第5話:物理無効のスライムには、「袋文字」で檻を作れ。
魔王軍四天王の一角、『獄炎のガラム』を(俺が)倒してから数日が経った。
俺たち一行は、次なる目的地「水の都アクアリス」を目指し、鬱蒼とした湿地帯を進んでいた。
「ふっ……。四天王といえど、俺の聖剣の前では赤子同然だったな」
アレンがぬかるんだ地面を歩きながら、相変わらずの虚言を吐いている。
彼は新しいマントを羽織り、髪型もバッチリ決めていた。ガラム戦で何もしていないくせに、自信だけはレベルアップしたようだ。
『※あなたは剣を振って吹っ飛ばされただけです』
俺はいつものように、彼の顔の横に明朝体(10pt)で事実を陳列する。
「うるさいぞジマク! 俺が囮になって隙を作ったから、お前の謎攻撃が当たったんだろうが! つまりチームプレーだ!」
「はいはい、そういうことにしておきましょうねアレン様。泥が跳ねてますよ、拭きましょうか?」
リナが甲斐甲斐しくアレンの世話を焼く。
エレナ王女も負けじと、「アレン様、この湿地帯は危険です。もっと私にくっついて……あ、いえ、護衛してください」とアピールに余念がない。
平和だ。
だが、俺の「環境センサー」は、この湿地帯の異様な湿度と、酸っぱい臭気を感知していた。
【 現在地:腐食の沼地 】
【 注意:強酸性の反応あり 】
嫌な予感がする。
サラが足を止めた。
「……静かに。何かに囲まれてる」
サラの警告と同時だった。
ボコッ、ボコボコッ……。
周囲の泥沼から、不気味な気泡が湧き上がった。
そして、緑色の半透明なゼリー状の物体が、次々と姿を現した。
スライムだ。
だが、ただのスライムではない。
地面の草木が、その体に触れた瞬間にジュワリと音を立てて溶けている。
「ひっ……!」
エレナが悲鳴を上げる。
俺は鑑定情報を表示する。
【 アシッド・スライム(強酸粘液種) 】
【 特性:物理無効、装備破壊、ヌルヌルする 】
最悪の敵だ。
数は……30、いや50匹はいるか。
包囲されている。
「スライムごとき、俺が蹴散らしてやる!」
アレンが聖剣を抜き、一番近くにいたスライムに斬りかかった。
ズバッ!
鋭い剣閃がスライムを両断する。
だが。
ブチブチッという音と共に、切断されたスライムの断面が瞬時に融合し、元通りになってしまった。
しかも、剣の刃が少し煙を上げている。
「うわっ!? 俺の聖剣(ローン払い中)が!!」
アレンが慌てて剣を見る。
表面が酸で腐食し、少し錆びてしまっている。
「物理攻撃は効きません! 核を潰さないと!」
リナが叫び、魔法の杖を構える。
「ライトニング・ボルト!」
電撃が走る。
だが、スライムたちは液体だ。電気は拡散してしまい、決定打にはならない。
むしろ刺激を受けたスライムたちが活性化し、一斉に飛びかかってきた。
「ギャアアアア! 来るな! 高い服なんだぞ!」
アレンが逃げ回る。
スライムの一匹がアレンのブーツにへばりつく。
ジュウウウウ……。
「熱っ! 足、溶ける! 靴底が溶けてる!!」
まずい。
このままでは全滅だ。
俺は攻撃モードに入る。
前回ガラムを倒した必殺の「物理フォント」だ。
(潰せばいいんだろ、潰せば!)
俺は**『岩』**という文字を生成。
フォントは極太ゴシック体。
ドスン!!
スライムの上に落下させる。
だが――
グニョリ。
スライムは文字の重みを受け流し、文字の隙間からニュルリとはみ出してしまった。
液体相手に「打撃」は意味がない!
(くそっ、質量攻撃が通じないだと!?)
俺は焦った。
斬撃もダメ、打撃もダメ、魔法も効きづらい。
しかも相手は装備を溶かす酸を持っている。
アレンの鎧が徐々に溶かされ、あられもない姿になりつつある(それはそれで面白いが)。
どうする?
俺にできることは「文字」を出すことだけだ。
文字で、どうやって液体を止める?
壁を作るか?
いや、普通の文字で作った壁では、隙間から漏れてくる。
何か……液体を「閉じ込める」方法は……。
その時、俺の脳内フォントライブラリの片隅で、ある機能が点滅した。
【 文字装飾オプション:袋文字(アウトライン) 】
これだ。
袋文字とは、文字の中身を塗りつぶさず、輪郭線だけで表現するスタイルだ。
つまり、**「中が空洞の枠」**ということだ。
もし、この「枠」が物理的な壁として機能するなら。
それは即ち、**「檻(おり)」**になるんじゃないか?
(試す価値はある!)
俺は設定を変更する。
フォント:『メイリオ(視認性重視)』
装飾:袋文字(線幅:極太)
塗りつぶし:なし(透過)
俺はスライムの群れの上空にカーソルを合わせる。
使う文字は、中身が完全に閉じているこの漢字だ。
『 口 』
エンターキー、ッターン!!
ズォォン!!
巨大な「口(くち)」の文字が落下した。
だが今回は、いつもの黒い塊ではない。
分厚い透明なガラスのような「枠」だけで構成された、四角い囲いだ。
それが、地面にいる3匹のスライムを、スポッと覆うように着地した。
ガキンッ!
文字の下辺が地面に食い込み、密閉空間が完成する。
スライムたちが「口」の中の空洞部分で暴れ回る。
だが、出られない!
文字の輪郭線(アウトライン)が、見えない結界となってスライムを閉じ込めているのだ。
(いける! 「袋文字」は、敵を捕獲する檻になる!)
