第7話:その神獣は、コンプライアンス的にNGでした。

水の都アクアリスでの「文字化けパンデミック」を解決し、英雄(?)扱いされた俺たち一行。


だが、英雄には金がない。


アレンが調子に乗って「復興支援だ!」と高級なポーションを買い占めて配ったり、自分の銅像(顔文字バージョン)を作らせようとして失敗したりしたせいで、パーティの懐事情は氷河期を迎えていた。


「金がないなら、稼げばいいじゃない」


宿屋のロビーで、アレンが紅茶(一番安いパック)を飲みながらキメ顔で言う。


『※あなたのせいです』


俺は明朝体で冷酷な事実を突きつけるが、アレンはスルーだ。


そこへ、魔法使いのリナがギルドから戻ってきた。手には一枚の依頼書を持っている。


「アレン様! 良いクエストがありました! 報酬は金貨50枚です!」


「金貨50枚!? すげぇ! で、内容は?」


「『地下水路に住み着く神獣の討伐、および秘宝・真実の鏡の回収』です」


地下水路。


RPGにおける「行きたくないダンジョンランキング」不動のNo.1、下水道ステージだ。


「……臭そうだな」


アレンが露骨に嫌な顔をする。


「俺は、もっとこう、青空の下でドラゴンと戦うような爽やかな冒険がしたいんだが」


「でも、背に腹は代えられませんわ」


エレナ王女が口を挟む。彼女はなぜか、少し頬を赤らめてモジモジしている。


「それに、地下水路……暗くて、ジメジメしていて、二人きりになったら何が起きるか分からない密室……。素敵なシチュエーションです」


『※4人パーティです』


俺のツッコミも虚しく、金欠の勇者パーティは、水の都の地下深くに広がる「旧地下水路」へと足を踏み入れることになった。



地下水路は、予想通り最悪だった。


壁は緑色の苔で覆われ、足元の水は濁り、なんとも言えない腐敗臭が漂っている。


【 現在地:アクアリス地下水路・汚泥エリア 】


【 環境:悪臭(レベル4)、衛生状態:最悪 】


俺は環境ステータスを表示する。


アレンは鼻に洗濯バサミ(売店で買った)を挟み、鼻声で指揮を執っている。


「ふんふん(進むぞ)、みんな。油断ふるな(するな)」


「アレン様、その洗濯バサミ、シュールです……」


リナが引きつった笑いを浮かべる。


道中、巨大なドブネズミや、汚泥から生まれた泥人形(マッドゴーレム)が現れたが、アレンの聖剣と俺の「文字物理攻撃」で蹴散らして進んだ。


今の俺のトレンドは、攻撃用のフォントに『勘亭流(歌舞伎のような文字)』を使うことだ。

 

うねりのある太い文字は、泥のような不定形の敵を押し流すのに適している。


『 ど ぉ ぉ ぉ ぉ ん ! 』

 

擬音語そのものを実体化させ、敵を壁に叩きつける。


順調だ。順調すぎて怖い。


「……ねえ、なんか変じゃない?」


盗賊のサラが足を止めた。

「さっきから、妙な視線を感じるの。それも、すごく……粘着質な」


サラの勘は当たる。


俺もシステム側の異常を感じていた。


さっきから、俺の視界(UI)の隅に、警告アイコンが点滅しているのだ。


【 WARNING:不適切なコンテンツを検知 】


【 審議中……審議中…… 】


不適切?


エロか? グロか?


