにアカペラで歌い出した。
「「「「はあっ!!??」」」」
高校生たちは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
伸びやかで力強く、それでいて涙を流しながら歌っているような情感たっぷりの歌声が50万人の大観衆の耳を貫く。
長い長いロングトーンが途切れ、ドラマーがシンバルを三度強く打ち鳴らしバックバンドが演奏を開始した。
演奏を担当しているバックバンドは英国を代表する伝説のハードロックバンド。
世界中を魅了した華のあるパフォーマンスに卓越したテクニックを持つ彼らを従えながらも、まるで気負うことなく少年は歌い、縦横無尽にステージを駆け回る。
(やっ、やべえええええええっ!!! 歌うますぎ!!! 絶対プロじゃん!!!)
(に、日本人だよな? この曲、日本人が歌いこなせるもんなの!?)
(俺としたことが……男に惚れそうになってるかも……)
(あはは、ホント、ぼくらの歌ってカラオケレベルだったんだ)
先程まで喋っていた高校生たちも音を立てるのを恐れるようにして心の中で叫んだ。
しかし、少年のパフォーマンスは終わらない。
サビを歌い終わり、間奏に入ろうとしたところでギタリストからギターを奪い取ったかと思いきや、それを弾き始めた。
正確で目にも止まらぬ早弾きで繰り出すギターソロは火花を撒き散らすかのように上がりきっていた観客のボルテージをさらに持ち上げる。
ギターを奪われた伝説のギタリストは苦笑いしながら解放された両手で拍手を打って少年を称えた。
誰も見たことのない挙動をするNPCたちだが、これにはロジックがある。
サウンドパークのVRライブ体験は通常、歌の音程や声量を指標に採点し、その点数によってNPCの観客の湧きあがり方が変わるのだが、実は追加の採点対象となる隠しパラメーターがある。
それはプレイヤーの観客の興奮度合いである。
観客を沸かせるライブパフォーマンスを繰り出し、プレイヤーたちを盛り上げれば盛り上げるほど周りの観客やバックバンドのようなNPCの挙動もより熱狂的なものとなる。
ステージ上の少年にプレイヤーもNPCも、この世界さえもが魅了されているようだった。
曲が終わるとステージに仕掛けられた花火が空を埋め尽くすほどに打ち上がり、少年は光の中に立っていた。
『みんな、楽しんでくれてありがとう。またどこかで会おうね』
少年らしい屈託のない笑顔を見せると、彼の身体は光の粒と変わって物悲しく消えていった。
1日の最大滞在時間は3時間。
Arcadia Shift Engineがプレイヤーに課した絶対条件である。
VRへのフルダイブ技術が開発され、実際の運用を始めるにあたって最大の争点となったのはフルダイブが脳に与える影響であった。
シフターと呼ばれるイヤホン型のデバイスから発信する電気信号によって脳に働きかけることでプレイヤーはVRの世界に飛び込むことができるというお手軽な仕組みではあるが、脳にかかる負荷は完全に解明されたわけではない。
何しろ人類史においてそのようなことをした者は今までいなかったから。
数多の実証実験を繰り返し、安全性をある程度担保できるとされたのが3時間の壁である。
実際は非合法な治験により、20時間以上の連続使用でも9割以上の被験者に問題が生じていないことは実証済みであるがVR依存症を避けるために開発者たちが取り付けた良心ともいえる機能である。
分厚い遮光カーテンに閉ざされ、外の夕陽の色も分からないモノトーンの部屋の中で少年は目を覚まし、オーバーヘッド型のシフターを取り外した。
「ああ……気持ちよかったなぁ」
自身が生み出した奇跡のようなライブステージの余韻に浸りながら、彼は恍惚の笑みを浮かべていた。
私立黎光学院は通学日とレポート提出を柔軟に組み合わせて卒業単位が取得できる通信制の高校である。
通信制といってもスクーリングの多いクラスでは一般的な高校と同様に教室でクラスメイト同士が交流し、仲のいいグループに分かれて他愛もない話題で1日中喋っている。
昨日、カラオケボックスからダイブしていた男子グループもその一つだった。
彼らの話題は自分たちが体験した伝説的なライブのことで持ちきりだった。
