第7話:その神獣は、コンプライアンス的にNGでした。
水の都アクアリスでの「文字化けパンデミック」を解決し、英雄(?)扱いされた俺たち一行。
だが、英雄には金がない。
アレンが調子に乗って「復興支援だ!」と高級なポーションを買い占めて配ったり、自分の銅像(顔文字バージョン)を作らせようとして失敗したりしたせいで、パーティの懐事情は氷河期を迎えていた。
「金がないなら、稼げばいいじゃない」
宿屋のロビーで、アレンが紅茶(一番安いパック)を飲みながらキメ顔で言う。
『※あなたのせいです』
俺は明朝体で冷酷な事実を突きつけるが、アレンはスルーだ。
そこへ、魔法使いのリナがギルドから戻ってきた。手には一枚の依頼書を持っている。
「アレン様! 良いクエストがありました! 報酬は金貨50枚です!」
「金貨50枚!? すげぇ! で、内容は?」
「『地下水路に住み着く神獣の討伐、および秘宝・真実の鏡の回収』です」
地下水路。
RPGにおける「行きたくないダンジョンランキング」不動のNo.1、下水道ステージだ。
「……臭そうだな」
アレンが露骨に嫌な顔をする。
「俺は、もっとこう、青空の下でドラゴンと戦うような爽やかな冒険がしたいんだが」
「でも、背に腹は代えられませんわ」
エレナ王女が口を挟む。彼女はなぜか、少し頬を赤らめてモジモジしている。
「それに、地下水路……暗くて、ジメジメしていて、二人きりになったら何が起きるか分からない密室……。素敵なシチュエーションです」
『※4人パーティです』
俺のツッコミも虚しく、金欠の勇者パーティは、水の都の地下深くに広がる「旧地下水路」へと足を踏み入れることになった。
◇
地下水路は、予想通り最悪だった。
壁は緑色の苔で覆われ、足元の水は濁り、なんとも言えない腐敗臭が漂っている。
【 現在地:アクアリス地下水路・汚泥エリア 】
【 環境:悪臭(レベル4)、衛生状態:最悪 】
俺は環境ステータスを表示する。
アレンは鼻に洗濯バサミ(売店で買った)を挟み、鼻声で指揮を執っている。
「ふんふん(進むぞ)、みんな。油断ふるな(するな)」
「アレン様、その洗濯バサミ、シュールです……」
リナが引きつった笑いを浮かべる。
道中、巨大なドブネズミや、汚泥から生まれた泥人形(マッドゴーレム)が現れたが、アレンの聖剣と俺の「文字物理攻撃」で蹴散らして進んだ。
今の俺のトレンドは、攻撃用のフォントに『勘亭流(歌舞伎のような文字)』を使うことだ。
うねりのある太い文字は、泥のような不定形の敵を押し流すのに適している。
『 ど ぉ ぉ ぉ ぉ ん ! 』
擬音語そのものを実体化させ、敵を壁に叩きつける。
順調だ。順調すぎて怖い。
「……ねえ、なんか変じゃない?」
盗賊のサラが足を止めた。
「さっきから、妙な視線を感じるの。それも、すごく……粘着質な」
サラの勘は当たる。
俺もシステム側の異常を感じていた。
さっきから、俺の視界(UI)の隅に、警告アイコンが点滅しているのだ。
【 WARNING:不適切なコンテンツを検知 】
【 審議中……審議中…… 】
不適切?
エロか? グロか?