「すげぇ! ジマク、あいつらを閉じ込めろ!」
アレンがパンツ一丁(鎧が溶けたため)で叫ぶ。
俺は連続入力(タイピング)を開始する。
襲い来るスライムたちを、次々と文字の中に封印していくゲームの始まりだ。
入力文字列:『 囲 』
ガション!
「囲」の文字が落下。中の「井」の部分でスライムが分断され、四つの部屋に隔離される。
入力文字列:『 回 』
ガション!
二重構造の檻だ。内側と外側にスライムを分離して封じ込める。
入力文字列:『 田 』
ガション!
四匹まとめてアパートのように個室送りにする。
俺のタイピング速度が加速する。
沼地には次々と巨大な漢字のオブジェが立ち並び、その中で緑色のスライムたちが無力にうごめいている。
シュールだ。現代アートのような光景だ。
だが、敵もさるもの。
沼の中心から、ひときわ巨大な気泡が湧き上がった。
ズズズズズ……。
周囲の泥を巻き込みながら、家一軒分ほどもある超巨大なスライムが出現した。
【 キング・アシッド・スライム 】
【 推定レベル:45(物理無効・強) 】
「で、でかい!!」
サラが絶句する。
キングスライムは、その巨体で俺が設置した「口」や「田」の文字をなぎ倒し、進撃してくる。
その体当たり一発で、大木がジュワッと音を立てて消滅した。
「おいおいおい! あんなの閉じ込める文字あるのかよ!?」
アレンが後ずさる。
確かに、普通の漢字ではサイズが足りない。
奴を丸ごと覆うには、もっと巨大で、もっと頑丈な「器」が必要だ。
(器……器か……)
俺は考える。
ただの四角形(口)では、奴の力で内側から破壊されるかもしれない。
もっと概念的に「閉じ込める」意味を持った漢字。
そして、物理的にも「蓋(ふた)」ができる形状。
あった。
これしかない。
俺はアレンに指示を出す。
『※アレン、奴を誘き寄せろ! 奴の真下まで走れ!』
「はあ!? 死ぬぞ!?」
『※信じろ! お前が囮になれば勝てる!』
「くそっ、覚えてろよおおお!!」
アレンは涙目でキングスライムに向かって走り出した。
「こっちだバケモノ! 美味しそうな勇者様だぞ!」
キングスライムが反応する。
ズシン、ズシンと音を立ててアレンを追いかける。
アレンが転ぶ。
「うわっ!」
絶体絶命。キングスライムがアレンに覆いかぶさろうとする。
今だ!
俺は最大フォントサイズ(999pt)で、その文字を入力した。
袋文字モード・オン!
落下地点固定・アレンの座標!
生成文字:
『 壺 』
ズドォォォォォォォォォン!!!
天から巨大な「壺(つぼ)」の文字が降ってきた。
複雑な画数を持つその漢字は、袋文字になることで、まるで迷宮のような内部構造を持った「要塞」と化していた。
それが、キングスライムと、その下にいたアレンをまるごと飲み込んだ。
ドサァァァッ!
地面にめり込む「壺」。
キングスライムは「壺」という文字の輪郭の中に完全に閉じ込められた。
そして、「壺」という漢字の特性上、上部は「士」のような形状で蓋がされている。
出口がない!
キングスライムが内側から暴れるが、複雑な画数の壁に阻まれて力が分散してしまう。
完璧な捕獲だ。
「やった……! 封印成功です!」
リナが歓声を上げる。
だが。
透明な「壺」の文字の中で、もう一つの影がもがいていた。
「だずげでぇぇぇぇ!!」
アレンだ。
彼はキングスライムと一緒に「壺」の中に閉じ込められていた。
しかも、狭い空間でスライムと密着状態だ。
強酸性の粘液が、アレンの肌を(ギリギリ死なない程度に)溶かし、ヌルヌルにしている。
「あ、アレン様!」
リナが駆け寄るが、どうしようもない。
俺の生成した文字は、俺が消すまで消えない。
そして今、この「壺」を消せば、キングスライムが解き放たれてしまう。
『※スライムが酸欠で弱るまで、そこで耐えてください』
俺は無慈悲なテロップを「壺」の表面に貼り付けた。
「ふざけんな! ヌルヌルする! なんか変なところに入ってくる! いやぁぁぁぁ!」
アレンの悲鳴がこだまする。
エレナ王女が顔を赤らめて見ている。
「アレン様……スライム攻め……なんて高度なプレイ……」
◇
1時間後。
酸素不足になったキングスライムが活動を停止し、ただの緑色の水たまりになった頃、俺はようやく文字を解除した。
そこには、全身ローションまみれのようにテラテラと光る勇者アレンの姿があった。
装備は全壊。髪も肌もツルツルだ。
「……終わった……俺の尊厳が……」
アレンが虚ろな目で呟く。
『※お肌がツルツルで羨ましいですね』
「殺すぞ!!」
アレンが立ち上がろうとして、ヌルッ滑ってまた転んだ。
リナがタオルで拭こうとするが、彼女もヌルッとなる。
地獄絵図だ。
俺は空中に、今回の戦果を表示した。
【 ミッションコンプリート 】
【 MVP:アレン(囮役として優秀) 】
【 獲得称号:ローション勇者 】
こうして俺たちは、物理無効の強敵を「袋文字」という名の檻で攻略した。
だが、この戦いでアレンが失った「勇者としての威厳」は、二度と戻らない気がした。
一行はドロドロのまま、ようやく見えてきた水の都アクアリスへと足を向けた。
まずは風呂だ。絶対に風呂だ。
アレンの悲痛な叫びを背に、俺はこっそりと「フォントサイズ」を小さくして気配を消したのだった。
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