第6話:緊急事態。世界が『文字化け(縺?∪縺?縺)』しています。
スライム地獄を生き延びた俺たち一行は、ようやく「水の都アクアリス」に到着した。
美しい運河が張り巡らされ、白亜の建物が並ぶ風光明媚な観光都市だ。
「ふぅ……やっと人心地ついたな」
アレンが宿屋の食堂で、優雅に脚を組んでいる。
全身のヌルヌルは銭湯で洗い流し、装備も新調した(もちろん借金で)。
今はパリッとしたシャツを着て、再びイケメン勇者気取りである。
「この街はいい。空気が澄んでいる。俺の汚れなき魂にふさわしい」
相変わらずのナルシズムだ。
俺は習慣的にツッコミを入れようとした。
『※借金まみれの魂です』と表示するつもりだった。
だが。
俺が生成した字幕を見た瞬間、俺は凍りついた(システム的に)。
『※縺?借驥大?縺?魂縺ァ縺』
「……ん?」
アレンが眉をひそめて空中の文字を見る。
「おいジマク、なんだそれは? 新手の暗号か?」
(えっ?)
俺は焦った。
入力ミスか? いや、俺はキーボードを叩くわけじゃない。思考が直接文字になるんだ。
もう一度、試してみる。
『テスト』。
『繝?繧ケ繝』
(バ、バグってるーー!!)
冷や汗が出た。
文字化けだ。
それも、Shift_JISのテキストをUTF-8で無理やり開いた時のような、絶望的に読めないタイプのやつだ。
俺だけじゃない。異変はすぐに周囲でも起き始めた。
ウェイトレスが料理を運んできた。笑顔で何かを言っている。
「お待ちどおさまでした、名物の水竜ステーキです」と言っているはずだ。
しかし、彼女の口から飛び出した「吹き出し(音声の可視化)」は、見るも無惨な姿だった。
「縺翫?縺。縺ゥ縺翫?縺セ縺ァ縺励◆?」
「は?」
アレンが固まる。
「え、何語? この街の方言?」
ウェイトレスはニコニコしながら続ける。
「召し上がれ」
↓
「召縺励?縺上?」
「怖い怖い怖い! 顔は笑ってるのに言葉が呪詛みたいになってる!」
アレンが椅子から転げ落ちる。
俺は周囲を見渡した。
食堂のメニュー表、壁の張り紙、果ては窓の外に見える看板まで。
あらゆる文字情報が、意味不明な漢字と記号の羅列、『譁?ュ怜喧縺』に書き換わっている。
リナが青ざめた顔で杖を握る。
「アレン様、異常事態です。魔力の流れがおかしいです。世界の『記述』が乱されています!」
エレナ王女も震えている。
「わ、私の名前……日記帳の名前も、変な記号になってて……読めません……」
これはただ事ではない。
俺はシステム診断(セルフチェック)を走らせた。
【 ERROR:文字コード不整合 】
【 WARNING:世界システムのエンコーディング設定が破損しています 】
原因は「設定破損」だ。
誰かが、この世界の「言語設定」をいじくり回したらしい。
このままでは意思疎通が崩壊し、社会活動が停止する。何より、俺(字幕)のアイデンティティが消滅する!
「と、とにかくギルドへ行こう! 何か情報があるはずだ!」
アレンが叫ぶ。
だが、彼の言葉も俺の視覚フィルターを通すと文字化けしている。
『縺ィ縺ォ縺九¥繧ョ繝ォ繝峨∈!』
(何言ってるか分からんが、たぶん「逃げよう」とかそんなんだろう)
俺たちはパニック状態の街を駆け抜けた。
◇
街の中心部にある「水の広場」。
そこに、元凶らしきものがあった。
広場の中央に、黒い石碑が鎮座している。
最近、近くの湖底遺跡から引き上げられたという「古代の石碑」だ。
その石碑から、ノイズのような黒い波動が立ち上り、空へと拡散している。
石碑の表面には、高速で切り替わる文字列が表示されていた。
0x48 0x65 0x6C 0x6C 0x6F
EF BB BF
U+FEFF
「あれだ! あそこから変な電波が出てる!」
アレンが指差す。
石碑の周りには、すでに数体の「バグった魔物」が徘徊していた。
【 繝舌?繝?繝シ(バグ・スパイダー) 】
【 繧ィ繝ゥ繝シ?医ざ繝シ繧ケ繝?(エラー・ゴースト) 】
魔物たちの姿は安定しない。
輪郭がモザイクのように崩れ、テクスチャが欠落し、時折姿が消えたり現れたりしている。
いわゆる「描画バグ」を起こした敵だ。
「気色悪いな……! やるぞ!」
アレンが聖剣を振るう。
斬撃が蜘蛛型のモンスターを捉える――はずだった。
スカッ。
剣は敵の体をすり抜けた。
「手応えがない!? 幻影か?」
次の瞬間、蜘蛛の足がアレンを殴り飛ばした。
ドカッ!
「ぐはっ! 攻撃は当たるのかよ! 理不尽だろ!」
(当たり判定(ヒットボックス)がズレてるんだ!)