この世界は、俺という「字幕システム」を通して観測されている。
つまり、俺のシステムが「これは放送禁止レベルだ」と判断するようなナニカが、近くにいるということだ。
「ここだ。この奥に『神獣』の間がある」
リナが巨大な鉄格子の扉を指差す。
扉の隙間からは、今までとは質の違う、生温かい風と異臭が漏れ出していた。
「よし、行くぞ。神獣だか何だか知らないが、俺の聖剣で浄化してやる!」
アレンが鼻の洗濯バサミを外し(跡がついている)、扉を蹴破った。
広大な貯水槽のような空間。
その中央に、鎮座する巨大な影があった。
「グルルルル……」
それは、伝説の神獣『ヘカトン・ヌル』だった。
……だったのだが。
「うわぁっ!!!」
全員が絶叫した。
アレンも、リナも、サラも、そして俺も(心の中で)。
その姿があまりにも……あまりにも、「生理的に無理」すぎたのだ。
全身がピンク色の肉塊。
無数に生えた触手。
表面にびっしりと浮かぶ目玉。
そして、体液を垂れ流しながら蠢く、なんとも表現しがたい器官の数々。
グロテスクでありながら、どこか卑猥。
直視しただけでSAN値(正気度)がゴリゴリ削られる、最悪のデザインだった。
「キモい! 無理! 生理的に無理!」
サラが顔を覆って後ずさる。
「神獣って聞いてたのに! ただの邪神じゃないですか!」
リナも杖を取り落としそうだ。
その時。
俺のシステムが、臨界点を超えた。
【 PI ~~~~~~ !(検閲音) 】
俺の脳内に激しい警告音が鳴り響く。
《 コンプライアンス違反を確認。映像規制を発動します 》
バシュッ!!
音と共に、俺たちの視界に劇的な変化が起きた。
神獣ヘカトン・ヌルの全身に、分厚いモザイク処理がかかったのだ。
「な、なんだこれ!?」
アレンが叫ぶ。
目の前にいたはずのピンク色の肉塊が、今は荒いドットの集合体、四角いモザイクの塊に変わっている。
サイズはそのまま、巨大なモザイクの山がうごめいている。
『※グロテスクすぎるため、映像を一部加工してお届けしています』
俺は咄嗟にテロップを出した。
俺の意志じゃない。システムが勝手に出したのだ。
「加工しすぎだろ! 何も見えねぇよ!」
アレンが抗議するが、モザイクは消えない。
それどころか、神獣が動き出した。
ザシュッ!
モザイクの中から、何かが高速で飛び出した。
触手だ。たぶん触手だが、モザイクがかかっているせいで、「肌色の長い棒状のナニカ」にしか見えない。
「うわっ!」
アレンが盾で受ける。
ベチャッ、という嫌な感触。
盾に、緑色の粘液が付着した。
「うわぁぁぁ汚ねぇぇぇ! なんだこの汁!」
アレンが悲鳴を上げる。
だが、俺のシステムは止まらない。
その粘液の形状すらも「不適切」と判断したらしい。
バシュッ。
アレンの盾についた粘液にも、局所的なモザイクがかかった。
「俺の盾まで放送禁止になった!?」
神獣が咆哮を上げる。
「グギョォォォォォ!!」
……という声だったはずだが、俺の音声フィルターが仕事をしてしまった。
『 ■■■■■■■!!(ピーーーー!) 』
「うるせぇ! ピー音が鼓膜に響く!」
サラが耳を塞ぐ。
視覚はモザイク、聴覚はピー音。
五感の情報が遮断された中でのボスバトル。無理ゲーすぎる。
「くそっ、見えなくても斬ればいいんだろ! そこだ!」
アレンがモザイクの塊に向かって聖剣を振るう。
だが、どこが本体で、どこが隙間なのか分からない。
剣はモザイクの端を空振りし、逆に死角から飛んできた(モザイクのかかった)触手に足を払われた。
「ぶべらっ!」
アレンが転倒する。
そこへ、神獣が覆いかぶさるように迫る。
モザイクの巨体が、アレンを押し潰そうとする。
端から見ると、アレンが巨大なモザイクの下敷きになり、何やら激しく動いているようにしか見えない。
これが、最悪の誤解を生んだ。
「あ、アレン様……!?」
エレナ王女が目を見開き、頬を真っ赤に染めている。
「公衆の面前で……魔物と……あんなことを……!」
「違います! 食われてるんです! 物理的に!」
リナが必死に否定するが、エレナの暴走した妄想は止まらない。
「モザイクの向こう側で……触手に……ああん、私も混ざりたい……!」
ダメだこの王女。早くなんとかしないと。
(くそっ、どうにかしてモザイクを解除できないか!?)
俺はシステム設定を必死にいじる。
【 設定 】→【 表示制限 】→【 R指定解除 】……ダメだ、管理者権限がない!
この神獣のデザインは、世界の倫理規定(コード)に深く抵触している。
俺のレベルでは規制を外せない!