この世界は、俺という「字幕システム」を通して観測されている。


つまり、俺のシステムが「これは放送禁止レベルだ」と判断するようなナニカが、近くにいるということだ。


「ここだ。この奥に『神獣』の間がある」


リナが巨大な鉄格子の扉を指差す。


扉の隙間からは、今までとは質の違う、生温かい風と異臭が漏れ出していた。


「よし、行くぞ。神獣だか何だか知らないが、俺の聖剣で浄化してやる!」


アレンが鼻の洗濯バサミを外し(跡がついている)、扉を蹴破った。


広大な貯水槽のような空間。


その中央に、鎮座する巨大な影があった。

「グルルルル……」


それは、伝説の神獣『ヘカトン・ヌル』だった。


……だったのだが。


「うわぁっ!!!」


全員が絶叫した。


アレンも、リナも、サラも、そして俺も(心の中で)。


その姿があまりにも……あまりにも、「生理的に無理」すぎたのだ。


全身がピンク色の肉塊。


無数に生えた触手。


表面にびっしりと浮かぶ目玉。


そして、体液を垂れ流しながら蠢く、なんとも表現しがたい器官の数々。


グロテスクでありながら、どこか卑猥。


直視しただけでSAN値(正気度)がゴリゴリ削られる、最悪のデザインだった。


「キモい! 無理! 生理的に無理!」


サラが顔を覆って後ずさる。


「神獣って聞いてたのに! ただの邪神じゃないですか!」

 

リナも杖を取り落としそうだ。

 

その時。


俺のシステムが、臨界点を超えた。


【 PI ~~~~~~ !(検閲音) 】


俺の脳内に激しい警告音が鳴り響く。


《 コンプライアンス違反を確認。映像規制を発動します 》


バシュッ!!


音と共に、俺たちの視界に劇的な変化が起きた。


神獣ヘカトン・ヌルの全身に、分厚いモザイク処理がかかったのだ。


「な、なんだこれ!?」


アレンが叫ぶ。


目の前にいたはずのピンク色の肉塊が、今は荒いドットの集合体、四角いモザイクの塊に変わっている。


サイズはそのまま、巨大なモザイクの山がうごめいている。


『※グロテスクすぎるため、映像を一部加工してお届けしています』


俺は咄嗟にテロップを出した。


俺の意志じゃない。システムが勝手に出したのだ。


「加工しすぎだろ! 何も見えねぇよ!」


アレンが抗議するが、モザイクは消えない。

 

それどころか、神獣が動き出した。


ザシュッ!


モザイクの中から、何かが高速で飛び出した。


触手だ。たぶん触手だが、モザイクがかかっているせいで、「肌色の長い棒状のナニカ」にしか見えない。


「うわっ!」


アレンが盾で受ける。


ベチャッ、という嫌な感触。


盾に、緑色の粘液が付着した。


「うわぁぁぁ汚ねぇぇぇ! なんだこの汁!」


アレンが悲鳴を上げる。


だが、俺のシステムは止まらない。


その粘液の形状すらも「不適切」と判断したらしい。


バシュッ。


アレンの盾についた粘液にも、局所的なモザイクがかかった。


「俺の盾まで放送禁止になった!?」


神獣が咆哮を上げる。


「グギョォォォォォ!!」


……という声だったはずだが、俺の音声フィルターが仕事をしてしまった。


 

『 ■■■■■■■!!(ピーーーー!) 』


「うるせぇ! ピー音が鼓膜に響く!」

 

サラが耳を塞ぐ。


視覚はモザイク、聴覚はピー音。


五感の情報が遮断された中でのボスバトル。無理ゲーすぎる。


「くそっ、見えなくても斬ればいいんだろ! そこだ!」


アレンがモザイクの塊に向かって聖剣を振るう。


だが、どこが本体で、どこが隙間なのか分からない。


剣はモザイクの端を空振りし、逆に死角から飛んできた(モザイクのかかった)触手に足を払われた。


「ぶべらっ!」


アレンが転倒する。


そこへ、神獣が覆いかぶさるように迫る。

 モザイクの巨体が、アレンを押し潰そうとする。


端から見ると、アレンが巨大なモザイクの下敷きになり、何やら激しく動いているようにしか見えない。



これが、最悪の誤解を生んだ。


「あ、アレン様……!?」


エレナ王女が目を見開き、頬を真っ赤に染めている。


「公衆の面前で……魔物と……あんなことを……!」


「違います! 食われてるんです! 物理的に!」


リナが必死に否定するが、エレナの暴走した妄想は止まらない。


「モザイクの向こう側で……触手に……ああん、私も混ざりたい……!」


ダメだこの王女。早くなんとかしないと。


(くそっ、どうにかしてモザイクを解除できないか!?)


俺はシステム設定を必死にいじる。


【 設定 】→【 表示制限 】→【 R指定解除 】……ダメだ、管理者権限がない!


この神獣のデザインは、世界の倫理規定(コード)に深く抵触している。


俺のレベルでは規制を外せない!