俺は分析した。
描画されている位置と、実際の座標がズレている。ラグいオンラインゲーム状態だ。
リナが魔法を放つが、やはり明後日の方向に飛んでいく。
「照準が合いません! 世界の座標データが狂っています!」
敵はジリジリと迫ってくる。
そして、広場の中央にある石碑が、ひときわ強く明滅した。
ブゥゥゥゥン……。
石碑から、扇状の怪光線が放たれた。
【 強制再変換ビーム(エンコード・リセット) 】
「うわっ、何か来る!」
アレンが避けきれず、光線を真正面から浴びてしまった。
カッ!
光が収まると、アレンが立っていた。
体は無事だ。服も破れていない。
だが。
「……アレン様?」
リナが絶句した。
アレンの「顔」が変わっていた。
イケメンの顔立ちが消失し、そこにはシンプルな記号だけが浮かんでいた。
( ゚д゚)
「え? なに? みんななんで俺を見るの?」
アレンが喋る。
しかし、その顔は ( ゚д゚) のままだ。口も動いていない。
続いて、サラが光線を浴びた。
彼女の顔は (>_<) になった。
エレナ王女も浴びた。
(´ω`) になった。
かわいい。いや、そうじゃない。
「顔が……顔文字になってるー!?」
俺は戦慄した。
石碑の呪いは、高精細な3Dモデルである彼らの顔を、たった数バイトの「文字列」に圧縮変換してしまったのだ!
「俺の顔に何が起きたんだ!?」
アレンが自分の顔を触る。
凹凸がない。ツルツルだ。ただインクで ( ゚д゚) と書かれているだけだ。
「うわぁぁぁ! 俺の命より大事なイケメンフェイスがぁぁぁ!」
( ゚д゚) < ウワァァァ!
シュールすぎる。
だが、これはチャンスかもしれない。
敵の攻撃が「データの書き換え」なら、俺にも対抗手段がある。
俺は文字だ。データの塊だ。
この領域(エンコード合戦)なら、俺が最強だ!
(アレン! 奴の懐に飛び込め! 俺が石碑に直結(アクセス)して修正パッチを当てる!)
俺は文字化け覚悟で字幕を出した。
『縺ィ縺ォ縺九¥ェ∝??(とにかく行け)!』
「わかんねーけど、やるしかねーんだな!」
アレン ( ゚д゚) がヤケクソで突っ込む。
敵の攻撃判定がズレているなら、広範囲攻撃でゴリ押せばいい。
アレンは剣を回転させながら竜巻のように進む。
( ゚д゚)≡⊃ シュシュシュ
石碑の前まで到達した。
俺は石碑の表面に、自分のキャレット(|)を接触させた。
【 接続確立 】
【 システム内部へ侵入します 】
俺の意識が、デジタルの海へとダイブする。
そこは、無数の「0」と「1」が渦巻く混沌の世界だった。
この石碑は、古代の超文明が残した「言語統一サーバー」の成れの果てらしい。
経年劣化で設定ファイルが破損し、デフォルト言語が「宇宙語(Unknown)」になっていたのだ。
(修正してやる……! 俺の『校閲スキル』をナメるな!)
俺は内部コードを書き換えていく。
襲い来るバグデータを、バックスペースキーで消去し、正しい構文(シンタックス)を入力する。
Set Charset = "UTF-8"
Set Language = "Common_Human"
System.Reboot()
だが、石碑の防衛プログラムが抵抗する。
無数の文字化け弾幕 『繧繝?縺』 が俺のコードを浸食しようとする。
(負けるか! こちとらブラック企業で、納品前日の仕様変更を乗り越えてきた社畜だぞ!)
俺は全リソースを解放した。
必殺のコマンド入力。
『 全 置 換 (Replace All) 』
対象:全ての破損文字。
置換後の文字:正しい共通語。
エンターキーッッッ!!!
ッッッッターン!!!!!
【 処理完了:14058件の修正を適用しました 】
◇
現実世界。
石碑から放たれていた黒いモヤが、急速に晴れていく。
同時に、周囲の空間を歪めていたノイズも消滅した。
バグっていた魔物たちは、「正しいデータ」が存在しないバグ存在だったため、修正パッチによって跡形もなく消去(デリート)された。
「……あ」
リナの声が聞こえた。クリアな音声だ。
「治りました……! 文字が見えます!」
看板の文字が読める。メニューが読める。
そして、アレンの顔も。
( ゚д゚)
↓
(イケメン顔)
ポリゴンが再構成され、アレンの無駄に整った顔面が戻ってきた。
「おお……! 戻った! 俺の美しい瞳が、鼻筋が!」
アレンが手鏡を取り出して確認し、恍惚の表情を浮かべる。
よかった。いつものウザいアレンだ。
石碑も静かになり、表面には古代語でこう表示されていた。
『システム正常。ご利用ありがとうございました』
「ふっ、どうやら俺の美しさが、世界のバグすらも修正してしまったようだな」
アレンが髪をかき上げる。
『※私が徹夜でコードを書き直しました』
俺は明朝体ではっきりと注釈を入れた。
文字化けせずに、正しく伝わる喜び。
やはり言葉は、正しく伝わってこそ意味がある。
だが、弊害もあった。
エレナ王女が、少し残念そうにしている。
「アレン様の……あのつぶらな瞳のお顔 ( ゚д゚) 、あれはあれで愛くるしくて素敵でしたのに……」
どうやら彼女の「アレンフィルター」は、文字コード以上に深刻なバグを抱えているようだった。
こうして、「文字化けパンデミック」は収束した。
俺たちは正常に戻った水の都で、ようやくまともな食事(ちゃんと名前が読める料理)にありつくことができたのだった。
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