その間にも、アレンの悲鳴(とピー音)が響き渡る。
「やめろ! 変なところに入れるな! ぬるぬるする! ギャアアアア!」
音声だけ聞くと完全に事案だ。
(アレンを救うには、敵を倒すしかない。でも敵が見えない)
(見えないなら……俺が「描画」してやる!)
俺は発想を転換した。
モザイクを消すのが無理なら、モザイクの上から「情報」を上書きしてやればいい。
俺には「実況解説」の機能があるじゃないか。
俺は神獣の動きを解析し、その動作を「文字」で可視化する作戦に出た。
モザイクの中から触手が伸びる。
俺はその軌道上に、巨大な文字を表示させる。
『 右から触手(大) 』
「えっ? 右!?」
サラが反応して避ける。直後、その場所を触手が通過した。
「見える……! 文字で攻撃が読めるわ!」
俺はキーボードを連打する。
敵の攻撃予測位置に、警告テロップを乱れ打ちする弾幕シューティングだ。
『 頭上注意! 粘液落下! 』
『 足元! 尻尾なぎ払い! 』
『 正面! 謎の液体ブレス! 』
戦場が文字で埋め尽くされる。
アレンたち3人は、モザイクの敵を見るのをやめ、空中に浮かぶ俺の「文字」だけを頼りに動き始めた。
「右だ! いや左か!? ありがとうジマク!」
アレンが文字に従って転がり回る。
だが、ジリ貧だ。
避けることはできても、どこを攻撃すればいいかが分からない。
弱点は? 核はどこだ?
俺は解析モード(鑑定眼)をフル稼働させる。
モザイクの奥にある、敵のステータスデータを読み解く。
【 弱点:口腔内の水晶体 】
口だ。口の中にあるコアを叩けばいい。
だが、その「口」がどこにあるのか分からない。
全身がグチャグチャすぎて、どこが顔でどこが尻かも不明なのだ。
(くそっ、せめてモザイクが外れれば……!)
(待てよ。モザイクがかかる理由は「グロテスクだから」だ)
(なら、「グロテスクじゃなく」してやればいいんじゃないか?)
俺は閃いた。
城門に入る際に「ルビ振りによる定義変更」をやった。
ガラムとの戦いでは「技名の改変」をやった。
なら、今回は「ジャンル変更」だ。
俺は神獣の頭上にある「オブジェクト名」にアクセスした。
現在の名称:
【 神獣ヘカトン・ヌル(R-18G) 】
この「R-18G(グロテスク)」というタグが諸悪の根源だ。
俺はこれを、強制的に書き換える。
もっと健全で、子供が見ても安心な、日曜朝のアニメのようなジャンルへ!
俺は入力する。
対象タグ、全選択。
上書き。
【 ゆるキャラ獣ヘカトン・ぬるりん(全年齢対象) 】
エンターキー、ッターン!!!
世界が揺らいだ。
因果律が書き換わる音がした。
バシュンッ!
神獣にかかっていた分厚いモザイクが弾け飛んだ。
「消えた!?」
アレンが目を見開く。
そこに現れたのは――
ピンク色の肉塊ではない。
つるんとしたピンク色のボディ。
クリクリとした大きな目。
短くて可愛い手足。
そして、触手の先端には、なぜか花柄のリボンが結ばれていた。
「ぬる~ん♪」
可愛らしい声(CV:有名女性声優っぽい声)で鳴く。
「……かわいい」
リナがぽつりと呟いた。
あのグロテスク極まりなかった神獣が、サン○オショップに並んでいても違和感のない、ファンシーなマスコットキャラクターに変貌していたのだ。
粘液も、キラキラしたラメ入りのスライムに変わっている。
「これが……神獣の真の姿(改変後)……?」
アレンが剣を下ろす。
「おい、これ斬るのか? こんなつぶらな瞳で見つめてくる奴を?」
ヘカトン・ぬるりんは、首をかしげて「きゅ?」と言っている。
あざとい。完全にあざとい。
だが、騙されるな。中身はあの邪神だ。
『※アレン、斬れ。それは擬態だ』
俺は非情な指示を出す。
「いや無理だろ! 俺の好感度が下がる! 動物虐待だろ!」
「私にも無理です……かわいすぎて魔法を撃てません……」
リナも戦意喪失している。
敵が「キモすぎて戦えない」状態から、「可愛すぎて戦えない」状態にシフトしてしまった。
極端なんだよこの世界は!