「ああ〜〜〜、何度目だ、って話だけど凄かったよな! 昨日のライブ!」
「生まれて初めてだったよ。あんなに感動したの」
「お前、ダイブから戻ってきた時泣いてたもんな」
「君もね。でも本当にArcadia Shift Engine(アルエン)様様だよ。また会いたいなあ……あのライブやってた人」
教室の机や椅子に腰掛けながら輪を作っている彼らの元に眼鏡をかけた細身の少年がやってきた。クラスメイトだが普段は絡みがない。
「き、君たちもArcadia Shift Engine入ってるの?」
「おう。昨日もカラオケからダイブしてた。なに、お前詳しいの?」
「ま、まあね……これでも発売初日に手に入れていたから。毎日ダイブしてるし、SNSやまとめサイトの情報チェックしてるから」
自分のテリトリーであるArcadia Shift Engineの話題で盛り上がっているのを聞いて、居ても立ってもいられず声をかけた彼は、自分の知識を披露できることの喜びと、相手の要望に応えられるかという不安で心拍数が上昇し、声も上擦り気味だった。
「じゃあさ、サウンドパークのライブ体験でさ、1位のプレイヤーのこととかって分かったりする?」
「ああ……カラオケ屋がやってるアレね。悪いけど、あれのランキングは秒単位で変動し続けるからね。ランキングを全部まとめている暇人なんていないよ」
「チッ、使えねえな……あーあ、Arcadia Shift Engine(アルエン)って面白いけど不便だよな。オンラインゲームとかならプレイヤーの名前が頭の上に表示されたりするのにそういうの絶対ないし。あと、録画、録音、撮影全部禁止で情報が出回らないのが辛いわ」
「だ、か、ら、いいんじゃないか。現代の情報化社会ではあらゆる情報が簡単に手に入りすぎる。だけどArcadia Shift Engineでダイブする世界はこの社会と切り離されていて、自分の脳に保存された情報しか持ち帰れない。それはつまり、自分だけの体験という宝物を手に入れられるってことなんだよ」
Arcadia Shift Engineのプロモーション記事で書かれていた文言を眼鏡の少年はドヤ顔で引用する。
グループはその態度に微かにイラつくものの、言葉には納得していた。
このクラスに昨日のあの夢のようなライブを体験したのは自分たちしかいなくて、他の連中は録画すら見ることができない。
そのことに優越感を覚えずにはいられなかった。
「ああ、でも名前が分かれば有名どころならなんとかなるかもね。NPCの観客がタオルとかカードとかに名前書いて応援していなかった? あそこにはステージに上がっている人の名前が表示されるんだよ」
「えっ! そんなギミックあるの!? 全然気づかなかった……今度、俺の名前探そうっと」
「お前の名前なんてどうでもいいって! ああ、クソ見てねえよ! 先に知っとけば注意して見てたんだけどな!」
「僕、名前覚えてるよ」
「夢中になりすぎてNPCの様子なんて全然見れて————なにぃっ!?」
名前を覚えている、と言った仲間に視線が集まった。
「AKISE————『アキセ』だったよ。おっぱい大きい女の子が泣きながらカード上げてたからよく覚えてる」
「おま……あの状況で女NPC見てるとかホンモノすぎるだろ……」
「でも、アキセ。アキセか! 名前が分かったぞ。お前何か知って————「う、ウソだろっ!! 君たち本当にアキセを見ることができたの!?」
眼鏡の少年は身を乗り出し、一人一人の顔を覗き込むようにして尋ねる。
その圧に若干引きながらも皆で首を縦に振った。
「うわ……それってさ、すっごく運がいいよ。僕なんか利用人口の少ない初期からやってるのにアキセには一度も会えたことがなくてさ」
「え、何? 有名人なの?」
「有名……といえば、他にいろいろ名前が上がるけどね。Aチューバーの何某とか芸能人の誰それとか。でもアキセはそういう連中と違ってリアルの世界では全く情報発信していない、Arcadia Shift Engineの世界の中にしか現れず、しかも神出鬼没で突然人気の『星』に現れたりしたかと思えば、素人が作った過疎『惑星』に現れたりしてさ」
「星? 惑星?」