その間にも、アレンの悲鳴(とピー音)が響き渡る。


「やめろ! 変なところに入れるな! ぬるぬるする! ギャアアアア!」


音声だけ聞くと完全に事案だ。


(アレンを救うには、敵を倒すしかない。でも敵が見えない)


(見えないなら……俺が「描画」してやる!)


俺は発想を転換した。


モザイクを消すのが無理なら、モザイクの上から「情報」を上書きしてやればいい。


俺には「実況解説」の機能があるじゃないか。


俺は神獣の動きを解析し、その動作を「文字」で可視化する作戦に出た。


モザイクの中から触手が伸びる。


俺はその軌道上に、巨大な文字を表示させる。


『 右から触手(大) 』


「えっ? 右!?」


サラが反応して避ける。直後、その場所を触手が通過した。


「見える……! 文字で攻撃が読めるわ!」

 

俺はキーボードを連打する。


敵の攻撃予測位置に、警告テロップを乱れ打ちする弾幕シューティングだ。


『 頭上注意! 粘液落下! 』


『 足元! 尻尾なぎ払い! 』


『 正面! 謎の液体ブレス! 』


戦場が文字で埋め尽くされる。


アレンたち3人は、モザイクの敵を見るのをやめ、空中に浮かぶ俺の「文字」だけを頼りに動き始めた。


「右だ! いや左か!? ありがとうジマク!」


アレンが文字に従って転がり回る。


だが、ジリ貧だ。


避けることはできても、どこを攻撃すればいいかが分からない。


弱点は? 核はどこだ?


俺は解析モード(鑑定眼)をフル稼働させる。


モザイクの奥にある、敵のステータスデータを読み解く。


【 弱点:口腔内の水晶体 】


口だ。口の中にあるコアを叩けばいい。


だが、その「口」がどこにあるのか分からない。


全身がグチャグチャすぎて、どこが顔でどこが尻かも不明なのだ。


(くそっ、せめてモザイクが外れれば……!)


(待てよ。モザイクがかかる理由は「グロテスクだから」だ)


(なら、「グロテスクじゃなく」してやればいいんじゃないか?)


俺は閃いた。


城門に入る際に「ルビ振りによる定義変更」をやった。


ガラムとの戦いでは「技名の改変」をやった。


なら、今回は「ジャンル変更」だ。


俺は神獣の頭上にある「オブジェクト名」にアクセスした。


現在の名称:


【 神獣ヘカトン・ヌル(R-18G) 】


この「R-18G(グロテスク)」というタグが諸悪の根源だ。


俺はこれを、強制的に書き換える。


もっと健全で、子供が見ても安心な、日曜朝のアニメのようなジャンルへ!


俺は入力する。


対象タグ、全選択。


上書き。


【 ゆるキャラ獣ヘカトン・ぬるりん(全年齢対象) 】


エンターキー、ッターン!!!


世界が揺らいだ。


因果律が書き換わる音がした。


バシュンッ!


神獣にかかっていた分厚いモザイクが弾け飛んだ。


「消えた!?」


アレンが目を見開く。


そこに現れたのは――


ピンク色の肉塊ではない。


つるんとしたピンク色のボディ。


クリクリとした大きな目。


短くて可愛い手足。


そして、触手の先端には、なぜか花柄のリボンが結ばれていた。


「ぬる~ん♪」


可愛らしい声(CV:有名女性声優っぽい声)で鳴く。

「……かわいい」


リナがぽつりと呟いた。


あのグロテスク極まりなかった神獣が、サン○オショップに並んでいても違和感のない、ファンシーなマスコットキャラクターに変貌していたのだ。


粘液も、キラキラしたラメ入りのスライムに変わっている。


「これが……神獣の真の姿(改変後)……?」


アレンが剣を下ろす。

「おい、これ斬るのか? こんなつぶらな瞳で見つめてくる奴を?」



ヘカトン・ぬるりんは、首をかしげて「きゅ?」と言っている。


あざとい。完全にあざとい。


だが、騙されるな。中身はあの邪神だ。


『※アレン、斬れ。それは擬態だ』


俺は非情な指示を出す。

「いや無理だろ! 俺の好感度が下がる! 動物虐待だろ!」


「私にも無理です……かわいすぎて魔法を撃てません……」


リナも戦意喪失している。


敵が「キモすぎて戦えない」状態から、「可愛すぎて戦えない」状態にシフトしてしまった。

 

極端なんだよこの世界は!