その時。
ヘカトン・ぬるりんが、可愛らしい動作で口を大きく開けた。
「あ~ん」という感じだ。
その口の奥に、キラリと光るものが見えた。
水晶体。弱点のコアだ!
(今だ! チャンス!)
俺は叫んだ(文字で)。
だがアレンたちは動かない。
仕方ない。また俺がやるしかないのか。
いや、今回は「物理フォント」は使わない。
相手はマスコットだ。マスコットにはマスコットらしい倒し方がある。
俺はフォントを選ぶ。
ポップで、ファンシーで、この場に相応しいフォント。
『HG創英角ポップ体』だ。
商店街のチラシや、子供向けのお便りでよく見る、あの親しみやすい字体。
俺はそのフォントで、特大の文字列を生成した。
ぬるりんの口の中に、直接叩き込む!
生成文字列:
『 完 売 』
ドーン!!
コミケや人気商品のワゴンでよく見る、あの絶望の二文字。
それが、ぬるりんの口(在庫置き場)に突き刺さった。
「ぬ、ぬるぅぅぅぅ……!?」
ヘカトン・ぬるりんは、口の中に「完売」の札を突っ込まれ、ショックを受けたように目を白黒させた。
そして、ポンッ! という軽い音と共に、ピンク色の煙となって弾け飛んだ。
グロテスクな死体も残らず、キラキラした星屑のエフェクトと共に消滅した。
まさに全年齢対象のやられ方だった。
「……勝ったのか?」
アレンが拍子抜けした顔で言う。
『※完全勝利です』
俺はファンファーレの文字を出した。
神獣が消えた後、部屋の奥にある台座の上に、一つの鏡が残されていた。
クエストの目的、『真実の鏡』だ。
金色の装飾が施された手鏡。
覗き込んだ者の「真実の姿」や「隠された本心」を映し出すという秘宝だ。
「これが50金貨……」
アレンがゴクリと喉を鳴らし、鏡を手に取る。
「おいジマク。これ、本当に本物か? 鑑定してくれ」
アレンが鏡を覗き込む。
その瞬間。
鏡の表面が波打ち、アレンの顔が映し出された。
だが、それはいつものイケメン顔ではなかった。
鏡の中に映っていたのは――
涙目で、鼻水を垂らし、おしゃぶりをくわえ、
「ママ~、こわいよ~、かえりたいよ~」
と泣き叫んでいる幼児退行したアレンの姿だった。
「ぶふっ!」
サラが吹き出す。
「なにこれ! アレンの本心!? 幼児!?」
「ぎゃああああ! 見るな! 見るなぁぁぁ!」
アレンが顔を真っ赤にして鏡を隠す。
どうやら『真実の鏡』は、彼の心の奥底にある「ヘタレ根性」と「マザコン気質」を、残酷なまでに視覚化してしまったらしい。
次に、興味津々だったリナが鏡を覗く。
映ったのは、アレンの等身大抱き枕にスリスリしながら、怪しい儀式を行っているリナの姿。
「あ、あら? これは……未来の予知映像かしら?」
リナは笑顔で誤魔化したが、目が泳いでいる。
最後に、エレナ王女が近づく。
彼女は期待に胸を膨らませていた。
「私の真実……きっと、アレン様と結ばれる運命が……」
鏡に映ったのは。
亀甲縛りにされ、天井から吊るされながら、恍惚の表情を浮かべているエレナの姿だった。
「…………」
全員が沈黙した。
「す、素晴らしい……! なんて芸術的な……!」
エレナだけが感動して震えている。
本物だ。この鏡は間違いなく本物だ。そして、このパーティのメンバーは間違いなく全員変態だ。
俺はそっと、空中にエンドロール代わりのテロップを出した。
『※この物語はフィクションであり、登場する人物の性癖は実在のものとは関係ありません』
こうして俺たちは、モザイクとピー音と変態性癖にまみれた地下水路の冒険を終えた。
報酬の50金貨は、アレンの精神的ダメージの治療費(やけ酒代)と、リナの怪しい儀式グッズ代に消えることになるのだが、それはまた別の話である。
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