「Arcadia Shift Engine世界の公式設定だよ。君たちの行ったサウンドパークのサービスもサウンドパークが作った星で行われているって設定なんだ。とにかくアキセは自分から目立とうとしない。だけど、歌をやらせてもダンスやらせても物凄いパフォーマンスを見せるから彼の存在は伝説めいた語られ方をしている。アキセの伝説のみでまとめサイトが作られているくらいだ」
そう言って自身のスマホの画面に件のサイトを写してグループに回し見させた。
「なになに……『戦闘機を駆り、一度の出撃で50機の戦闘機と空母を沈める』『元サッカー日本代表とマッチアップし完全に封殺』『歌舞伎座で国宝級の名演を披露』『はじめてやった麻雀で大三元国士無双でアガる』『恋愛リアリティショーで立ち回り自分以外の全員をカップル成立させる』……なんなのこの完璧超人」
「あ、歌の情報もある。『伝説のロックスターHIBIKIが嫉妬したそのライブパフォーマンス』って、本当に同一人物がやってるの?」
「フフッ、いいところに気がついたね。『アキセは万能の天才』と信者たちには言われている。でも、VR世界のアバターに過ぎないからね。その道の天才たちがアキセのガワを被って特技を披露しているだけかもしれない。ガチャ○ンみたいにさ。事実、アキセにあやかろうとアバターの名前、アナザーネームをアキセにするヤツも多いんだ。別に悪いとは思わないよ。大昔のネットゲームでも当時流行ったラノベだかアニメだかの主人公の名前を真似る人が多かったらしいしね。キリなんとかとかいう」
「お前のウンチクはどうでもいいよ。それで、アキセにまた会う方法はないのかよ?」
「無いね。彼の信者がどうにか出現場所を予想しようとしたりしているが当たったためしが無いし、さっきも言ったようにニセモノも多いからパフォーマンスを見ないとホンモノかどうか判別がつかない。というか、そもそも『本当は人間じゃない』説が有力なんだ」
「人間じゃない? どういうことよ?」
「『アーキタイプ・セカイ』————略して『アキセ』。アキセは運営が用意したAIでArcadia Shift Engineを盛り上げるために投入されたって説。僕はこの説を推しているね。彼のパフォーマンスの凄さはさる事ながら金の掛け方も尋常じゃないんだ。たとえば————」
眼鏡の少年はアキセの話題が出た時からこの結論を話そうと決めていた。
Arcadia Shift Engineのユーザーが集まるSNSコミュニティのオフ会に参加した際、もっともフォロワー数の多いインフルエンサーが語っていた説であり、彼もそれに共感した。
「アルカディア入りして間もない初心者には思いもよらない斬新で高度な情報にだろう!」と言わんばかりに得意顔で演説を繰り広げていたのだが、
ガタガタガタッ!!
「うわっ、な、なに?」
眼鏡の少年のすぐ後ろの机が激しく揺れた。
机の上には黒髪の少年が突っ伏すように腕を枕に寝ている。
「ビックリしたな……アレかな? 寝ている時にガクッと段差踏み外すアレ……」
寝ている少年は「ジャーキング現象だよ」と答えたかったが、眼鏡の少年ともグループとも交流がないので黙っていた。
しかし、先ほどアキセの名前を言い出した彼が思い出したように口を開く。
「自分のことを噂されたと思ったんじゃね?」
「ん? ああ……そういやそんな名前だったな。別にお前のことなんて話さねえよ」
軽く嘲笑って、再び彼らはアキセの話題に戻る。
寝ている少年は机に突っ伏したまま息を吐いた。
(あ、あぶなかった……まさか昨日の観客が同じクラスにいるなんてな。しかもガチャ○ンだのAIだの好き勝手言ってくれちゃって。思わず吹き出すところだったじゃん)
机に突っ伏して寝たフリをしている少年の名前は明瀬光一。
Arcadia Shift Engineのユーザーであり、そのアナザーネームは『アキセ』である。
※※※※※※※※※
第0話、長いお話を読んでいただきありがとうございました。
次話からはアキセ視点で物語をお送りします。
文字数もコンパクトになりますので応援よろしくお願いします。
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