その時。


ヘカトン・ぬるりんが、可愛らしい動作で口を大きく開けた。


「あ~ん」という感じだ。

 

その口の奥に、キラリと光るものが見えた。


水晶体。弱点のコアだ!


(今だ! チャンス!)

 

俺は叫んだ(文字で)。


だがアレンたちは動かない。


仕方ない。また俺がやるしかないのか。


いや、今回は「物理フォント」は使わない。


相手はマスコットだ。マスコットにはマスコットらしい倒し方がある。


俺はフォントを選ぶ。


ポップで、ファンシーで、この場に相応しいフォント。


『HG創英角ポップ体』だ。


商店街のチラシや、子供向けのお便りでよく見る、あの親しみやすい字体。


俺はそのフォントで、特大の文字列を生成した。


ぬるりんの口の中に、直接叩き込む!

 生成文字列:

 

 『 完 売 』


ドーン!!


コミケや人気商品のワゴンでよく見る、あの絶望の二文字。


それが、ぬるりんの口(在庫置き場)に突き刺さった。


「ぬ、ぬるぅぅぅぅ……!?」


ヘカトン・ぬるりんは、口の中に「完売」の札を突っ込まれ、ショックを受けたように目を白黒させた。


そして、ポンッ! という軽い音と共に、ピンク色の煙となって弾け飛んだ。


グロテスクな死体も残らず、キラキラした星屑のエフェクトと共に消滅した。

 

まさに全年齢対象のやられ方だった。

「……勝ったのか?」



アレンが拍子抜けした顔で言う。

『※完全勝利です』


 俺はファンファーレの文字を出した。




神獣が消えた後、部屋の奥にある台座の上に、一つの鏡が残されていた。


クエストの目的、『真実の鏡』だ。


金色の装飾が施された手鏡。


覗き込んだ者の「真実の姿」や「隠された本心」を映し出すという秘宝だ。


「これが50金貨……」


アレンがゴクリと喉を鳴らし、鏡を手に取る。

「おいジマク。これ、本当に本物か? 鑑定してくれ」


アレンが鏡を覗き込む。


その瞬間。


鏡の表面が波打ち、アレンの顔が映し出された。


だが、それはいつものイケメン顔ではなかった。


鏡の中に映っていたのは――


涙目で、鼻水を垂らし、おしゃぶりをくわえ、

 

「ママ~、こわいよ~、かえりたいよ~」


と泣き叫んでいる幼児退行したアレンの姿だった。


「ぶふっ!」


サラが吹き出す。


「なにこれ! アレンの本心!? 幼児!?」


「ぎゃああああ! 見るな! 見るなぁぁぁ!」


アレンが顔を真っ赤にして鏡を隠す。


どうやら『真実の鏡』は、彼の心の奥底にある「ヘタレ根性」と「マザコン気質」を、残酷なまでに視覚化してしまったらしい。


次に、興味津々だったリナが鏡を覗く。


映ったのは、アレンの等身大抱き枕にスリスリしながら、怪しい儀式を行っているリナの姿。

「あ、あら? これは……未来の予知映像かしら?」


リナは笑顔で誤魔化したが、目が泳いでいる。


最後に、エレナ王女が近づく。


彼女は期待に胸を膨らませていた。

「私の真実……きっと、アレン様と結ばれる運命が……」


鏡に映ったのは。


亀甲縛りにされ、天井から吊るされながら、恍惚の表情を浮かべているエレナの姿だった。


「…………」

 

全員が沈黙した。


「す、素晴らしい……! なんて芸術的な……!」


エレナだけが感動して震えている。

 

本物だ。この鏡は間違いなく本物だ。そして、このパーティのメンバーは間違いなく全員変態だ。


俺はそっと、空中にエンドロール代わりのテロップを出した。


『※この物語はフィクションであり、登場する人物の性癖は実在のものとは関係ありません』


こうして俺たちは、モザイクとピー音と変態性癖にまみれた地下水路の冒険を終えた。


報酬の50金貨は、アレンの精神的ダメージの治療費(やけ酒代)と、リナの怪しい儀式グッズ代に消えることになるのだが、それはまた別の話である。

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